DEI(Diversity, Equity, Inclusion)戦略は、米国の反DEI政治圧力で揺れる中、欧州・日本では深化が続きます。女性・LGBTQ+・障害者・ニューロダイバーシティ・世代間の論点を、人事・サステナビリティー担当向けに見ていく。
DEI(Diversity, Equity, Inclusion、多様性・公平性・包摂)の議論は、ここ数年で世界的に揺れています。米国では2024〜2025年にかけて、トランプ政権下の反DEI政治圧力で、Walmart、Boeing、Meta、John Deere、Ford、Toyota US、SHRM等の大手企業が、DEIプログラムの一部見直し・縮小を進めました。一方、欧州・日本・カナダでは、CSRD ESRS S1、女性版骨太の方針、Glass Lewis等の議決権行使方針強化で、DEIの深化が続いています。
ご支援先の人事・ダイバーシティ推進・サステナビリティー担当の方からも、米国市場の動きを受けて自社のDEI方針を後退させるべきか、女性役員30%(弊社過去記事「女性役員比率30%の実装」参照)の次の論点、LGBTQ+のインクルージョンやトランスジェンダー対応、障害者雇用とニューロダイバーシティ、シニア人材活用やZ世代の働き方といった世代間ダイバーシティ、グローバル展開企業の地域別DEI戦略について、ご相談を頂くようになっています。
ここでは、DEI戦略の全体像、女性以外の論点(LGBTQ+、障害者、ニューロダイバーシティ)、米国の動向への対応、戦略設計を見ていきます。
DEIは、3つの要素が組み合わさって、初めて機能します。
**Diversity(多様性)**は、ジェンダー・性的指向・人種民族・年齢・障害・宗教・文化的背景・職歴・教育などの構成員の多様性で、「何人いるか」を中心に測ります。**Equity(公平性)**は、機会・処遇・賃金の公平性と、歴史的に不利益を受けてきた集団への是正アクションを指し、「公平に扱われているか」を問います。**Inclusion(包摂)**は、多様な構成員が自分らしく働き力を発揮できる環境――心理的安全性、組織文化、リーダーシップ――であり、「実際に活躍できているか」を測ります。
「Diversity(人数)」だけ追いかけても、Equity(処遇格差)が解消されず、Inclusion(活躍環境)が整わなければ、DEI戦略は実質的に機能しません。
担当者の方は、自社のDEI戦略が、3要素を統合的にカバーしているかを点検することが出発点です。
女性役員30%の議論(弊社過去記事「女性役員比率30%の実装」参照)が日本企業の中心テーマになる中、次に重みが増しているのが、LGBTQ+のインクルージョンです。
主要な論点としては、同性パートナーシップの会社制度(手当、慶弔、福利厚生)、トランスジェンダーの就業環境(更衣室、トイレ、ドレスコード、戸籍と異なる名前の使用)、ハラスメント防止・差別禁止規程、LGBTQ+を公言できる組織風土、ALLY(理解者・支援者)の育成、採用・配属での差別防止が挙げられます。
主要な認証・ベンチマークには、次のものがあります。
日本でも、LGBTQ+への理解促進活動(LGBTQ+ Allyship、社内LGBTQ+コミュニティ、研修)に加え、同性婚法制化議論や、各自治体のパートナーシップ制度(200超の自治体で導入)が進んでおり、企業対応の重要性が増しています。
障害者雇用は、日本では障害者雇用促進法で法定雇用率(民間企業は2024年4月から2.5%、2026年7月から2.7%。厚生労働省)が義務化されている領域ですが、本質的な論点は数値達成だけではありません。
本質的な論点は、法定雇用率の達成にとどまらず、配置・職務・キャリアの幅、合理的配慮(Reasonable Accommodation)の提供、物理・デジタル・コミュニケーションのアクセシビリティ、特例子会社の活用と本社への統合、身体障害だけでなく知的・精神・発達障害への対応、障害者リーダーシップの育成にまで及びます。
主要な認証・ベンチマークには、次のものがあります。
日本企業のグローバル展開で、各国の障害者関連法・規制(米国ADA、英国Equality Act、EU各国法)への対応も、論点になります。
ニューロダイバーシティ(Neurodiversity)は、自閉症スペクトラム(ASD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)、ディスレクシア(識字障害)、ディスプラクシア(協調運動障害)など、神経学的な差異を「異常」ではなく「多様性」として捉える概念です。
推進の意義は、パターン認識・集中力・記憶力・創造性といった特定の認知スタイルがIT・データ分析・エンジニアリング・研究・芸術などの業務で強みを発揮すること、採用・職務設計・コミュニケーションで合理的配慮を提供することで潜在能力を活かせること、そして組織の多様性がイノベーション・問題解決能力を高めることにあります。
企業の取り組みとしては、Microsoft Autism Hiring Program、SAP Autism at Work、JPMorgan Autism at Work、EY Neuro-Diverse Centers of Excellenceなどがあり、日本でも野村総合研究所、日立、富士通、NTTグループ等が試験運用しています。
