SSBJ基準の義務適用がいよいよ始まります。ただ「3兆円→1兆円→5,000億円」を一括で確定スケジュールのように紹介する記事が多い一方、2026年2月公布の改正府令で法的に確定したのは上の二区分だけ。5年平均時価総額という判定の罠と、自社が初年度対象かの見極め方を、一次資料に当たって整理します。
「うちは、いつから対象なんですか」── サステナビリティ開示の話題で、いま経営企画やIRのご担当から最も多く頂くのがこの問いです。
混乱の原因は、情報源のほうにもあります。同業他社が「2027年3月期から」と言い出したが、自社も同じ年からなのか分からない。解説記事ごとに対象時期の書き方が微妙に違い、どれを信じてよいか迷う。時価総額で線を引くとは聞いたが、どの時点の時価総額なのかが曖昧――こうした声を、続けて伺うようになりました。
実際、この三つはいずれも「解説側が正確に書けていない」ことに起因しています。
結論から言えば、「3兆円→1兆円→5,000億円」を一続きの確定スケジュールのように並べる説明は、半分しか正確ではありません。2026年2月20日に公布・施行された改正内閣府令で法的に確定したのは、平均時価総額3兆円以上が2027年3月期から、1兆円以上3兆円未満が2028年3月期から、というこの二区分だけです(金融庁)。そして対象判定に使う時価総額は、決算期末の単年ではなく5年平均です。本稿は、自社が初年度対象かを自分で見極めるために、金融庁とSSBJの一次資料に当たって要点を整理します。
SSBJ(サステナビリティ基準委員会)は、2025年3月5日に日本初のサステナビリティ開示基準を公表しました。構成は次の三本で、いずれかだけを適用することはできず、三本セットで同時に適用します。
| 基準 | 正式名称 | 役割 |
|---|---|---|
| 適用基準 | サステナビリティ開示ユニバーサル基準「サステナビリティ開示基準の適用」 | 全体の適用ルール |
| 一般基準 | テーマ別基準第1号「一般開示基準」 | ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標の枠組み |
| 気候基準 | テーマ別基準第2号「気候関連開示基準」 | 気候関連リスク・機会、Scope1〜3、移行計画 |
SSBJ基準は、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)のIFRS S1号・S2号の要求事項をすべて取り込んだうえで、日本企業の実務に合わせた選択肢(オプション)を加える形で開発されています。したがって、SSBJに準拠した開示は、国際的な比較可能性を大きく損なわずにIFRS S1/S2準拠とみなせるよう設計されています。
なお、義務適用を待たずに任意適用(早期適用)が先行しており、2025年3月5日以後に終了する年次報告期間から適用できます。3月決算企業であれば、2025年3月期の有価証券報告書から任意で採用することが可能です。
ここが本稿の核心です。多くの解説が「3兆円→1兆円→5,000億円、2027〜2029年」と一括で並べますが、法的なステータスは均一ではありません。
金融庁は2025年11月26日に「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案を公表し、パブリックコメントを経て2026年2月20日に改正府令を公布・施行しました。
| 対象(5年平均時価総額) | 義務適用の初年度 | 法的ステータス |
|---|---|---|
| 3兆円以上 | 令和9年3月期(2027年3月期) | 改正府令で確定 |
| 1兆円以上3兆円未満 | 令和10年3月期(2028年3月期) | 改正府令で確定 |
| 5,000億円以上1兆円未満 | 2029年3月期を目途 | WG報告のロードマップ・継続検討(府令未確定) |
つまり、府令で確定したのは上の二区分のみ。5,000億円以上1兆円未満の層は、金融審議会ワーキング・グループ(WG)報告のロードマップ上の方針にとどまり、改正府令には規定されていません。WGは「本年中を目途に結論を出すことが適当」としており、2026年時点では確定事項ではない点に注意が必要です。対象もプライム市場上場会社に限定され、金融庁長官が告示でプライム市場を指定する建て付けになっています。
「5,000億円なら2029年で確定」と書いている解説は、この継続検討の段階を確定スケジュールと取り違えています。自社がこの層に位置する場合、スケジュールはまだ動く前提で備えるのが実務的です。
対象判定に使う「時価総額」は、決算期末の単年の値ではありません。改正府令は5年平均を用いると定めています。
具体的には、対象事業年度の前事業年度の末日と、その前4事業年度の末日、計5期末の時価総額の平均値で判定します。金融庁の例示に沿えば、令和9年3月期(2027年3月期)の判定は、令和4年3月期〜令和8年3月期の各期末時価総額の平均で行います。
