ESG・サステナビリティー担当者の業務時間は年々増え、燃え尽き・離職が増えています。個人のセルフケアだけでは限界があり、組織としての設計(業務優先順位、外注、ローテーション、キャリアパス、経営層との期待値調整)が要ります。担当者・人事向けに扱う。
弊社の過去記事「ESG担当者が孤立しない社内エンゲージメント戦略」でも触れた論点ですが、ここ1〜2年、ESG・サステナビリティー担当者の方からのご相談で、業務内容そのものではなく、担当者個人や、チームの疲弊についてのお話を伺う機会が、確実に増えてきました。
最近眠れず休日も仕事が頭から離れない、チームの主担当者が突然退職を申し出た、新しく異動してきた人が半年で辞めたいと言い始めた、部内で「サステナ部の人、いつも辛そう」と陰で言われている、経営層は自然関連・AIガバナンス・Just Transitionと次々に新しい論点を降ろしてくるがリソースは増えない――こうしたお話です。
国際的にも、CSO(Chief Sustainability Officer)の在任期間の短さ、サステナビリティーチームの大量離職などが、業界紙やリサーチ機関で報じられるようになっています。
ここでは、(1)燃え尽きの構造的な原因、(2)個人レベルのセルフケア、(3)組織レベルの設計、(4)経営層との期待値調整、という流れで、ESG担当者と人事・経営層の双方向けに、見ていきます。
ESG担当者の燃え尽きは、個人の精神論で片付く問題ではなく、構造的な要因が複数重なっています。代表的なものを、いくつか挙げます。
要因①:業務量の急増と、開示要請の重なり。 過去10年で、サステナビリティー担当者の業務量は数倍に増えています。TCFD、ISSB/SSBJ、TNFD、SBTi、SBTN、CDP、CSRD、CSDDD、CBAM、人的資本可視化指針、CGコード、SLB、PCAF、人権DD、AIガバナンス――新しい開示・基準・要請が毎年のように追加され、それぞれが「対応必須」として降ってきますが、社内のリソース増加は業務量の増加に追いついていないのが普通です。
要因②:成果が見えにくい、感謝されにくい。 サステナビリティーの仕事は長期視点の取り組みが多く、売上・利益・株価といった短期の成果指標に直結しにくい構造があります。経営層・他部門からの「で、それでうちはいくら儲かるの?」という問いに即答できない辛さが、日常的にあります。
要因③:社内の孤立。 サステナビリティー担当者は、経営企画・人事・IR・法務・調達・生産・IT・各事業部と連携する必要がありますが、サステナビリティー部門自体は少人数編成のことが多く、担当者個人が「全部門との接点を一人で抱える」状況が生まれやすい構造があります。
要因④:外部圧力の同時多発。 機関投資家・評価機関・規制当局・NGO・メディア・サプライヤー・顧客企業・従業員――複数のステークホルダーから同時並行で問い合わせ・要請が来て、それぞれに丁寧に対応しようとすると、時間と労力がいくらあっても足りません。
要因⑤:「正解がない」状態の長期化。 サステナビリティー領域はフレームが固まり切らないまま開示・対応が要求される領域です。「これが正解」と言える解がない中で自分の判断を信じて動かないといけない局面が繰り返し訪れるのは、知的にはやりがいがある反面、精神的には消耗します。
担当者個人レベルでの対策は、特殊な手法というより、健康と生活の基本を保つ、という当たり前のことに集約されます。ただ、当たり前ほど、業務に追われると後回しになりがちです。
睡眠時間の確保。 最も基本ですが、最も犠牲になりがちです。睡眠不足は判断力の低下・感情のコントロール困難・健康問題に直結します。「忙しいから寝られない」のではなく「寝ないと判断の質が下がるから眠る」という発想の転換が、長期視点では効きます。
業務時間外の遮断。 スマートフォン・PCで仕事のメール・チャットを24時間チェックできてしまうのが現代の業務環境です。夜の時間・休日・休暇中の連絡受信を絞るといった意識的な遮断は、自分で設計しないと自動的には起きません。
専門家コミュニティとの繋がり。 社内に「サステナビリティーの話が分かる人」が少ない場合、社外の同業担当者・業界団体・勉強会・SNSコミュニティとの繋がりが心理的な救いになります。「同じ悩みを抱えているのは自分だけではない」と知るだけでも、消耗の度合いが変わります。
専門知識の体系的な蓄積。 「全部の論点に対応しないといけない」という焦りは、専門知識が断片的なまま増えていくことから生まれます。年に1〜2回、特定領域(気候、自然、人権、人的資本、AIガバナンス等)をまとまった時間を取って体系的に学び直すことで、断片の繋がりが見えてきて、業務全体のコントロール感が回復します。
身体のケア。 運動・食事・医療チェック――「気合と根性」だけでは続きません。身体的な健康を意識的に保つことが、長期業務の前提です。
これらは当たり前のことばかりですが、「当たり前ができていないこと」が燃え尽きの最大の予兆です。担当者の方は、年に一度、自分のセルフケアの状態を点検する時間を、強引にでも作ることをおすすめします。
個人のセルフケアだけでは、業務量の構造的な増加には追いつきません。組織レベルでの設計が必要です。
設計①:業務の優先順位付けとミニマイゼーション。 「全部やる」を諦めることが、組織設計の出発点です。サステナビリティー業務を次の3層に分け、必須を効率的に、重要を選択的に深掘りし、あるとよいは思い切って捨てる、という整理を年次でやり直します。
