2022年COP15で採択された昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)は、ターゲット15で大企業・金融機関に自然関連の影響・依存・リスクの開示を求めています。2026年のレビュー局面に向けて、TNFD・SBTNと連動した日本企業の動き方を、担当者向けに取り扱う。
「2026年は自然関連の進捗を世界的に振り返る年です」と聞いて、すぐにイメージが浮かぶ担当者の方は、まだ少数派かもしれません。気候のCOPは毎年話題になりますが、生物多様性のCOPは話題のサイクルがやや控えめで、企業の現場でも「TNFDの開示はやっています、でもGBFは…?」という温度差が、よく見られます。
ただ、気候のパリ協定がすべてのフレームの土台になったのと同じ構造で、自然関連の議論はすべて、2022年12月にカナダ・モントリオールで採択された昆明・モントリオール生物多様性枠組(Kunming-Montreal Global Biodiversity Framework、以下GBF)の上に乗っています。TNFDも、SBTNも、ESRSのE4(生物多様性・生態系)も、CDPの生物多様性質問書も、源流をたどればGBFの23ターゲット・4ゴールに行き着きます。
その意味で、2026年のGBFの中間レビュー(Global Biodiversity Stocktake)は、各国政府の進捗だけでなく、民間セクターの貢献度合いが世界的にレビューされる節目になります。SBTNのStep Up for Natureキャンペーンに100社を超える企業が参加しているのも、この節目を意識した動きです。
ここでは、GBFの全体像、企業に直接効くターゲット15の中身、TNFD・SBTNとの接続、そして2026年に向けて担当者の方が押さえておきたい論点を、まとめて順に追います。
GBFは、2010年の愛知目標(Aichi Targets)の事実上の後継として、2022年12月のCOP15第二部で採択されました。構成は、生態系の健全性・自然の貢献・利益配分・実施手段からなる2050年までの長期ゴール4つと、保護区・汚染削減・外来種・補助金・企業開示・資金などをカバーする2030年までの行動ターゲット23の二層になっています。
「30by30」(2030年までに陸と海の30%を保護地域に)というターゲット3が一般メディアでもよく引かれましたが、企業実務に直接効いてくるのは、ターゲット15と18、それから資金関連のターゲット19あたりです。
GBFのターゲット15は、大企業と金融機関に対して、自社の事業活動に伴う自然への影響(impact)の評価・開示、自然への依存(dependency)の評価・開示、自然関連のリスクの評価・開示、持続可能な消費を促進するための行動を、政府が法的・行政的措置を通じて確保することを求めています。このターゲットの「法的・行政的措置」の一文が、各国・各地域でCSRDのE4基準、SSBJの今後の論点拡張、SECの気候開示規則(事実上停止)といった具体的な制度につながっていく経路を作っています。
つまり、TNFD対応をすでに始めている企業は、自分たちが直接GBFの議論を読まなくても、TNFD経由でターゲット15の流れに乗っている、という構造になっています。逆に言うと、TNFDを「先進企業の自主的な開示」として位置づけたままでいると、GBFが各国制度に落ちる過程で、後から義務化の波に追いつかれることになります。
ターゲット18(自然に有害な補助金を2030年までに年間5,000億ドル以上削減・転換)と、ターゲット19(生物多様性のための資金動員を2030年までに年間2,000億ドル規模へ)は(CBD 生物多様性条約事務局)、政府・金融側の話に見えますが、サプライヤー補助金の見直しや、コーポレートPPAと並ぶ「自然関連プロジェクトファイナンス」の動きにつながっていきます。
GBFは、5年単位(厳密にはCOPサイクル)で、進捗を世界的に振り返る仕組みを内蔵しています。Global Biodiversity Stocktake(以下、Stocktake)と呼ばれるレビュー機構です。
Stocktakeでは、各国政府の生物多様性国家戦略・行動計画(NBSAPs)の更新進捗、GBFの23ターゲットへの世界全体の進捗、企業・金融機関を中心とする民間セクターの貢献度合い、先住民族・地域コミュニティの参画状況などが、CBD(生物多様性条約)事務局・各国政府・専門家・市民社会・企業から提供される情報をもとにレビューされます。
2026年のStocktakeで論点になるのは、「企業の自然関連開示が、量・質ともに足りているか」「目標と実績の整合がとれているか」「特に金融機関のポートフォリオの自然関連リスクへの対応が進んでいるか」といったあたりです。
SBTNが2026年に向けてStep Up for Natureキャンペーンを動かしているのは、まさにこのStocktakeで「民間セクターは行動している」と示すためのモメンタムづくり、と読むのが自然です。
GBFを企業の実務に翻訳する役割を担っているのが、TNFD(自然関連財務情報開示)とSBTN(科学に基づく自然目標)です。
