BHAG(ビーハグ/Big Hairy Audacious Goals)とは、ジム・コリンズらが著書『ビジョナリーカンパニー』で提唱した「巨大で困難で大胆な目標」のこと。読み方・定義・4タイプの分類・設定の条件・著名事例から、SDGs時代の経営への活かし方までを実務の視点で整理した。
BHAG(ビーハグ)とは、Big Hairy Audacious Goals の略で、日本語では「巨大で困難で大胆な目標」と訳される経営概念である。1994年に発表されたジム・コリンズとジェリー・ポラスの共著『ビジョナリー・カンパニー(Built to Last)』で提唱され、長期にわたって卓越した業績を上げ続けた企業に共通する経営の仕組みのひとつとして広く知られるようになった。
もっとも、経営企画やサステナビリティー推進の担当者がこの言葉に向き合うのは、定義を調べたい場面より、自社の長期ビジョンを中期経営計画や事業部目標に落とす場面のほうが多いはずだ。長期の大きな目標を掲げること自体は、実はそれほど難しくない。難しいのは、その目標に誰が責任を持ち、3〜5年の中計と単年度予算にどう接続するかを、役員会と事業部の双方が納得する形で設計することのほうである。
そこで前半は読み方・定義・4タイプ・成立条件という基礎を短く押さえるにとどめ、紙幅の中心は後半の日本企業の事例と「中期経営計画への落とし方」の判断軸に置いた。長期ビジョンの策定や改定を控えた担当者が、社内の議論にそのまま持ち込める粒度を意識している。
BHAG は「ビーハグ」と読む。ビッグ・ヘアリー・オーディシャス・ゴールズの頭文字を取った造語で、それぞれの語にニュアンスが込められている。
「Hairy」は日本語では訳しづらい言葉で、原著の文脈では「触れた瞬間に喉につかえるような、扱いに困るほど厄介な」というニュアンスがある。単に大きいだけでなく、いまの組織には到底手に負えないと感じさせる質感がBHAGの核にある。
BHAG の出典は、1994年に米国で刊行された Jim Collins・Jerry I. Porras 共著『Built to Last: Successful Habits of Visionary Companies』である。邦訳は1995年に日経BP社から『ビジョナリー・カンパニー 時代を超える生存の原則』として刊行された。
同書は、長期にわたり卓越した実績を残した「ビジョナリー・カンパニー」18社と、同業の比較対照企業18社を6年間にわたって比較研究したもので、研究対象18社は1926年から1990年にかけて、株式市場全体を約15倍上回るパフォーマンスを上げたとされる。Hewlett-Packard、3M、IBM、ジョンソン・エンド・ジョンソン、メルク、ボーイング、ディズニー、ソニー、フォードなどが研究対象に含まれている。
コリンズとポラスは、ビジョナリー・カンパニーが設定するBHAGを4つの類型に整理している。経営戦略の設計実務でも、自社のBHAGを構想する際の出発点としてしばしば参照される。
| 類型 | 内容 | 代表例 |
|---|---|---|
| 1. ターゲット型(Target) | 定量・定性で具体的な到達点を示す | フォード「庶民が買える自動車を」、ウォルマート「2000年までに売上1,250億ドル」 |
| 2. 共通の敵型(Common Enemy) | 「打倒○○」と仮想敵を据える | 1960年代ナイキ「アディダスを打倒する」、ペプシ「コカ・コーラを倒す」 |
| 3. ロールモデル型(Role Model) | 既存の卓越企業のあり方を志向する | 自転車用ヘルメットのジロ・スポーツ・デザイン(1986年設立)「自転車業界のナイキになる」 |
| 4. 内部変革型(Internal Transformation) | 大企業の自己変革を掲げる | 1980年代GE「すべての事業で市場シェア1位か2位」 |
実際の経営現場では、これらが純粋に1類型で現れることは稀で、複合的に設計されるのが一般的である。
書籍および後続の研究では、機能するBHAGの条件として概ね以下が挙げられている。コリンズの後年の著作でも繰り返し扱われている内容である。
