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経営戦略の中核は「重心」とは|Where to Play・How to Win と中期経営計画

経営戦略の中核は「どこで戦い、どう勝つか(Where to Play / How to Win)」を決めることである。Roger Martin と A.G. Lafley の Strategic Choice Cascade、Porter の戦略論を踏まえつつ、VUCA 時代に「理想を描く」のではなく「重心を決める」アプローチを、中期経営計画・パーパス策定の実務視点で整理する。

経営戦略の中核 重心とWhere to Play How to Win
FIG. 01 / 経営戦略の中核 重心とWhere to Play How to WinPHOTOGRAPHY / ARCHIVE

「経営戦略とは何か」は古典的な問いで、論者ごとに定義が分かれる。多くの実務家は「理想と現実のギャップをいかに埋めるか」と整理するが、この問い方には限界がある。本記事では、Roger Martin と A.G. Lafley の『Playing to Win』(2013)が提示した Strategic Choice Cascade を軸に、マイケル・ポーターの戦略論との接続、VUCA 時代の中期経営計画、そして「重心を決める」という編集部視点までを整理する。

「理想と現実のギャップ」の罠

経営戦略の教科書では、「理想と現実のギャップを埋めるのが戦略」と教えられることが多い。確かに 1 つの整理ではあるが、現場では以下の現象が頻発する。

  1. 理想が描けない:「自社が 10 年後どうあるべきか」を聞かれて、答えに窮する経営者は珍しくない
  2. 理想にズレがある:経営者が描く理想と、取締役会・従業員が想定する理想がバラバラ
  3. 理想が美辞麗句に終わる:「世界の○○のリーディングカンパニーになる」のような抽象的なスローガンで、意思決定に影響しない
  4. 理想が市場予測に依存:将来市場の予測を前提とした「理想」だが、市場予測自体が当たらない

中期経営計画や長期ビジョン策定の現場で、「ありたい姿」を強引に描かせる手法(バックキャスティング、ビジョンワークショップなど)は数多くあるが、その多くは形だけで、実際の意思決定を動かしていない。

「理想」ではなく「重心」を決めるという発想

代替アプローチとして、編集部が支援先で繰り返し提案しているのが、「理想を描く前に、重心を決める」というアプローチである。重心とは:

  • どのテーマで経営会議を回すか
  • どの市場・顧客に経営資源を集中するか
  • どの能力(ケイパビリティ)を中長期で磨くか
  • どの社会課題を自社のコア領域として位置づけるか

これは、「将来こうなりたい」より「今、何にフォーカスするか」を起点とした戦略設計である。VUCA(Volatility / Uncertainty / Complexity / Ambiguity)時代と言われる中で、市場予測の精度が下がれば下がるほど、**「予測できない未来の像」より「今動かせる重心」**のほうが実用的になる。

Strategic Choice Cascade ── Martin と Lafley の 5 つの問い

重心を決める」というアプローチを最も体系化した理論が、Roger Martin(トロント大学 Rotman School of Management 元学部長)と A.G. Lafley(プロクター・アンド・ギャンブル元 CEO)が共著『Playing to Win: How Strategy Really Works』(Harvard Business Review Press, 2013)で示した **Strategic Choice Cascade(戦略選択カスケード)**である。

戦略とは「5 つの選択(choices)」の一貫した連鎖だとする。

#問い内容
1Winning Aspiration(勝利への志)自社にとって「勝つ」とはどういう状態か
2Where to Play(どこで戦うか)どの市場、地域、顧客セグメント、製品カテゴリで戦うか
3How to Win(どう勝つか)その市場で、競合に対する独自の勝ち方は何か
4Core Capabilities(コア・ケイパビリティ)勝つために必要な、組織として磨くべき能力は何か
5Management Systems(マネジメント・システム)そのケイパビリティを継続的に強化する仕組みは何か

5 つの問いはトップダウンに連鎖しており、それぞれが一貫した整合性を持って初めて「戦略」と呼べる。Martin らは「戦略とは選択である。そして選択とは、何かを選び、何かを捨てることである」と繰り返し強調する。

P&G の Lafley CEO 時代(2000–2009)には、この枠組みに基づいて事業の取捨選択(食品事業の売却、化粧品事業の強化など)が実行され、在任期間中に売上 2 倍、利益 4 倍、時価総額 +1,000 億ドルを達成した。理論ではなく実証された戦略フレームである。

ポーターの戦略論との接続

マイケル・ポーターが『What Is Strategy?』(HBR, 1996)で示した「戦略のコア = 特徴ある価値提供 + 特別に調整されたバリューチェーン + 明確なトレードオフ」と、Strategic Choice Cascade は本質的に同じことを言っている。

ポーターMartin & Lafley
特徴ある価値提供(Unique Value Proposition)Where to Play + How to Win
特別に調整されたバリューチェーンCore Capabilities
明確なトレードオフ「捨てる選択」(5 つの問いを横断する原則)
バリューチェーン全体の適合性(Fit)5 つの問いの一貫性
長期的な継続性Management Systems(仕組みとしての継続)

