IPCC AR6 WGIIが指摘する適応の限界・残余リスクと、IFRS S2/SSBJの物理リスク開示要件の接続。緩和に偏重した気候戦略の盲点と、ISO 31000の対応4類型・IPCCの段階的/変革的適応の対比、食品関連製造業での事例を、TCFD後の実務として担当者向けに取り扱う。
気候変動対応の議論は、長らく「緩和(Mitigation)」中心で進んできました。Scope1+2+3の削減、SBTi目標、ネットゼロ宣言、カーボンクレジット――これらはいずれも、温室効果ガスの排出を減らすための施策です。
一方で、すでに進行している気候変動の物理的影響に対して、自社をどう守り、どう適応していくかという「適応(Adaptation)」の議論は、日本企業の中ではまだ薄いのが実情です。
ご支援先からも、
といったご相談が、ここ1〜2年で増えています。
気候変動対応は、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)でも、緩和と適応が対をなす概念として整理されています。
IPCC AR6(第6次評価報告書)の第2作業部会(WGII、2022年)は、「適応の限界(Limits to Adaptation)」と残余リスクを明示しました。企業側への要請は、これを受けたパリ協定第7条(Global Goal on Adaptation)、UAE Framework for Global Climate Resilience(COP28)、そしてIFRS S2/SSBJ基準の物理リスク開示として、段階的に具体化されています。
IFRS S2(TCFDを継承・統合)/SSBJ整合の気候開示では、物理リスク(急性・慢性)の試算が求められます。
シナリオ分析で参照するのは、IPCC AR6のSSP(Shared Socioeconomic Pathways:SSP1-1.9、SSP2-4.5、SSP5-8.5など)と、NGFSの気候シナリオ(Net Zero 2050、Below 2°C、Delayed Transition、Current Policiesなど)が代表的です。物理リスクの拠点別評価では、Aqueduct(水関連)、ThinkHazard!(複合災害)、Climate Impact Explorer、自社が委託するJupiter Intelligence/FathomなどのClimate Risk Analytics系ツールが、世界的に活用されています。
ただ、シナリオ分析で「2050年に売上の○億円分にリスクがある」と試算しても、その後の適応計画が作られていないケースを、ご支援先でもよく見ます。物理リスクの試算は、適応計画の前段階に過ぎません。試算→対策計画→実行→モニタリング、という流れの全体を設計することが、本来求められている対応です。
実務として、適応計画には次の構成要素を盛り込むことをおすすめします。
第一に、物理リスクの優先順位付け。事業継続への影響度・発生可能性で、対象リスクを絞ります。
第二に、各リスクへの対応類型。ISO 31000のリスクマネジメントから派生した4類型として、
の整理が実務では使いやすいです。なお、IPCCでは「段階的適応(incremental adaptation)」と「変革的適応(transformational adaptation)」、UNEPでは「Avoid/Accommodate/Protect/Retreat」という枠組みもあり、計画書ではこれらとの対応表を付けることをお勧めします。
第三に、責任部門と予算の明確化。適応は、サステナビリティー部門単独では実行できません。事業部、生産部、調達部、リスク管理部、財務部の連携が必要です。
第四に、サプライチェーン上の適応。自社拠点だけでなく、主要サプライヤーの所在地の物理リスクも、対象に含めます。
ご支援した売上1,500億円規模の食品関連製造業では、TCFD/IFRS S2のシナリオ分析で、主要原材料の調達地域(東南アジア、南米)の降水パターン変化が、調達リスクに直結することが見えてきました。実際、2023〜2024年にかけて、カカオ・コーヒーの世界的な不作で原材料価格が急騰し、現実のリスクとして体感されています。
そこで適応計画として、
を、3〜5年計画で策定しました。
各施策は、調達部・R&D部・生産部・財務部・サステナビリティー部の協働で進められ、サステナビリティー部は適応計画の全体マネジメントを担う形です。
適応計画は、開示と運用の両輪で進める必要があります。
開示側では、IFRS S2/SSBJの中で、物理リスクと適応計画を一つの章として整理して語ること。CDPの2024年気候質問書でも適応セクションは強化されており、Climate Action 100+などのエンゲージメント・イニシアチブからも、物理リスク対応への要請が強まっています。
運用側では、適応計画の進捗を、緩和(脱炭素)の進捗と並べて、定期的に経営会議に上げる仕組みを作ること。
「ネットゼロは宣言したが、適応は未着手」という企業は、機関投資家から「気候戦略が片肺」と評価される可能性があります。緩和と適応の両輪を整備することが、気候戦略を組織として立体的にする、本質的な打ち手だと思います。
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