ジョン・F・ケネディが1961年に掲げた「10年以内に人類を月に送り、安全に地球に帰還させる」というアポロ計画は、BHAG の概念が体系化される前の典型例として、しばしば引用される。
ビジョナリー・カンパニーから抽出された代表的なBHAGには以下のようなものがある。設定当時、いずれも企業の存続を賭けた賭けに近い性質を持っていた。
BHAG の概念が提唱されてから30年以上が経過し、企業経営の前提条件は大きく変化した。気候変動、人権・労働、生物多様性、AI倫理といった社会課題が経営アジェンダの中心に組み込まれ、SDGs、ESG、サステナビリティー経営、パーパス経営といった文脈が経営戦略を強く規定するようになっている。
この潮流の中で、SDGs や2050年カーボンニュートラル目標といった社会課題は、企業にとって外発的な制約であると同時に、新たなBHAGの源泉にもなりうる。マイクロソフトの「2030年までにカーボンネガティブ化」、Appleの「2030年までにサプライチェーン全体でカーボンニュートラル化」、ユニリーバの長期サステナビリティー目標などは、自社の存続を賭けた現代的なBHAGとして読み解ける。
ただし、ここで一段深く注意すべき点がある。SDGs を表面的に経営計画に貼り付ける、いわゆる「SDGsウォッシュ」的なスローガンは、コリンズらが本来意図したBHAGとは似て非なるものになりやすい。BHAGには「達成確率50〜70%」「組織の生存を賭ける」「コアバリューとの整合」という条件がある。社外向けのストーリーとして格好の良い数字を並べただけで、経営資源の配分も意思決定の規律も変わらないのであれば、それはBHAGではない。マイケル・ポーターが提唱した CSV(Creating Shared Value)の議論とも接続するが、社会的価値と経済的価値の両立を「絵に描いた餅」で終わらせない設計力が問われる。
海外の古典事例だけでは、自社で使うイメージが湧きにくい。日本企業でも、長期の数値ビジョンとパーパスを接続する動きが広がっている。
この「長期ビジョン→中計」の接続を、仕組みとして名前に刻んだ例もある。オムロンは2030年度に向けた長期ビジョン「Shaping the Future 2030」を掲げ、最初の3年間(2022〜2024年度)を中期経営計画「SF 1st Stage」と位置づけた。「1st Stage」という名称そのものが、長期ビジョンは複数の中計を重ねて達成するものだという社内外への宣言になっている。
肝心なのは、10〜25年のBHAGを、3〜5年の中期経営計画→年度予算・KPIへブレイクダウンし、資源配分と撤退条件(損切りライン)まで先に決めること。ここが連動しないとBHAGは社内で空転し、掛け声だけが残る。
カスケードの設計は、順番で考えると迷いにくい。最初にBHAGから逆算(バックキャスト)して、5年前後の刻みで中間マイルストーンを置く。現状延長の積み上げ(フォアキャスト)とのギャップが、そのまま中計で埋めるべき構造改革の量になる。次に、直近のマイルストーンを中計へ埋め込む際、必達の基盤目標とBHAG由来の挑戦目標を区分して掲げる。すべてを必達扱いにすると、達成確率50〜70%というBHAGの性質が中計の保守性に飲み込まれてしまう。その上で、全社目標を事業部・機能部門ごとの貢献KPIに翻訳する。財務KPIだけでは単年度の数字に引き戻されるため、先行指標となる非財務KPIの併記が要る。最後に、BHAG関連の投資を通常予算と区分して管理し、役員報酬のKPIや見直しトリガーへ接続して、はじめて長期目標は執行の仕組みに乗る。
この過程では、役員会や事業部から決まって出る問いがある。事前に答えを用意しているかどうかで、通り方が変わる。
| 想定される問い | 主な出どころ | 通し方の判断軸 |
|---|---|---|
| その目標は誰が責任を持つのか | 役員会 | マイルストーンごとに執行側のオーナーを一人置き、役員報酬・人事評価と接続する。「全社目標=全員の責任」は、実質的に誰の責任でもなくなる |