設計②:チーム化と業務分担。 サステナビリティー部門が専任1〜2名の体制では特定の担当者に負荷が集中し、退職・休職時のリスクも高くなります。少なくとも、気候・脱炭素担当、自然関連・サプライチェーン担当、人的資本・人権担当、開示・統合報告書担当、データ管理・評価機関対応担当くらいの分担が、業務量に対して必要な体制感です。ただ人数を増やすには予算が要るので、経理・IR・人事・調達・IT・法務・経営企画に「兼務担当」を置いてサステナビリティー部門の延長として動いてもらう、GHG算定・評価機関対応・開示書類作成といった特定領域を外部ベンダーに委託する、社内の若手をローテーションで配置してサステナビリティーの経験を全社に広げる、という組み合わせが現実的な設計です。
設計③:外部委託の戦略的活用。 評価機関対応の差分更新、GHG算定の実務、Scope3カテゴリ別の専門算定、人権DDアンケート設計、業界動向のリサーチ――これらを外部ベンダー(弊社過去記事「SPO・保証提供者・コンサルの見抜き方」もご参照ください)に委託することで、社内担当者の時間を経営層対話・機関投資家対話・新領域の立ち上げといったより戦略的な業務に振り向けられます。「外注すると専門知識が外に流出する」という懸念もありますが、ナレッジの蓄積を契約条件で設計し社内側で意思決定の核心を保持する運用にすれば、長期的にはむしろ社内のレベルアップにつながります。
設計④:ローテーションとキャリアパス。 「サステナビリティー部門に異動したら抜けられない」「キャリアの先行きが見えない」という状態は担当者の閉塞感を生みます。弊社過去記事「サステナビリティー・ESG担当者のキャリアパス」でも触れたとおり、経営企画・IR・人事・各事業部との社内ローテーション、特定専門領域への深化、業界団体・政府委員会・専門家プラットフォーム経由のクライアント支援といった社外活動・副業・複業、コンサルファーム・評価機関・他企業のCSO候補等への転職・専門家化――こうした選択肢を組織として用意しておくことが、担当者個人の長期キャリアの納得感に繋がります。
燃え尽きの最大の原因の一つは、経営層からの「全部対応せよ」という期待と、現場のリソース実態のギャップです。
経営層との期待値調整のポイントは、過去5年の業務量増加・対応している基準や要請の数・担当者数の推移といったサステナビリティー業務量と社内リソースの推移を定量的に共有すること、新しい論点が出るたびに対応する/しない/後回しにするの選択を経営層に上げること、「全部対応」ではなく自社のマテリアリティ・戦略に応じた優先順位を経営層に握ってもらうこと、経営層への報告で「やったこと」だけでなく「やらなかったこと、その理由」も明示することです。
この対話を回避し、現場が黙々と全部対応を続けると、ある日突然主担当者の退職で組織が崩れる、というのが最悪のパターンです。
経営層との期待値調整は、サステナビリティー担当者の業務の中で、最も難しいが、最も重要な仕事の一つです。
CSO(Chief Sustainability Officer)が日本企業でも増えてきましたが、CSOの役割が「サステナビリティーの全部を一人で抱える」ことになっていると、CSO自身が早期に消耗します。
CSOの本来の役割は、経営層との戦略議論の窓口、部門横断の調整役、機関投資家・規制当局・業界団体・NGO等に対する対外的な顔、社内の人材育成と組織設計であり、GHG算定・CDP回答・統合報告書執筆といった個別業務を全部CSO自身が手を動かすことではありません。
CSO自身が業務委譲のスキルを持ち、サステナビリティー部門・関連部門の体制を組み立て、自分が手を動かさなくても組織が回る構造を作ること。これが、CSOの役割の本筋です。
最後に、業界全体の構造的な課題を一つ。
サステナビリティー担当者の労働市場は、求人の伸びに人材供給が追いついていません。気候・自然・人権・人的資本・ガバナンス・AIガバナンスなど、専門領域が広がる一方で、各領域で実務経験を持つ人材は限られています。
その結果、特に経験者をめぐる採用市場での競争激化、社内の担当者への負荷集中、人材育成の時間不足、他社からの引き抜きと人材流動の加速、といった構造が生まれています。
業界全体としては、大学・大学院でのサステナビリティー教育の体系化、業界団体・専門家コミュニティでの研修・認証プログラム、副業・複業を通じた専門家の育成(弊社運営のSasla、CLO Career等のプラットフォーム)、企業横断のローテーション・出向プログラムといった取り組みが、長期視点で必要です。担当者個人だけ・個別企業だけの問題ではなく、業界全体の人材エコシステムをどう育てるかという、大きな問いに繋がります。
最後に、皮肉な話ですが、サステナビリティー部門が「ウェルビーイング」「健康経営」「働き方改革」「人的資本」を社外に発信しながら、自部門内では担当者が燃え尽きている、というケースが、残念ながら少なくありません。
担当者の方には、
このあたりを、業務の合間ではなく、業務の一部として組み込むことを、おすすめします。
サステナビリティーは、組織自身もサステナブルでなければ、続きません。担当者の方ご自身と、その組織のサステナビリティーを、どうか大切にしてください。
【ご相談窓口】 弊社(株式会社KI Strategy)では、サステナビリティー部門の組織設計、業務再設計、人材戦略、CSO・部門長のメンタリングなどを伴走支援しています(専門家プラットフォームSasla、CLO Career経由でのキャリア相談・人材マッチングも可)。チームや個人の疲弊にお心当たりがある方は、お気軽にご連絡くださいませ。
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