中期経営計画の策定で押さえるべき「変わる前提」と「変わらない前提」を整理。VUCA時代の不確実性に対応するシナリオプランニング(ロイヤル・ダッチ・シェルの方法論)、長期パーパスの位置づけ、コロナ・気候変動・地政学リスクを踏まえた策定論点を、経営企画担当者向けに実務視点で整理する。
中期経営計画(中計)は、日本の上場企業のおよそ 9 割が策定している、経営の基幹文書である。しかし、コロナ禍を経て、気候変動・地政学リスク・AI 革命・人口減少が同時並行で進む現代の経営環境では、従来の「3 年間の数値計画」スタイルでは対応しきれない場面が増えてきた。本記事では、中期経営計画の策定で変わらない前提と変わる前提を整理し、VUCA 時代のシナリオプランニング、長期パーパスとの接続、経営企画部の役割変化までを実務視点で整理する。
中期経営計画は、企業が 3〜5 年の中期スパンで描く経営の方向性と数値目標を体系化した文書。標準的な構成は:
東証プライム市場の上場企業の大半が、3 年計画として策定し、ローリングプランで毎年改定する形式を取る。
経営環境がどう変化しても、中期経営計画の核として変わらない前提が 3 つある。
中期経営計画は単なる予算ではなく、「将来のある時点で、自社はどうありたいか」を言語化する文書。投資家・社員・取引先・社会への意思表示でもある。
「ありたい姿」だけでは絵に描いた餅で、それを実現する実行可能な戦略が伴って初めて中計となる。組織体制、投資計画、人材計画、システム計画が必要。
数値目標は重要だが、それだけでは戦略にならない。非財務指標(人的資本、CO2 削減、エンゲージメント)、質的目標(ブランド、文化、イノベーション能力)の位置づけも必要。
これらの基本構造は、戦後一貫して変わっていない。中期経営計画は、企業の長期持続性を担保するための 経営の意思表示として機能してきた。
一方で、コロナ以降、中期経営計画の作り方は質的に変化している。背景にある構造変化を 4 つ整理する。
**Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)**の頭文字を取った VUCA は、1990 年代に米軍で生まれた概念だが、コロナ禍とウクライナ戦争・中東紛争・中台緊張・サプライチェーン分断・気候異常で、ビジネス環境にもそのまま該当するようになった。
「3 年後の市場が予測できない」というのが、現代の経営企画部の率直な感覚である。
TCFD → IFRS S2 / SSBJ の流れで、気候関連リスクを 2050 年まで見通して、中計に組み込むことが求められるようになった。これは中期計画の時間軸を実質的に長期化させる圧力となる。
ロシア・ウクライナ戦争、中東紛争、米中対立、台湾有事リスク。サプライチェーン、エネルギー調達、地政学的安全保障を中計に組み込むことが、製造業・金融・ハイテクで標準化した。
ChatGPT 公開(2022 年)以降、生成 AI が経営計画の前提条件を変えつつある。労働構造、顧客接点、競合構造、コスト構造が、3 年単位で激変する。
これらが同時進行する中で、中期経営計画は**「3 年の精緻な数値計画」から「複数シナリオの幅を持つ戦略文書」**へと、性質が変わってきている。
シナリオプランニングは、複数の未来シナリオを並行で描き、それぞれに対する経営の対応を準備する戦略策定手法。1970 年代にロイヤル・ダッチ・シェル(現 Shell plc)が、第一次オイルショック(1973)を予測する手段として体系化したことで世界に広まった。
第一次オイルショック前夜、シェルは「オイル価格急騰シナリオ」を経営層に提示し、対応策を準備していたため、競合に先んじて危機対応ができた、という歴史的事例として知られる。
これらを 3〜5 のシナリオに整理し、各シナリオに対する **No Regret Action(どのシナリオでも有効な行動)**と **Contingent Action(特定シナリオで有効な行動)**を分けて計画する手法が、現代の中期経営計画の標準スタイルになりつつある。
VUCA 時代に中期経営計画の精度が下がる一方で、「変わらないもの」への注目が高まっている。それが**パーパス(Purpose、企業の存在意義)**である。
詳細は BHAG・ビジョナリーカンパニー、マイケル・ポーターと CSV、経営の重心とフォーカス も参照。
「VUCA だから 3 年も読めない、5 年も読めない、10 年も読めない」── これは結論として「短期に閉じる」のではなく、「長期にフォーカスする」という逆説的な経営判断につながる。
理由:
実際、ソニーグループ、味の素、富士通、SAP など多くの先進企業が、2030 年・2050 年のビジョンを中期経営計画と並列で公表している。中期計画は「長期ビジョンに到達するための直近 3〜5 年の行動計画」として再定位される傾向がある。
中期経営計画の質的変化に伴い、経営企画部の役割も変化している。
| 旧来の経営企画部 | 現代の経営企画部 |
|---|---|
| 各事業部からのデータ収集 | 経営判断の枠組み設計 |
| 精緻な数値計画策定 | 複数シナリオの構造化 |
| 内部向け資料作成 | 投資家・社会への対外発信 |
| 財務指標中心 | 財務 + 非財務(ESG、人的資本)の統合 |
| 単一の中計サイクル | パーパス × 長期ビジョン × 中計 × 年度計画の階層運営 |
各事業部からのデータ収集・集計で忙殺される旧来型の経営企画部は、戦略の質的な設計にリソースを割けない。データ集計を AI・データ基盤に任せ、経営企画部は戦略的議論のファシリテーターとして機能する組織変革が、多くの先進企業で進んでいる。
本記事の初出は 2020 年、コロナ禍真っ只中の状況だった。当時、中計の修正を余儀なくされた企業が大量に発生し、「コロナの影響を理由に経営計画が遅延・縮小」という構図が一般化した。
しかしその後、当時の経営判断を振り返ると、「コロナの影響なのか、もともと経営に問題があったのか」が切り分けにくい事例が多く、結局のところ「経営の地力が問われた」という総括が業界で共有されている。
2026 年の今、同じ視座で見ると、次の問いが浮かぶ。
AI 革命の影響なのか、もともと経営に問題があったのか、を切り分けて中期経営計画を作れているか。
AI、気候変動、地政学、人口減少 ── これらは「外部環境の悪化」として議論されがちだが、それらの構造変化を機会として捉え直す経営こそが、次の時代に持続する企業の条件になる。中期経営計画は、その意思表示の場である。
中期経営計画は、**「ありたい姿の言語化」「実行可能な戦略」「定量化を超えた非財務指標」**という変わらない前提のもと、VUCA・気候・地政学・AI という変わる前提に対応する必要がある。シナリオプランニング、長期パーパス、人的資本・サステナビリティの統合により、中計は「3 年の数値計画」から「長期ビジョンに連動する戦略文書」へと進化している。
経営企画部の役割も、データ集計から戦略設計のファシリテーションへと変化しており、AI・データ基盤を活用しつつ、人間が戦略的議論にフォーカスする体制への移行が求められる。
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本記事は2026年5月時点で再構成した。中期経営計画・長期戦略策定の方法論は進化を続ける領域なので、各種コンサルファーム・経営学術誌・経済産業省ガイダンスの最新リソースも併せて参照することを推奨する。
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