| 単年度予算とどう繋ぐのか | 経営企画・財務 | BHAG由来の投資枠を予算編成方針に明記し、通常のROI基準とは別の評価軸(撤退条件つきの挑戦枠)で管理する |
| 達成できなかったら誰が責任を取るのか | 事業部 | 「未達=処罰」ではなく、見直しトリガーに達した時点で縮小・転換を判断する規律だと先に示す。ここが曖昧なままだと、挑戦目標は誰も引き受けない |
| うちの事業部には関係ないのでは | 事業部 | 各事業部の貢献KPIに翻訳して割り付けるか、対象外なら対象外と明示する。「全事業部で一律に」は、誰も動かない配分になりやすい |
役員会での通し方そのものは、サステナ用語を経営の言語に翻訳する書き換え術として別記事で扱った。長期目標を「正しさ」の言葉ではなく、投資対効果とリスクの言葉で説明し直す作業は、BHAGのカスケードでも避けて通れない。
BHAG 以外にも、書籍では複数の特徴が抽出されている。
「ANDの才能」
ビジョナリー・カンパニーは「ORの抑圧」、つまり「Aか、Bか」という二者択一に陥らず、「AもBも」を両立させる思考様式を持つとされる。具体例として、短期業績と長期投資、株主利益と社員満足、収益性と社会的責任、変化と一貫性などの両立が挙げられる。経済的価値と社会的価値の両立を志向するCSVや、サステナビリティー経営の思想は、この「ANDの才能」と地続きの議論として読める。
「カルトのような文化」
ビジョナリー・カンパニーは独自の価値観を強く保持し、それに共鳴しない人材を組織から外す傾向があると指摘されている。この点は刊行当時から議論を呼んできた論点で、現代のダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の文脈とは緊張関係にある。
ただし、コリンズらの主張する「同質性」は人種・性別・出身などの属性ではなく、コアバリュー(価値観)への共鳴を指している。属性の多様性とコアバリューの一貫性は両立しうるものであり、現代の企業経営における D&I 議論と組み合わせて読み解くのが妥当である。
進化を促す仕組み
ビジョナリー・カンパニーは、たとえカリスマ的創業者がいたとしても、その個人に依存しない「時を告げるのではなく、時計を作る」組織設計を志向しているとされる。後継者育成、自社内での試行錯誤の許容、社内ベンチャー的な仕組みなどがこれに該当する。
サステナビリティー・SDGs・パーパス経営の現場でクライアント企業の長期戦略を支援する際、「BHAGを掲げよう」と言うのは簡単だが、機能するBHAGを設計するのは想像以上に難しい。
最初につまずくのは設定の解像度である。「世界トップクラスのサステナブル企業になる」では曖昧すぎてBHAGにならず、第三者が達成したか否かを判定できる粒度まで落とし込む必要がある。次に来るのが撤退条件で、賭けに敗れた場合の撤退基準・損切りラインを最初に決めておかないと、BHAGは「いつかは達成するはずの永続的標語」に変質してしまう。そして最後まで残るのが、自社のパーパス・価値基準と矛盾しないかという整合チェックである。掲げた目標がコアバリューと衝突していると、現場は目標と価値観のどちらかを黙って捨てる。
なお、コリンズらの後続研究で示されたとおり、ビジョナリー・カンパニーであっても永続的に成功するとは限らない。同書で取り上げられた企業のうちいくつかは、その後の経営危機や凋落を経験している。BHAG は万能の処方箋ではなく、コアバリューと規律ある経営、優秀な人材戦略、そして時代変化への適応と組み合わせて初めて機能する。
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本記事は2026年7月時点で再構成した。原典である Collins & Porras『Built to Last』(邦訳『ビジョナリー・カンパニー 時代を超える生存の原則』日経BP社)に加え、コリンズの後続著作『Good to Great』『ビジョナリー・カンパニー③ 衰退の五段階』なども併読することで、BHAG の概念はさらに立体的に理解できる。
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