カスタマージャーニーマップとペイン・ゲイン分析はなぜ同質化し機能しなくなるのか。3分の2超が成果に結びつかないという調査をふまえ、Jobs to Be Done(顧客が片付けたい用事)で限界を補い、新規事業で差別化する「ペインの先のペイン」の考え方を整理する。
カスタマージャーニーマップ、ペイン・ゲイン分析、ビジネスモデル・キャンバス、リーン・キャンバス ── 新規事業開発の現場で日常的に使われるフレームワークは多い。なかでも「顧客のペインを洗い出し、その解決をビジネス機会とする」アプローチは、デザインシンキングの普及とともに大企業の事業開発部に深く浸透した。一方、これらのフレームワークがコモディティ化しつつあるのも事実である。本記事では、コンサル現場で繰り返し観察される「ペイン解消ベースの限界」を整理し、ソーシャルインパクト視点から提案する「ペインの解消した先のペイン」アプローチについて解説する。
カスタマージャーニーマップは、顧客が商品・サービスと出会い・利用し・離脱するまでの一連の体験を、時系列のステップに分解して可視化する手法である。
| ステップ | 内容 |
|---|---|
| 認知 | 商品・サービスをどう知るか |
| 検討 | どう比較・調査するか |
| 購入 | どう購入判断・購入行動を取るか |
| 利用 | どう使い、何を感じるか |
| ロイヤリティ | どうリピート・推奨するか |
各ステップで、顧客が感じる ペイン(不満・痛み) と **ゲイン(喜び・期待)**を洗い出し、そこからビジネス機会を抽出するのが「ペイン・ゲイン分析」である。
これらは元々、IDEO や d.school で発展した デザインシンキングの系譜から、Alexander Osterwalder の『Value Proposition Design』(2014)などで体系化された。日本でも 2015 年以降、大手事業会社の新規事業開発部・新規事業創出プログラムで標準フレームワークとして定着している。
私たちの編集部・コンサル支援の現場で、近年とくに感じる課題は次の点である。
「これ、他の会社でも見たようなソリューションだな」と感じる事例が増えてきた。
これは、フレームワーク自体の問題ではない。むしろ フレームワークが優れて標準化されている ことの帰結である。
これは、いわゆる 「Red Ocean of Pain Resolution」 とでも呼ぶべき状況である。ペインを正確に把握しても、それを解消するソリューションが他社と同質化すれば、価格競争に陥り、ビジネスとしての持続性が失われる。
マイケル・ポーターの戦略論が示すとおり、差別化を伴わない事業は構造的に利益が出ない。同じペインを見て、同じソリューションを出している限り、戦略はそこにない。
同質化と並んで、もう一つの壁がある。Heart of the Customer の2016年調査では、回答者の3分の2以上がカスタマージャーニーマップのプロジェクトを「成功」と評価しなかった。最大の原因は、成果が行動に結びつかないこと。社内視点だけで作って顧客を巻き込まない、解くべきKPIを決めずに着手する、壁に貼って終わる静的マップ化、購買後のリテンションを軽視する──といった失敗が典型である。ジャーニーマップは「既知の購買プロセスの可視化」ゆえに、観察した瞬間に同質化しやすい。
この限界を補うのが、クレイトン・クリステンセンの Jobs to Be Done(JTBD、片付けるべき用事) である。Christensen Institute の定義では、ジョブとは「特定の状況で人がゴールに向けて成し遂げようとする進歩」であり、人は製品を買うのではなく「進歩を遂げるために雇う(hire)」。ジョブには機能・社会・感情の3次元がある。原典は2003年『イノベーションへの解』で初出し、邦訳『ジョブ理論』は2017年にハーパーコリンズ・ジャパンから刊行された。
有名なミルクシェイクの事例では、あるファストフードチェーンのミルクシェイクの40%が早朝に、出勤途中の通勤客に持ち帰り購入されていた。彼らが「雇った」のは飲み物ではなく、退屈な通勤を紛らわせ空腹を抑えるという"進歩"だった。ジャーニーマップが「What(体験の時系列)」を描くのに対し、JTBDは「Why(状況と動機)」を掘り下げる。顧客理解が浅い0→1フェーズではJTBDで本質的なジョブを発掘し、提供価値を磨く段階でジャーニーマップやペイン・ゲイン分析を重ねるのが実務的である。これはなぜ新規事業が失敗するのかという問いとも地続きで、状況とジョブを取り違えた事業は、いくら体験を磨いても刺さらない。
