中期経営計画の策定や統合報告書の改定でマテリアリティの再特定を行う企業が増えています。形骸化する三つの典型と、ISSB(シングル)とCSRD/ESRS(ダブル)の枠組み差を踏まえたダブルマテリアリティの実務的な使い方を、消費財メーカーのご支援事例とともに見ていく。
中期経営計画の策定タイミングや、統合報告書の改定の機会に、マテリアリティ(重要課題)の再特定を行う企業が増えています。
ご支援先からも、
といったご相談を頂くようになってきました。
ただ、マテリアリティの議論を支援していると、毎回、似たような「形だけ」のパターンに行き当たります。
ご支援先で見かける、もったいないパターンを挙げます。
型①:他社似通り型
業界の他社の統合報告書を眺めて、似たような重要課題を並べてしまうパターンです。「気候変動」「人権」「人的資本」「ガバナンス」「製品安全」など、確かにどれも重要な論点ですが、自社にとっての固有性が見えてきません。投資家との対話の場でも、「御社のマテリアリティ、業界平均ですよね」という反応が返ってきがちです。
→ 処方:マテリアリティ候補リストの段階で、「他社の統合報告書から拾った論点」と「自社のバリューチェーン分析から出てきた論点」を別列で管理し、後者を必ず数項目入れる。これが自社固有のマテリアリティに繋がる原石になります(後述の実務ステップ参照)。
型②:リスク・機会・責任の混在型
マテリアリティ・マトリクスが、「自社が避けるべきリスク」「取りに行くべき機会」「社会的責任として果たすべきもの」がごちゃ混ぜになっているパターンです。経営判断の場面で、これらは打ち手の質がまったく異なります。リスクであれば管理プロセス、機会であれば投資判断、責任領域であれば最低基準(撤退ライン)の設定と、求められる打ち手の性質が違ってきます。混在したまま「重要課題」として並べると、結局どこに資源を割くべきかが、議論しにくくなります。
→ 処方:ダブルマテリアリティ(影響と財務の二軸)で再分解する。これが3類型の中で最も体系的な処方箋なので、次の章で詳述します。
型③:経営判断に使われない型
マテリアリティが、サステナビリティ部門の中でだけ使われていて、中期経営計画や事業ポートフォリオの議論には登場しないパターンです。これは結局、「開示用のマテリアリティ」と化してしまっている状態です。
→ 処方:マテリアリティを「特定した文書」ではなく「運用OS」として位置づけ、四半期に一度の経営会議レビュー、中計事業戦略レビューとの突き合わせ、投資家対話の反応反映ループ、という3つの仕組みに乗せる(後述の運用章参照)。
EUのCSRD/ESRSが採用しているダブルマテリアリティ(影響マテリアリティと財務マテリアリティ)の考え方が、型②の混在解消に有効です。
なお、ISSB(IFRS S1/S2)およびSSBJ基準は、企業価値(エンタープライズ・バリュー)への影響を起点とした、シングルマテリアリティ(財務マテリアリティ)が原則です。ただし、二軸で論点を棚卸ししておくこと自体は、ISSB/SSBJ対応にも実務的に有効である、というのが現場での感覚です。
ある消費財メーカー(売上1,000億円規模、グローバル展開あり)の支援で、約40の論点候補を二軸で再評価したところ、当初リストの12項目が「開示用に並べられただけで、経営判断には使われていない」と判明し、最終的に7項目に絞り込まれました。
その7項目は、
の三つの集合に分かれました。打ち手も、それぞれで設計が変わってきます。財務影響中心の論点はリスク管理で対応、社会影響中心の論点は長期投資の対象、両方大きい論点は最優先で経営アジェンダ化する、という具合です。
担当者の方が、形骸化を避けるために踏むと効くステップを、以下に並べる。
まず、マテリアリティ候補をリスト化する段階で、「他社の統合報告書から拾った論点」と「自社のバリューチェーン分析から出てきた論点」を、別の列に分けることをおすすめします。両方ともリストに入れて構いませんが、後者を必ず数項目入れること。これが、自社固有のマテリアリティに繋がる原石になります。
次に、各候補について、財務影響と影響マテリアリティの両軸で、ステークホルダーへのヒアリングを行います。ESRS 1で示される評価軸(影響側は規模・範囲・是正不能性、リスク側は発生可能性×影響度)を参考にすると、議論の解像度が上がります。投資家、従業員、顧客、サプライヤーで、軸の重み付けが変わってくるはずです。
そのうえで、経営層との議論の場では、マトリクスをそのまま見せるのではなく、「この論点は、5年後、自社のどの事業のどの数字に効いてくるのか」という具体的な問いに翻訳して持ち込むこと。これがないと、マテリアリティは「サステナビリティ部門の資料」のまま、経営判断には流れていきません。
マテリアリティは、特定した瞬間がゴールではなく、その後3〜5年の経営活動の中でどう使われたかが、本当の評価になります。
形だけ決めて、報告書に載せて、次回改定まで放置するのではなく、
といった運用面の仕組みが必要になります。
マテリアリティは特定文書ではなく、運用OS(オペレーティング・システム)である――というのが、ここ数年のご支援を通じての実感です。次回改定までの3〜5年、どの会議体に・どの頻度で・どの形式で乗せ続けるか。これを特定段階で同時に設計しておくこと。これが、形骸化を分ける分岐点になります。
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