BHAG(ビーハグ/Big Hairy Audacious Goals)とは、ジム・コリンズらが著書『ビジョナリーカンパニー』で提唱した「巨大で困難で大胆な目標」のこと。読み方・定義・4タイプの分類・設定の条件・著名事例から、SDGs時代の経営への活かし方までを実務の視点で整理した。
BHAG(ビーハグ)とは、Big Hairy Audacious Goals の略で、日本語では「巨大で困難で大胆な目標」と訳される経営概念である。1994年に発表されたジム・コリンズとジェリー・ポラスの共著『ビジョナリー・カンパニー(Built to Last)』で提唱され、長期にわたって卓越した業績を上げ続けた企業に共通する経営の仕組みのひとつとして広く知られるようになった。
BHAG は「ビーハグ」と読む。ビッグ・ヘアリー・オーディシャス・ゴールズの頭文字を取った造語で、それぞれの語にニュアンスが込められている。
「Hairy」は日本語では訳しづらい言葉で、原著の文脈では「触れた瞬間に喉につかえるような、扱いに困るほど厄介な」というニュアンスがある。単に大きいだけでなく、いまの組織には到底手に負えないと感じさせる質感がBHAGの核にある。
BHAG の出典は、1994年に米国で刊行された Jim Collins・Jerry I. Porras 共著『Built to Last: Successful Habits of Visionary Companies』である。邦訳は1995年に日経BP社から『ビジョナリー・カンパニー 時代を超える生存の原則』として刊行された。
同書は、長期にわたり卓越した実績を残した「ビジョナリー・カンパニー」18社と、同業の比較対照企業18社を6年間にわたって比較研究し、両者の違いを抽出するという研究プロジェクトの成果である。Hewlett-Packard、3M、IBM、ジョンソン・エンド・ジョンソン、メルク、ボーイング、ディズニー、ソニー、フォードなどが研究対象に含まれている。
コリンズとポラスは、ビジョナリー・カンパニーが設定するBHAGを4つの類型に整理している。経営戦略の設計実務でも、自社のBHAGを構想する際の出発点としてしばしば参照される。
| 類型 | 内容 | 代表例 | |---|---|---| | 1. ターゲット型(Target) | 定量・定性で具体的な到達点を示す | フォード「庶民が買える自動車を」、ウォルマート「2000年までに売上1,250億ドル」 | | 2. 共通の敵型(Common Enemy) | 「打倒○○」と仮想敵を据える | 1950年代ナイキ「アディダスを打倒する」、ペプシ「コカ・コーラを倒す」 | | 3. ロールモデル型(Role Model) | 既存の卓越企業のあり方を志向する | 1940年代ジロ「自転車界のナイキになる」(ヘルメット界の意) | | 4. 内部変革型(Internal Transformation) | 大企業の自己変革を掲げる | 1980年代GE「すべての事業で市場シェア1位か2位」 |
実際の経営現場では、これらが純粋に1類型で現れることは稀で、複合的に設計されるのが一般的である。
書籍および後続の研究では、機能するBHAGの条件として概ね以下が挙げられている。コリンズの後年の著作『ビジョナリー・カンパニー③』『Good to Great』でも整理されている内容である。
ジョン・F・ケネディが1961年に掲げた「10年以内に人類を月に送り、安全に地球に帰還させる」というアポロ計画は、BHAG の概念が体系化される前の典型例として、しばしば引用される。
ビジョナリー・カンパニーから抽出された代表的なBHAGには以下のようなものがある。設定当時、いずれも企業の存続を賭けた賭けに近い性質を持っていた。
BHAG の概念が提唱されてから30年以上が経過し、企業経営の前提条件は大きく変化した。気候変動、人権・労働、生物多様性、AI倫理といった社会課題が経営アジェンダの中心に組み込まれ、SDGs、ESG、サステナビリティ経営、パーパス経営といった文脈が経営戦略を強く規定するようになっている。
この潮流の中で、SDGs や2050年カーボンニュートラル目標といった社会課題は、企業にとって外発的な制約であると同時に、新たなBHAGの源泉にもなりうる。マイクロソフトの「2030年までにカーボンネガティブ化」、Appleの「2030年までにサプライチェーン全体でカーボンニュートラル化」、ユニリーバの長期サステナビリティ目標などは、自社の存続を賭けた現代的なBHAGとして読み解ける。
ただし、ここで一段深く注意すべき点がある。SDGs を表面的に経営計画に貼り付ける、いわゆる「SDGsウォッシュ」的なスローガンは、コリンズらが本来意図したBHAGとは似て非なるものになりやすい。BHAGには「達成確率50〜70%」「組織の生存を賭ける」「コアバリューとの整合」という条件がある。社外向けのストーリーとして格好の良い数字を並べただけで、経営資源の配分も意思決定の規律も変わらないのであれば、それはBHAGではない。マイケル・ポーターが提唱した CSV(Creating Shared Value)の議論とも接続するが、社会的価値と経済的価値の両立を「絵に描いた餅」で終わらせない設計力が問われる。
BHAG 以外にも、書籍では複数の特徴が抽出されている。
「ANDの才能」
ビジョナリー・カンパニーは「ORの抑圧」、つまり「Aか、Bか」という二者択一に陥らず、「AもBも」を両立させる思考様式を持つとされる。具体例として、短期業績と長期投資、株主利益と社員満足、収益性と社会的責任、変化と一貫性などの両立が挙げられる。経済的価値と社会的価値の両立を志向するCSVや、サステナビリティ経営の思想は、この「ANDの才能」と地続きの議論として読める。
「カルトのような文化」
ビジョナリー・カンパニーは独自の価値観を強く保持し、それに共鳴しない人材を組織から外す傾向があると指摘されている。この点は刊行当時から議論を呼んできた論点で、現代のダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の文脈とは緊張関係にある。
ただし、コリンズらの主張する「同質性」は人種・性別・出身などの属性ではなく、コアバリュー(価値観)への共鳴を指している。属性の多様性とコアバリューの一貫性は両立しうるものであり、現代の企業経営における D&I 議論と組み合わせて読み解くのが妥当である。
進化を促す仕組み
ビジョナリー・カンパニーは、たとえカリスマ的創業者がいたとしても、その個人に依存しない「時を告げるのではなく、時計を作る」組織設計を志向しているとされる。後継者育成、自社内での試行錯誤の許容、社内ベンチャー的な仕組みなどがこれに該当する。
サステナビリティ・SDGs・パーパス経営の現場でクライアント企業の長期戦略を支援する際、「BHAGを掲げよう」と言うのは簡単だが、機能するBHAGを設計するのは想像以上に難しい。実務でつまずきやすい論点を挙げておく。
なお、コリンズらの後続研究で示されたとおり、ビジョナリー・カンパニーであっても永続的に成功するとは限らない。同書で取り上げられた企業のうちいくつかは、その後の経営危機や凋落を経験している。BHAG は万能の処方箋ではなく、コアバリューと規律ある経営、優秀な人材戦略、そして時代変化への適応と組み合わせて初めて機能する。
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本記事は2026年5月時点で再構成した。原典である Collins & Porras『Built to Last』(邦訳『ビジョナリー・カンパニー 時代を超える生存の原則』日経BP社)に加え、コリンズの後続著作『Good to Great』『ビジョナリー・カンパニー③ 衰退の五段階』なども併読することで、BHAG の概念はさらに立体的に理解できる。
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