そこで、編集部が支援先で提案している斬新な視点として、「ペインを解消した先で、新たに生まれるペインに目を向ける」アプローチを紹介したい。
このアプローチの構造は次のとおり:
ポイントは、Z は X とは異なる種類のペインであり、しかも Y が普及するほど深刻化する という構造にある。つまり、競合が増えれば増えるほど、Z への解決ニーズも増える。
このパターンは、実は多くの成功サービスに共通している。
これらはすべて、「成功サービスの正のインパクトの裏側で発生する負のインパクト」を解消する次世代サービスの構図である。
ソーシャルインパクト視点でこのアプローチをさらに拡張するなら、主語を「個人」から「社会」「地球」「動植物」まで広げることができる。
| 主語 | ペインの例 |
|---|---|
| 個人ユーザー | 不便、不満、不安、不公平 |
| 地域コミュニティ | 衰退、文化喪失、世代間断絶 |
| 社会・国 | 不平等、安全保障、公衆衛生 |
| 地球・生態系 | 温暖化、生物多様性減少、海洋プラスチック |
| 未来世代 | 教育機会、気候負債、年金 |
主語を広げることで、「負のインパクトの可視化」がフレームワーク化する。これは GRI スタンダード の 「インパクト・マテリアリティ」、EU CSRD の **「ダブル・マテリアリティ」**の発想と地続きである。
「ペインの先のペイン」アプローチは、ソーシャルインパクト・サステナビリティ領域の知見と相性が良い。
製品・サービスの 製造 → 流通 → 使用 → 廃棄の全段階で生まれる影響を見る。Y のサービスが Z を生む構造は、LCA のフレームと類似する。
コレクティブ・インパクトで論じた 共通評価システムの議論と接続。負のインパクトも含めた評価指標の設計が、サービスの長期持続性を決める。
インパクト評価のフレームワーク Theory of Change(変化の理論)は、Input → Output → Outcome → Impact の連鎖を可視化する。「Outcome の負の側面が次の Input になる」という認識は、まさに「ペインの先のペイン」と同じ構造。
ケイト・ラワース(Kate Raworth)の『ドーナツ経済学』は、社会的最低条件と生態的天井の間で経済活動を設計する発想。正のインパクトの追求が、生態的天井を破壊しないかを常時問う視座と整合する。
「ペインの先のペイン」アプローチを実装するうえでの実務論点を整理する。
サステナビリティ・ESG が経営アジェンダの中央に来た今、新規事業開発のフレームワークは、短期的なペイン解消から 中長期のインパクト全体へと視界を広げる必要がある。
「ペインの先のペイン」アプローチは、ただの新しいフレームワークではなく、「サステナビリティ視点を新規事業開発に統合する」ためのブリッジである。CSV、Doughnut Economics、Theory of Change、LCA、ダブル・マテリアリティ ── これらが日常の事業開発フレームと連動して初めて、ソーシャルインパクトと経済的価値の両立が現実になる。
カスタマージャーニーマップ、ペイン・ゲイン分析は、新規事業開発の重要な基盤ツールである。一方で、フレームワークの標準化はソリューションの同質化を招く。差別化を生むには、「ペインの先のペインに目を向ける」「主語を社会・地球まで拡張する」というソーシャルインパクト視点の補強が有効である。
この発想は、関連記事「『人間中心主義』VS『地球中心主義』は対立構造にあるのか?」、ESG ビジネスケース構築術、コレクティブ・インパクト、マイケル・ポーターと CSV などと連動する。
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Field Guide to Human-Centered Design本記事は2026年5月時点で再構成した。新規事業開発・サービスデザインの方法論は進化を続けるため、IDEO、d.school、Strategyzer 等の最新フレームワークも併せて参照することを推奨する。
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