経営戦略の中核は「どこで戦い、どう勝つか(Where to Play / How to Win)」を決めることである。Roger Martin と A.G. Lafley の Strategic Choice Cascade、Porter の戦略論を踏まえつつ、VUCA 時代に「理想を描く」のではなく「重心を決める」アプローチを、中期経営計画・パーパス策定の実務視点で整理する。
「経営戦略とは何か」は古典的な問いで、論者ごとに定義が分かれる。多くの実務家は「理想と現実のギャップをいかに埋めるか」と整理するが、この問い方には限界がある。本記事では、Roger Martin と A.G. Lafley の『Playing to Win』(2013)が提示した Strategic Choice Cascade を軸に、マイケル・ポーターの戦略論との接続、VUCA 時代の中期経営計画、そして「重心を決める」という編集部視点までを整理する。
経営戦略の教科書では、「理想と現実のギャップを埋めるのが戦略」と教えられることが多い。確かに 1 つの整理ではあるが、現場では以下の現象が頻発する。
中期経営計画や長期ビジョン策定の現場で、「ありたい姿」を強引に描かせる手法(バックキャスティング、ビジョンワークショップなど)は数多くあるが、その多くは形だけで、実際の意思決定を動かしていない。
代替アプローチとして、編集部が支援先で繰り返し提案しているのが、「理想を描く前に、重心を決める」というアプローチである。重心とは:
これは、「将来こうなりたい」より「今、何にフォーカスするか」を起点とした戦略設計である。VUCA(Volatility / Uncertainty / Complexity / Ambiguity)時代と言われる中で、市場予測の精度が下がれば下がるほど、**「予測できない未来の像」より「今動かせる重心」**のほうが実用的になる。
「重心を決める」というアプローチを最も体系化した理論が、Roger Martin(トロント大学 Rotman School of Management 元学部長)と A.G. Lafley(プロクター・アンド・ギャンブル元 CEO)が共著『Playing to Win: How Strategy Really Works』(Harvard Business Review Press, 2013)で示した **Strategic Choice Cascade(戦略選択カスケード)**である。
戦略とは「5 つの選択(choices)」の一貫した連鎖だとする。
| # | 問い | 内容 |
|---|---|---|
| 1 | Winning Aspiration(勝利への志) | 自社にとって「勝つ」とはどういう状態か |
| 2 | Where to Play(どこで戦うか) | どの市場、地域、顧客セグメント、製品カテゴリで戦うか |
| 3 | How to Win(どう勝つか) | その市場で、競合に対する独自の勝ち方は何か |
| 4 | Core Capabilities(コア・ケイパビリティ) | 勝つために必要な、組織として磨くべき能力は何か |
| 5 | Management Systems(マネジメント・システム) | そのケイパビリティを継続的に強化する仕組みは何か |
5 つの問いはトップダウンに連鎖しており、それぞれが一貫した整合性を持って初めて「戦略」と呼べる。Martin らは「戦略とは選択である。そして選択とは、何かを選び、何かを捨てることである」と繰り返し強調する。
P&G の Lafley CEO 時代(2000–2009)には、この枠組みに基づいて事業の取捨選択(食品事業の売却、化粧品事業の強化など)が実行され、在任期間中に売上 2 倍、利益 4 倍、時価総額 +1,000 億ドルを達成した。理論ではなく実証された戦略フレームである。
マイケル・ポーターが『What Is Strategy?』(HBR, 1996)で示した「戦略のコア = 特徴ある価値提供 + 特別に調整されたバリューチェーン + 明確なトレードオフ」と、Strategic Choice Cascade は本質的に同じことを言っている。
| ポーター | Martin & Lafley |
|---|---|
| 特徴ある価値提供(Unique Value Proposition) | Where to Play + How to Win |
| 特別に調整されたバリューチェーン | Core Capabilities |
| 明確なトレードオフ | 「捨てる選択」(5 つの問いを横断する原則) |
| バリューチェーン全体の適合性(Fit) | 5 つの問いの一貫性 |
| 長期的な継続性 | Management Systems(仕組みとしての継続) |
実は『Playing to Win』は、Porter が創業した戦略コンサルファーム Monitor Company の実務的蓄積から生まれた。ポーターが理論を提示し、Martin & Lafley がそれを「実装可能な 5 つの問い」に翻訳した、と読むのが正確である。
「VUCA 時代だから 3 年先も読めない、3 年計画も意味がない」という議論が一時期広がった。しかし最近の経営現場では、むしろ中期経営計画の時間軸が 5 年・10 年・15 年へと延びる傾向にある。
これは矛盾しているように見えるが、論理的には一貫している。
中期経営計画の時間軸を 3 年から 10 年に伸ばすことで、短期の市場変動に振り回されず、Where to Play・How to Win の重心議論が可能になる。
Strategic Choice Cascade も、Porter の Trade-offs も、共通して強調するのは **「何を捨てるかを明示せよ」**という原則である。しかし、これが日本企業で最も苦手な領域でもある。
「全方位で頑張る」「選択と集中はするが、撤退する事業はない」という曖昧さで、実質的に戦略が決まらないケースは多い。原因として:
『Playing to Win』が繰り返し強調するのは、「選択を回避することで、組織は最も多くの機会を失う」という冷徹な現実である。Martin の表現を借りれば、「良い戦略とは、選んだ理由が説明できるだけでなく、選ばなかった理由も説明できるもの」となる。
支援先での経験から、「重心を決める」アプローチが特に有効と感じるのは次のケースである。
特に ESG マテリアリティの文脈で、Strategic Choice Cascade を応用するアプローチは、ESG 担当者と経営企画の協働を促す効果がある。「マテリアリティ形骸化の三つの典型」とも接続する論点である。
経営戦略の中核は「理想と現実のギャップ」ではなく、「どこで戦い、どう勝つか(Where to Play / How to Win)」という重心の選択である。Martin & Lafley の Strategic Choice Cascade は、Porter の戦略論を実装可能な 5 つの問いに翻訳し、P&G で実証された強力な枠組みとなった。
VUCA 時代に中期経営計画の時間軸を伸ばし、市場予測ではなく社会的価値と自社のコアにフォーカスする経営判断は、サステナビリティ・ESG・パーパス経営の議論とも自然に接続する。「全方位で頑張る」より「何を選び、何を捨てるかを明示する」勇気こそ、現代の経営者に問われている。
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本記事は2026年5月時点で再構成した。戦略論は時代を超えて参照される領域だが、実装の文脈は変化する。原典に加え、マイケル・ポーター記事、BHAG(ビジョナリーカンパニー)記事とも合わせて読むことを推奨する。
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