実は『Playing to Win』は、Porter が創業した戦略コンサルファーム Monitor Company の実務的蓄積から生まれた。ポーターが理論を提示し、Martin & Lafley がそれを「実装可能な 5 つの問い」に翻訳した、と読むのが正確である。

VUCA 時代の中期経営計画 ── 時間軸はむしろ伸びる

「VUCA 時代だから 3 年先も読めない、3 年計画も意味がない」という議論が一時期広がった。しかし最近の経営現場では、むしろ中期経営計画の時間軸が 5 年・10 年・15 年へと延びる傾向にある。

これは矛盾しているように見えるが、論理的には一貫している。

  • 市場予測の精度:1 年先も読めない、3 年先も読めない、5 年先も読めない、これらは同じ
  • 読めないなら、もっと長期で「変わらないこと」にフォーカスする方が合理的
  • ありたい姿」「社会・自社にとっての本質的価値」は、市場予測ではないので長期でも揺れにくい
  • パーパス、CSV、サステナビリティ、人的資本といった非財務領域は、まさにこの「長期で変わらない」領域

中期経営計画の時間軸を 3 年から 10 年に伸ばすことで、短期の市場変動に振り回されず、Where to Play・How to Win の重心議論が可能になる。

「捨てる選択」の難しさ

Strategic Choice Cascade も、Porter の Trade-offs も、共通して強調するのは **「何を捨てるかを明示せよ」**という原則である。しかし、これが日本企業で最も苦手な領域でもある。

全方位で頑張る」「選択と集中はするが、撤退する事業はない」という曖昧さで、実質的に戦略が決まらないケースは多い。原因として:

  • 撤退の決断による雇用・社内政治の困難
  • 創業者・先代が始めた事業への思い入れ
  • オプション維持の安心感(「やめる」より「保留する」が楽)
  • 競合がやっているから自社もやめられないという横並び発想

『Playing to Win』が繰り返し強調するのは、「選択を回避することで、組織は最も多くの機会を失う」という冷徹な現実である。Martin の表現を借りれば、「良い戦略とは、選んだ理由が説明できるだけでなく、選ばなかった理由も説明できるもの」となる。

編集部の視点 ── 日本企業で「重心アプローチ」が効くケース

支援先での経験から、「重心を決める」アプローチが特に有効と感じるのは次のケースである。

  1. 創業 30 年以上・売上 100〜1,000 億円規模で、事業が多角化しすぎた中堅企業:本業の重心を再定義することで、撤退判断と新規投資判断の基準が明確化する
  2. オーナー系企業の事業承継局面:先代の「全方位経営」から、後継者世代の「フォーカス経営」への移行
  3. ESG・サステナビリティのマテリアリティ整理:環境・社会・ガバナンスの全項目を同等に扱うのではなく、自社にとっての「重心マテリアリティ」を 3〜5 個に絞る
  4. 東証プライム上場企業の PBR 1 倍割れ対策:事業ポートフォリオの取捨選択を、Strategic Choice Cascade に沿って整理
  5. AI 戦略との並走:「AI で何でもやる」ではなく、「AI で勝てる Where to Play」を 1〜2 領域に絞る

特に ESG マテリアリティの文脈で、Strategic Choice Cascade を応用するアプローチは、ESG 担当者と経営企画の協働を促す効果がある。「マテリアリティ形骸化の三つの典型」とも接続する論点である。

まとめ

経営戦略の中核は「理想と現実のギャップ」ではなく、「どこで戦い、どう勝つか(Where to Play / How to Win)」という重心の選択である。Martin & Lafley の Strategic Choice Cascade は、Porter の戦略論を実装可能な 5 つの問いに翻訳し、P&G で実証された強力な枠組みとなった。

VUCA 時代に中期経営計画の時間軸を伸ばし、市場予測ではなく社会的価値と自社のコアにフォーカスする経営判断は、サステナビリティ・ESG・パーパス経営の議論とも自然に接続する。「全方位で頑張る」より「何を選び、何を捨てるかを明示する」勇気こそ、現代の経営者に問われている。

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参考文献

  • A.G. Lafley & Roger L. Martin, Playing to Win: How Strategy Really Works, Harvard Business Review Press, 2013
  • Michael E. Porter, "What Is Strategy?", Harvard Business Review, Nov-Dec 1996
  • Roger L. Martin, A New Way to Think, Harvard Business Review Press, 2022

本記事は2026年5月時点で再構成した。戦略論は時代を超えて参照される領域だが、実装の文脈は変化する。原典に加え、マイケル・ポーター記事BHAG(ビジョナリーカンパニー)記事とも合わせて読むことを推奨する。

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KI Strategy 編集部所属。ESG・サステナビリティを軸に、開示と意思決定を貫くロジックを編む。

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