水資源は、気候・自然と並ぶサステナビリティーの独立柱に育ちつつあります。CDP Water、AWS、SBTN淡水、TNFD水関連、Water Footprint、流域マネジメントを、食品・繊維・化学・半導体・データセンター・荷主向けに扱う。
サステナビリティー戦略の柱として、長らく気候・脱炭素が中心、自然関連がそれに続く、という構造でした。ところが、ここ数年、もう一本独立した柱として位置づけが上がってきているのが、水資源管理(Water Stewardship)です。
世界各地の水ストレス(多くの主要都市で水供給不足が顕在化)、生成AI・データセンターの冷却水需要急増、半導体製造の超純水大量使用、食品・農業・繊維のサプライチェーン水リスク、台湾の半導体製造の水危機、米国西部の干ばつ、地中海の水ストレス――水を巡る問題が、特定地域の話ではなく、業界横断の戦略論点に育ってきています。
この論点は業界横断で増えていますが、中身は拠点の場所によってまったく違います。水ストレスの高い地域に主要拠点を持つ企業は、事業継続の話として持ち込んできます。そうでない企業は、CDP Water Securityの回答をどう高度化するか、という開示の話から入ってきます。
そこから、SBTNの淡水ターゲットをどう設定するか、流域単位のマネジメント(Water Stewardship at Catchment Level)に参画すべきか、データセンターや半導体のように水を大量に使う設備をどう管理するか、と論点が具体化していきます。
ここでは、水資源管理の全体像、主要枠組み、業種別の論点、戦略設計を扱います。
水資源管理が戦略論点として浮上している背景は、5つの構造的な要因が絡み合っています。
要因①:水ストレスの拡大。 WRI Aqueductのデータでは、世界人口の約25%(約20億人)が、ベースライン水ストレスの「Extremely High」または「High」の地域に住んでいます(WRI Aqueduct)。気候変動下で、水ストレス地域は今後拡大します。
要因②:気候変動と水循環の変化。 降水パターンの変化(増加・減少の地域偏差)、氷河・積雪の減少、海面上昇による塩水流入、極端気象(豪雨・干ばつ)の頻発――気候変動の物理リスクの大半は、実は「水を通じて」現れます。
要因③:産業の水需要急増。 データセンター・生成AI(冷却水)、半導体製造(超純水)、再エネ水素生産(電気分解の原料水)、農業・畜産の灌漑、食品・繊維の加工水――水需要が、業界横断で急増しています。
要因④:水関連規制の強化。 EU水枠組指令、各国の水質規制、PFAS規制(弊社過去記事「半導体業界のサステナビリティー」参照)、農業の水管理規制、自治体の地下水利用規制が、強化されています。
要因⑤:機関投資家・市場規律の強化。 CDP Water Security、SBTN淡水、TNFD水関連、ESG評価機関での水関連設問の精緻化が、進んでいます。
CDP Water Security(旧CDP Water)は、企業の水管理を業界横断でベンチマーク評価する枠組みです。2010年から運用、現在では数千社が回答しています。
CDP Water Securityの主要評価軸は、取締役会・経営層の関与を問う水ガバナンス、水関連リスクとマテリアリティ評価、自社操業の水使用・廃水・排出、流域・地域の水ストレス評価、サプライチェーン水管理、水関連目標と進捗、水関連投資・革新です。
CDPでAリスト評価を狙う企業は、Water Security質問書への詳細回答が必要です。CDP気候変動・水・森林・生物多様性・プラスチックを統合した質問書(2024年から運用)でも、水パートは独立した重要セクションとして維持されています。
AWS(Alliance for Water Stewardship)は、水管理の業界横断の認証スキームです。
AWS International Water Stewardship Standard(v2.0、2019年公表、現在改訂中)は、次の5つの結果指標で企業の水管理を認証します。
AWSは、流域(catchment)レベルでの水管理を求める設計で、自社の操業だけでなく、地域の水ステークホルダー(自治体、農業、地域コミュニティ、自然保護組織)との対話・協働を前提としています。
主要な認証取得企業には、Coca-Cola・PepsiCo・AB InBev・Nestlé・Unilever・L'Oréal等の食品飲料消費財、Diageo・Heineken・キリンホールディングス等の飲料、MARS・Ferrero等の食品、H&M・IKEA等の小売、Microsoft・Google等のテックがあり、日本ではサントリー・キリン・アサヒ・武田薬品等が取得しています。
AWS認証は、水ストレス地域での操業の正当性を、地域・規制当局・機関投資家に説明する道具として機能しています。