ニューロダイバーシティは、IT・エンジニアリング・研究領域で、特に戦略的価値が高い論点です。
人口構成の変化(少子高齢化)と、世代別の価値観・働き方の違いから、世代間ダイバーシティも重要論点に上がっています。
シニア人材については、高年齢者雇用安定法による60歳以降の継続雇用(70歳までの就業機会確保が努力義務)を踏まえ、職務・処遇・キャリアの再設計、専門性・経験の活用(メンタリング、技術伝承、業界ネットワーク)、健康・安全への配慮が論点です。**Z世代(1997〜2012年生まれ)**は、パーパス・社会貢献を重視する価値観、リモート・副業/複業・ワークライフバランスといった働き方の柔軟性、キャリア・成長機会の重視、直接的・即時的なフィードバック、テクノロジーネイティブといった特徴を持ちます。**ミドル層(30〜50代)**では、育児・介護との両立、キャリア中期の燃え尽き、リスキリング・キャリア再設計が課題となります。
各世代に応じた人事制度・働き方・コミュニケーションの設計が、組織パフォーマンスを左右します。
米国市場・米国子会社を持つ日本企業は、2024〜2025年の反DEI政治圧力に、戦略的に対応する必要があります。
主要な圧力としては、連邦政府契約者へのDEI関連規制を見直す大統領令(Trump政権下、2025年)、DEIプログラムを禁止し教育機関等にも波及するテキサス・フロリダ等の州法、DEIプログラムを逆差別とする反DEI訴訟、Edward Blum(Students for Fair Admissions)等の活動家による訴訟が挙げられます。
企業の対応は3パターンに分かれます。Walmart・Boeing・Ford・John Deere・Lowes・Toyota US・Meta・McDonald's等はDEIプログラムを一部縮小・名称変更する撤退型、Microsoft・Apple・JPMorgan・Costco・Goldman Sachs・Citigroup等はプログラムを継続・強化する継続型、そしてDEIから「Belonging」「Inclusion」等の用語に変えて本質を維持する転換型です。
日本企業の現実的な対応としては、米国市場での法的リスクを最小化しつつグローバル一貫性を保つこと、ロビイング活動・業界団体メンバーシップとの整合性確認(弊社過去記事「責任あるロビイング(Climate Lobbying)と政治献金の開示」参照)、米国市場での「Belonging」等への名称・表現の調整、Equity・Inclusion・組織文化といった実質的な取り組みの維持、そして欧州・日本市場での深化の継続が挙げられます。
DEIと事業パフォーマンスの関係は、複数の研究で実証されつつあります。
主要な研究では、McKinseyの「Diversity Wins」(2020)が、経営層のジェンダー多様性が上位の企業は平均超の収益性を上げる可能性が25%、人種・民族多様性では36%高いと報告し(McKinsey)、BCGやDeloitte、女性経営層を研究するCatalyst等も同様の傾向を示しています。
ただしこれらの研究には、相関関係であって因果関係ではないこと、業種・地域・規模で効果が異なること、短期では効果が現れにくいことといった限界があります。「多様性が直接的に利益を上げる」という単純な論理ではなく、「多様性とインクルージョンが、組織の創造性・問題解決能力・人材獲得力を高め、長期的にパフォーマンスに反映される」という、より構造的な論理で語ることが、本質的な効果を見るためには重要です。
グローバル展開企業のDEI戦略は、地域別の差を意識した設計が必要です。
地域別に見ると、日本は女性ダイバーシティが中心でLGBTQ+・障害者・世代間が次の論点、米国は反DEI圧力下での法的リスク管理と実質維持、欧州はCSRD ESRS S1対応・Pay Transparency Directive・各国の人権労働法、アジアは地域別の文化・規制差や女性活躍・若年労働者、中東・アフリカは宗教・文化的背景やジェンダー・移民労働者、南米は所得格差・移民労働・先住民が、それぞれ焦点となります。
グローバル統一のDEI方針と、地域別の実装を両立させる、という設計が現実的です。
最後に、DEI戦略で、避けたいパターンを一つ。
DEI戦略を、女性役員数、障害者雇用率、LGBTQ+研修受講率など、数値だけで管理すると、Equity(公平性)とInclusion(包摂)が抜け落ちる、という構造的な問題があります。
担当者の方には、
このあたりを、人的資本戦略の本筋に組み込むことをおすすめします。
形だけDEIの数値を追うか、本物の多様性・公平性・包摂を組織の戦略として組み立てるか。担当者の方の意識付けで、人材戦略の質と社外評価は、確実に変わります。
【ご相談窓口】 弊社(株式会社KI Strategy)では、DEI戦略、LGBTQ+・障害者・ニューロダイバーシティ実装、グローバル地域別DEI設計の伴走支援を実施しています(専門家プラットフォームSasla経由のご相談も可)。DEI論点でお悩みの方は、お気軽にご相談ください。
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