ISSBが2025年6月に移行計画開示の補足ガイダンスを公表。IFRS S2パラグラフ14(a)(iv)の「主要な前提」「依存関係」がより具体化されました。「絵に描いた餅」にしないための社内事業計画との連動設計と、進捗を率直に語る運用を、上場製造業の事例で見ていく。
サステナビリティー開示の主軸が、IFRS S2/SSBJに移っていく中で、もう一段踏み込んだ要件として浮上しているのが、クライメート・トランジション・プラン(Climate-related Transition Plan、気候関連の移行計画)の開示です。
ISSBが2025年6月に補足ガイダンスを公表し、IFRS S2上で当初から求められていた「主要な前提」「依存関係」「資源配分」「進捗報告」の書き方が、より具体化されました(IFRS財団)。英国TPT(Transition Plan Taskforce)は2023年10月に開示フレームワーク(Disclosure Framework)を、2024年4月に業種別ガイダンスを公表し、その成果は2024年にIFRS財団へ移管されました。GFANZのNet-Zero Transition Plan指針も整備が進み、トランジション・プランの実装は2026〜27年で本格的な実務フェーズに入っていきます(基準・ガイダンスの正式名称や項番の詳細は、後述の「主要要素」章を参照)。
ご支援先からも、移行計画は作って公表したが社内の事業計画と連動していない、ISSBガイダンスの「依存関係」「主要な前提」をどう書くべきか、取締役会・経営層が移行計画の中身を自分の言葉で語れない、年次の進捗をどう開示し計画とのギャップをどう説明するか、といったご相談を頂くようになっています。
ご支援先で見かける、もったいない移行計画のパターンには、「2050年にネットゼロを達成する」という宣言だけが先行し経路が描かれていないネットゼロ宣言型、Scope1+2+3の削減目標数値は並んでいるが各目標がどの事業・投資・仕組みで達成されるかが書かれていない目標数字並列型、「グリーンな未来」のビジュアル・ストーリーは美しいが具体的なマイルストーン・KPI・予算が伴っていない絵姿先行型、各事業部の脱炭素計画を寄せ集めただけで全社の整合性・優先順位が取れていない部門別寄せ集め型、があります。
これらは、開示書類としては成立していても、実際に組織の脱炭素を駆動する道具にはなっていません。
ISSBの2025年6月ガイダンスでは、トランジション・プラン開示の主要要素として、以下が整理されています。
これらは、TPTの「Foundations / Implementation Strategy / Engagement Strategy / Metrics & Targets / Governance」の5要素や、GFANZのNet-Zero Transition Plan指針の構成とも整合しています。
担当者の方には、この主要要素を、自社の移行計画ドキュメントの章構成として再整理することを、おすすめしています。
IFRS S2パラグラフ14(a)(iv)では当初から「key assumptions」と「dependencies」の開示が求められていましたが、2025年6月ガイダンスで具体的な書き方・粒度が大きく明確化されたのが、この「依存関係(Dependencies)」のセクションです。
これは、自社の移行計画が、炭素価格の上昇や新しい技術基準といった規制環境の進展、水素・CCUS・次世代電池などの技術の商業化、顧客の需要シフトや競争環境の変化といった市場の変化、再エネ電力の供給や低炭素原料の入手といったサプライヤー側の動向、補助金・規制緩和・インフラ整備といった政府支援など、自社外の要因にどこまで依存しているかを率直に説明することを求めています。
これは、移行計画の「実現可能性」を、開示として正直に語る、という姿勢の表れです。「自社で全部やります」ではなく、「ここは自社の努力で、ここは外部の進展に依存します」と分けることで、計画のリアリティが投資家に伝わります。
ある上場製造業のご支援では、移行計画の依存関係を四つに切り分けて整理しました。自社設備の更新や自家発電など自社の努力で確実にコントロールできる範囲、再エネ電力PPAや低炭素原料などサプライヤー協力に依存する範囲、炭素価格の上昇や需要シフトなど規制・市場の進展に依存する範囲、水素還元製鉄・CCUS・SAFなど技術の商業化に依存する範囲——この四象限それぞれに楽観・中位・悲観のシナリオを付して開示する形です。こうすると投資家対話の場で「この移行計画は何が成立条件か」が伝わりやすくなり、対話がかみ合います。
トランジション・プランが「絵に描いた餅」にならないためには、社内の事業計画・予算計画と、開示用ドキュメントが、同じ動線で動いている必要があります。担当者の方には、以下の実務を、おすすめしています。
開示用に1冊作って終わり、ではなく、社内の事業判断に組み込まれているかどうか。これが、移行計画の「実装」と「形だけ」を分ける分岐点です。
最後に、トランジション・プランで担当者の方に求められる新しい役割が、年次の「進捗を語る」能力です。
計画通りに進んでいる項目、遅れている項目、前提が変わった項目、再設計した項目――これらを、機関投資家・社外取締役・経営層に対して、率直に・構造的に語れる担当者が、これからのサステナビリティー推進の主役になっていきます。
「うまくいっている話だけ」を語るのではなく、「ここはうまくいっていない、その原因は、再設計の方向は」を、誠実に語れること。これが、信頼を獲得する開示と運用の核心です。
【ご相談窓口】 弊社(株式会社KI Strategy)では、クライメート・トランジション・プランの策定支援と、社内事業計画との連動設計の伴走支援を実施しています(専門家プラットフォームSasla経由のご相談も可)。移行計画づくりや進捗開示でお悩みの方は、論点の棚卸しからご一緒します。
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