SBTN(Science Based Targets Network、弊社過去記事「SBTNで自然関連目標を立てる」参照)の最初のリリース(2023年)に含まれるのが、淡水(Freshwater)ターゲットです。
SBTN淡水の対象は、窒素・リンを流域別の閾値で管理する水質と、水ストレス地域別に取水量を削減する水量です。SBTN淡水のメソドロジーは、Planetary Boundariesに類似した流域別のサイエンスベースの限界、自社の取水・排水・水質影響の流域帰属、流域別の削減・改善目標を提示し、業界横断・流域横断の水目標設定の標準を作る動きです。
SBTN Accountability Acceleratorの認定は、2025年2月20日から開始されており(Accountability Accelerator)、淡水ターゲットの認定が動き始めています(弊社過去記事「昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)と2026年レビュー」参照)。
担当者の方は、自社の主要操業地域・サプライチェーン地域の水ストレス、SBTN淡水の対象業種に該当するかを早期判定することをおすすめします。
水のライフサイクル評価には、Water Footprintの考え方が広く使われています。Water Footprint(ISO 14046、Water Footprint Network)は、次のように分類されます。
Water Footprint分析は、自社製品単位の水使用評価、サプライチェーン上の水ホットスポット特定、原材料調達の水ストレス評価、LCA(Life Cycle Assessment、弊社過去記事「サーキュラーエコノミー実装」参照)の一部としての水評価など、複数の戦略目的で活用されます。
水管理の論点は、業種で大きく異なります。
食品・農業(弊社過去記事「食品・農業システム転換とSBTi FLAG」参照)では、世界の淡水取水の約70%を占めるとされる農業灌漑(FAO)、畜産の飲料水・洗浄水、食品加工水、パーム油・コーヒー・カカオ等の原材料調達地域の水ストレスが論点です。繊維・アパレルでは、1kgのコットン生産に約10,000リットルを要する綿花栽培の水と、染色・仕上げ工程の水・水質汚染が中心です。化学・素材は冷却水・プロセス水・廃水処理、半導体(弊社過去記事「半導体業界のサステナビリティー」参照)は超純水(UPW)の大量使用、台湾・米国西部・シンガポール等の水ストレス地域での操業、TSMCが掲げる2030年に再生水利用6割という目標などが論点になります。データセンター・生成AI(弊社過去記事「データセンターと生成AIの電力・水・冷却」参照)は蒸発冷却・液冷の冷却水、WUE指標、Microsoft・Google・AWSの水Positiveコミット、医薬品・バイオは製造プロセス水・冷却水とAPI製造排水のAMRリスク(弊社過去記事「医薬品・ヘルスケア業界のESG実装」参照)、不動産・建設はGRESB・CRREMの水指標による建物の水使用効率(弊社過去記事「不動産・建設業のサステナビリティー実装」参照)が、それぞれ論点になります。
業種ごとに、水管理の重み・対応策が異なります。
水管理の本質的な発想は、自社操業の効率化だけでなく、流域全体(catchment)でのマネジメントです。
流域マネジメントの考え方は、水は流域単位で循環し自社の取水・排水が流域全体に影響すること、流域全体の水バランス・水質・生態系を自治体・農業・地域コミュニティ・他産業・自然保護組織の協働で管理すること、自社操業の水管理だけでは流域全体の改善に繋がらない場合が多いこと、です。
実装としては、自社拠点・サプライチェーン地域の流域識別、流域内の他ステークホルダーとの対話・協働、地域の水資源計画への参画、流域単位の集合的アクション(Collective Action)への参加が挙げられます。
主要な業界協働には、次のものがあります。
担当者の方は、自社の水管理を、自社操業の効率化から、流域マネジメントへと、視点を広げる必要があります。
最後に、水戦略で、避けたいパターンを一つ。
水管理を、自社操業の節水・水リサイクルだけで考えると、サプライチェーン・流域・気候・自然との連関が見えてきません。
担当者の方には、
このあたりを、戦略の中で組み立てることをおすすめします。
形だけ「水も大事」と並列で扱うか、気候・自然の隣の独立柱として本気で組み込むか。担当者の方の意識付けで、水戦略の射程と質は、確実に変わります。
【ご相談窓口】 弊社(株式会社KI Strategy)では、水資源管理戦略、CDP Water Security対応、AWS認証、SBTN淡水ターゲット、流域マネジメントの伴走支援を実施しています(専門家プラットフォームSasla経由のご相談も可)。水戦略をどう組み立てるかでお悩みの方は、現状の診断からお手伝いできます。
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