この5年平均には、実務上の落とし穴が二つあります。
時価総額が閾値の近傍にある「グレーゾーン企業」では、過去5期末の値を並べて平均を試算し、どの決算期から義務がかかるかを早めに見極めておく必要があります。これは単年の株価を眺めているだけでは判断を誤ります。
義務適用が始まっても、初年度から有価証券報告書の本体に完成形を載せる必要はありません。改正府令は二段階開示の経過措置を設けています。
適用開始年度とその翌年度(当初2年間)は、有報の本体でSSBJ基準に従った記載を省略でき、その場合はそれぞれ翌期の半期報告書の提出期限までに、当該事項を記載した訂正報告書を提出します。決算後の限られた時間で開示を作り込む負担を、半年ほど後ろ倒しできる仕組みです。
加えて、SSBJ各基準には「最初の年次報告期間に限り適用される経過措置」があり、初年度に限って気候関連以外のサステナビリティ項目やScope3排出量の開示を任意とする救済が設けられる方向です(この初年度任意化の細部は二次情報ベースのため、最終確認は一次資料を推奨します)。
金融庁は虚偽記載責任を限定するセーフハーバーも整備しました。Scope3排出量などについて、差異要因・推論過程・社内の開示手続が一般に合理的と考えられる範囲で具体的に記載されていれば、結果的に数値がぶれても虚偽記載等の責任を負わない、という考え方です。完璧な数値を出せないことを理由に開示を萎縮させないための措置といえます。
開示の次に立ち上がるのが保証です。金融審議会WGの整理では、第三者保証は開示基準の適用開始時期の翌期から義務化されます。
ここで実務上の勘所になるのが、Scope3は当面、保証の対象外という点です。ただし開示自体は段階的に求められるため、「保証はまだでも、保証に耐える証跡の整備は今から」という姿勢が、初年度対象企業には求められます。保証の制度設計はESG開示の第三者保証で別途整理しています。
判定で対象だと分かってから動き始めると、データ収集の体制づくりが間に合いません。制度の説明で終わる解説が多いなかで、本稿があえて踏み込むのはここです。初年度対象(あるいはグレーゾーン)の企業が、判定確定から開示までに着手すべき順序を整理します。
これらは「開示書類を書く」作業の前段にある、地味で重い準備です。そして、まさにこの準備段階で外部の知見が効きます。
Q. 単年で時価総額が1兆円を超えたら、すぐ義務化対象ですか。 いいえ。判定は過去5期末の平均(5年平均時価総額)で行います。直近の一時的な株価上昇だけでは対象になりません。
Q. 5,000億円以上なら2029年3月期から、で確定ですか。 確定していません。2026年2月公布の改正府令で確定したのは3兆円(2027年3月期)と1兆円(2028年3月期)の二区分のみです。5,000億円層はWG報告のロードマップ上の継続検討事項です。
Q. 早期適用(任意適用)すると、保証も前倒しになりますか。 保証義務は開示基準の適用開始時期を起点に翌期から、という建て付けです。任意適用の扱いは個別確認が必要ですが、任意で開示を始めること自体は、体制づくりの予行演習として有効です。
Q. SSBJに準拠すれば、IFRS S1/S2も満たしたことになりますか。 SSBJはISSBの要求事項をすべて取り込んで開発されているため、国際的な比較可能性を大きく損なわない設計です。ただし日本独自オプションの選択次第で差が出る部分もあり、海外投資家向けのIFRS開示と国内の有報開示の一貫性は別途設計が要ります。
Q. 二段階開示はいつまで使えますか。 適用開始年度とその翌年度の当初2年間です。WGでは期間延長や提出期限の後ろ倒しも議論されましたが、府令上は当初2年間で整理されています。
SSBJ基準は2025年3月に三本そろい、有価証券報告書での義務適用が2027年3月期から段階的に始まります。ただし2026年2月公布の改正府令で確定したのは時価総額3兆円以上(2027年3月期)と1兆円以上(2028年3月期)の二区分のみで、5,000億円層はなお継続検討です。判定は単年ではなく5年平均時価総額で行い、二段階開示と限定的保証の経過措置が用意されています。
自社が初年度対象かどうかは、過去5期末の時価総額を並べれば自分で試算できます。問題はその先── TCFDからSSBJへのギャップ診断、Scope1〜3のデータ収集体制、保証に耐える証跡の整備をどう間に合わせるかです。5年平均時価総額が閾値の近傍にある会社ほど、対象が確定してから動くと時間が足りません。
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本記事は2026年6月時点の金融庁・SSBJの公表資料をもとに整理した。サステナビリティ開示の制度は、特に5,000億円層の適用時期や保証範囲の拡大をめぐって今後も動く。最新の府令・告示・WG資料で都度確認することを推奨する。
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