TNFDは2023年9月に最終提言v1.0を公表し、2025年11月時点では62セクターにわたる733の組織(上場企業の時価総額9兆ドル超、AUM22兆ドル超)が賛同・登録という規模感まで広がりました(TNFD)。日本企業はEarly Adopters国別では当初から最多を占めています。
SBTNは2025年2月20日にAccountability Acceleratorによる検証サービスを開始し(Accountability Accelerator)、淡水・土地ターゲットの認定が動き始めています。2026年のStocktakeで、SBTN認定済企業の数・水準が、世界的な進捗の指標として語られる可能性が高い局面です。
TNFDが「開示の枠組み」、SBTNが「目標設定の枠組み」、という棲み分けで、両者を組み合わせると、自社のバリューチェーン上の自然依存・影響をマッピングし(TNFD LEAPアプローチ/SBTNステップ1〜2)、優先領域を特定し、科学に基づく目標を設定してAccountability Acceleratorで認定を受け(SBTN)、年次で進捗をTNFD整合の開示書類に折り返し、GBFのターゲット15への自社の貢献を機関投資家・規制当局・取引先に語れる、という流れが組めます。当メディア過去記事「TNFD元年に踊らされない、自然関連リスクの優先順位の付け方」「SBTNで自然関連目標を立てる」と読み合わせていただくと、運用イメージが立体的になるかと思います。
GBFの議論を「自社にとってどれくらいの重みか」と判断するときに、業種別の影響度を素早く見立てる必要があります。一般論としては、次のように整理できます。
自社が該当する業種でない場合でも、サプライヤー・顧客企業を通じた間接的な接点は必ずあるため、「うちは関係ない」で済む業種は、実はほぼありません。
ある中堅化学品メーカーのご支援では、ENCOREでの業種マップ確認に加えて、WWF Risk Filter Suite(水・生物多様性のロケーション別ストレスマッピング)、WRI Aqueduct(水ストレス)、IBAT(保護区・KBA・IUCNレッドリスト)を組み合わせて、調達地域別の自然関連リスクをデータで可視化しました。「自社にとっての重要論点は思っていた以上に上流寄りだった」という気づきが、戦略の設計に大きく効きました。
開示制度面でのGBF関連の動きを、簡単に俯瞰しておきます。
EUのCSRD/ESRSでは、E4(生物多様性・生態系)が独立した基準として整備されており、対象企業は影響マテリアリティ・財務マテリアリティの両軸で、生物多様性・生態系への影響と依存を開示することが求められます。Omnibus簡素化議論が進んではいますが、E4の枠組み自体は維持される見通しです。
日本のSSBJは、当初IFRS S1/S2(一般・気候)の整合に集中していますが、ISSBは2024年4月にBEES(生物多様性・生態系・生態系サービス)の調査プロジェクトを開始し、2025年12月には基準開発への移行を議論する段階に入りました(IFRS財団)。今後数年でSSBJ側にも自然関連の論点が広がっていく可能性が高い局面です。
米国SECの気候開示ルールは2025年3月に法廷防御取り下げで事実上停止しましたが、カリフォルニア州SB253/SB261は施行スケジュール継続中で、米国国内でも地域差が広がっています。
このまだら模様の中で、自社が世界のどの法域・どの取引先・どの投資家との関係でどの基準にコミットしていくか、整理しておくことが、Just Transitionとは別の意味で「移行計画の前提条件」として効いてきます。
2026年のStocktakeに向けて、担当者の方が手をつけておきたい論点は、次の5つです。
これらは派手な打ち手ではありませんが、2026年Stocktake以降、自然関連の論点が機関投資家・規制当局・取引先からの問い合わせの中心の一つに上がってきたとき、慌てずに対応できるかどうかを分けます。
最後に、よくお話しする論点を一つ。
これまで多くの企業のサステナビリティー戦略は、「気候を中心に、自然・人権・人的資本を周辺で扱う」という構成で組まれてきました。
GBFと2026年Stocktake、TNFD、SBTN、ESRS E4、SSBJの今後、これらの流れを併せて見ると、自然関連は「気候の周辺領域」ではなく、「気候と並ぶ独立の柱」へと位置づけが上がっています。
形だけ自然関連の章を増やすのか、戦略の中に自然関連の論点を本気で組み込むのか。担当者の方の意識付けで、その後数年の戦略の幅は確実に変わります。
【ご相談窓口】 弊社(株式会社KI Strategy)では、TNFD・SBTN対応とネイチャーポジティブ戦略、GBFと自社戦略の接続の伴走支援を実施しています(専門家プラットフォームSasla経由のご相談も可)。自然関連の論点をどこから始めるかでお悩みの方は、一度ご相談いただければ幸いです。
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