INSIGHTS· SUSTAINABILITY

トッドモーデン(食べられる街)とは|サーキュラーエコノミーの先進事例

トッドモーデンはイギリス・ウェストヨークシャーで2008年に始まった「食べられる街(Incredible Edible)」運動の発祥地。公共スペースに野菜や果物を植える取り組みは世界1,000以上の地域へ広がり、サーキュラーエコノミーやコミュニティ・レジリエンスの先進事例として注目を集めている。

トッドモーデン 食べられる街
FIG. 01 / トッドモーデン 食べられる街PHOTOGRAPHY / ARCHIVE

トッドモーデン(Todmorden)とは、イギリス・ウェストヨークシャーにある人口1万5,000人ほどの小さな町で、2008年に始まった「Incredible Edible(インクレディブル・エディブル=食べられる街)」運動の発祥地として世界的に知られる。町中の公共スペースに野菜や果物を植え、誰でも自由に収穫できるという発想は、サーキュラーエコノミーや都市農業、コミュニティ再生の文脈で参照されることが増えている。

トッドモーデンの基本情報

ウェストヨークシャー州カルダーデール地区に属し、マンチェスターとリーズの中間、ペナイン山脈の麓に位置する。かつて綿織物業で栄えたが、産業空洞化の影響を強く受けた地域でもあり、Incredible Edible 運動は2008年の世界金融危機の前後、地域経済の立て直しと食料自給のあり方を住民自身が問い直す過程で生まれた。

「食べられる街」が生まれた背景

Incredible Edible Todmorden(IET)は2008年、地元住民のパム・ウォーハースト(Pam Warhurst CBE)とメアリー・クリア(Mary Clear)らによって始められた。出発点は「食料と地域の関係を、もう一度自分たちの手に取り戻す」という素朴な問題意識であり、特別な予算や行政主導の計画から生まれた取り組みではない。

最初に手を付けたのは、駅前、警察署、墓地、消防署、診療所など、町中の使われていない公共スペースだった。許可を得る前に植えてしまう「プロパガンダ・ガーデニング(propaganda gardening)」と呼ばれる手法で、許可を取りに行くより先に「すでに食べられるものがある状態」を作り、町の景観として既成事実化していった。

パム・ウォーハーストはTEDトークでこの経緯を「食べ物は最強の社会装置である」と語っており、本人による語り口を一度聞くと、運動の質感が掴みやすい。

取り組みの具体例

トッドモーデンの活動は3つの軸に整理されている。

  1. コミュニティ(Community):公共スペースの活用、ボランティアによる維持、収穫の自由解放
  2. ラーニング(Learning):地元小学校でのスクールガーデン、料理教室、農家との連携プログラム
  3. ビジネス(Business):地元ベーカリー・カフェ・パブと連携した地産地消、食材の地元循環

警察署前のハーブ畑、駅前の野菜プランター、墓地の脇のリンゴの木、消防署前のトウモロコシ畑など、町を歩くと「Help Yourself(自由にどうぞ)」と書かれた札があちこちに立っている。観光客の視察も年間1万人を超え、地元経済への波及効果も生まれているとされる。

サーキュラーエコノミーとの関係を整理する

トッドモーデンは「サーキュラーエコノミー(Circular Economy:CE)」の事例として紹介されることが多いが、厳密には注意が必要である。

エレン・マッカーサー財団(Ellen MacArthur Foundation)が提示する CE の定義は、「製品・素材・資源を経済の中で可能な限り長く循環させ、廃棄物・汚染をデザイン段階から排除する」というシステム転換である。トッドモーデンの活動は、そのうち食料システムにおける循環、すなわちフードマイレージ削減、食料廃棄抑制、土壌・養分の地域内循環、コミュニティによる維持管理という側面で CE と接続する。

一方、活動の本質は「都市農業(urban agriculture)」「コミュニティ・グロウイング(community growing)」「コモンズの再構築」に近く、技術主導・産業政策主導の CE 議論とは出発点が異なる。CE 文脈で語る際は、この差分を踏まえたうえで「市民主導の食料システム転換」というレイヤーで位置づけるのが正確である。

世界に広がる Incredible Edible 運動

トッドモーデンから始まったこの取り組みは現在、英国内150以上、世界全体で1,000を超えるグループへと広がっている。日本でも「Incredible Edible Japan」「Edible Schoolyard Japan」など、コンセプトを継承した取り組みが各地で生まれており、自治体や地方創生の文脈で参照されることが増えている。

注目すべきは、Incredible Edible が中央組織からのフランチャイズではなく、各地域がローカルな文脈に合わせて自走している点にある。マニュアルや認証制度は存在せず、共有されているのは「コミュニティ・ラーニング・ビジネス」の3軸の哲学のみ。これが運動の柔軟性と再現性を支えている。

限界・批判・押さえておくべき論点

事例を素直に礼賛するだけでは、自治体や企業の街づくり実装には繋がらない。専門家の議論からは以下のような論点も指摘されている。

  • フードマイレージ削減効果は限定的:町中の菜園で賄える食料量は住民の総需要のごく一部であり、グローバル・サプライチェーンへの依存構造を直接置き換えるものではない
  • 再現性の難しさ:トッドモーデンの成功は、強力なオーガナイザーの存在、産業空洞化を経た地域アイデンティティ、英国の公共地利用に関する慣行など、複数の文脈が重なって成立している。同じモデルをそのまま日本の都市部に持ち込んでも機能しない可能性が高い
  • 行政との関係:公共スペースに無許可で作物を植える「プロパガンダ・ガーデニング」のアプローチは、日本の自治体実務とは噛み合いにくい。事前合意形成と維持管理スキームの設計が前提となる
  • 長期持続性:ボランティアベースの活動は世代交代の局面で運営が縮小する事例も報告されている

日本の街づくり・地方創生への示唆

トッドモーデンの取り組みは、サーキュラーエコノミーや街づくりに関心のある日本の自治体・企業にとって、「ハコモノに頼らない地域再生」のひとつのモデルになりうる。とくに以下の3点が応用しやすい。

  • 公共空間の再定義:駅前広場、廃校跡地、空き地の活用を「観光資源」「景観整備」だけでなく「住民が日常的に介入できるコモンズ」として設計する
  • 学校との連携:食育・農業体験を地域経済と接続することで、教育効果と地域循環を両立させる
  • 地産地消の経済設計:地元ベーカリー、カフェ、農家、福祉施設を巻き込み、サーキュラーエコノミーの「食」レイヤーを実装する

サステナビリティを企業戦略や事業設計に落とし込むフェーズで、トッドモーデンのような市民主導モデルをどう参照し、どう企業側の意思決定と接続するかは、近年のサステナビリティ・コンサルティングの実務でも頻繁に問われるテーマである。

参考までに、サステナビリティの実装支援に関する取り組みは、当サイト運営元である株式会社KI Strategy、およびサステナビリティ専門家マッチングサービスSaslaでも扱っている。具体的な事例検討や専門家ヒアリングを必要とする場合は、こうしたサービスを活用するのも一案である。

本記事は2026年5月時点の公開情報および Incredible Edible 公式サイト等の一次情報をもとに整理した。最新の取り組み状況や統計は、Incredible Edible 公式サイト、エレン・マッカーサー財団のレポート、FAO の都市農業関連レポートなどで都度確認することを推奨する。

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