航空業界の脱炭素は、CORSIA、EU・英・米のSAF mandate、ATAGの2050年ネットゼロ、Book and Claim、Avoided Emissionsまで、業種固有の論点が並びます。航空・荷主・観光・商社の担当者向けに、SAFの現実解と戦略を整理して伝える。
航空業界は、海運と並ぶ「Hard-to-Abate(脱炭素困難)」業種の代表格です。電気自動車、水素車のような直接電動化が、長距離・大型機では技術的に難しく、燃料そのものを変える以外に、本質的な脱炭素経路がありません。
そこで業界全体の本命として位置づけられているのが、SAF(Sustainable Aviation Fuel、持続可能な航空燃料)です。バイオ由来、合成燃料(e-Fuel)、廃食用油由来など、ジェット燃料の機能を保ちつつ、ライフサイクルでのCO2排出を大幅に削減する代替燃料群です。
ご支援先の航空会社、商社、燃料事業者、荷主企業(航空貨物利用)、観光関連企業の担当者の方からも、SAFのコスト・供給量の見通し、CORSIAやEU・英・米のSAF mandateへの対応、自社のScope3カテゴリ6(出張)・7(通勤)・4・9(航空貨物)への影響、Book and Claim方式での認証SAF調達、Avoided Emissionsとしての企業発信——といったご相談を頂くようになっています。
以降、航空業界の脱炭素の全体像、SAFの現実解、CORSIAと地域規制、そしてユーザー側の関わり方を取り上げます。
航空業界が世界全体のCO2排出に占める割合は、通常飛行のCO2だけで見ると2〜3%程度と推計されます。ただし上空での排出特性(contrails=飛行機雲、NOx、放射強制力)を含めた温暖化への寄与は、その倍ほどになるという研究が複数あります。「たった2%の業界」と見るか「実効的な温暖化寄与はその倍」と見るかで、社内での位置づけが変わる論点です(IATA)。
業界全体の脱炭素目標としては、ATAG(Air Transport Action Group、2021年宣言)、ICAO(国際民間航空機関、2022年に加盟国で合意)、IATA(国際航空運送協会)がいずれも2050年ネットゼロを掲げ、EU・英・米・日・韓などの各国・地域も独自の脱炭素目標を持っています。
脱炭素の経路は複数ありますが、比重は均等ではありません。業界の本命はSAF(持続可能な航空燃料)で、2050年ネットゼロ達成の約65%を担う想定です。これに、軽量化・ルート最適化・空港GSEの電動化といった運航効率向上、燃費効率の高い新型機材への更新、短距離小型機での電動化・水素化(長距離大型機は2040年以降)、そしてCompensationとしてのカーボンクレジットが続きます。要するに、航空業界の脱炭素はSAFが圧倒的に大きな比重を占める設計です。
SAFは、原料と製造プロセスによって複数の種類に分かれます。
**HEFA(Hydroprocessed Esters and Fatty Acids)**は、廃食用油(UCO)や動物性脂肪、カメリナ・ジャトロファなどの植物油を原料とし、現在の商業生産の主流です(Neste、World Energy等)。ASTM D7566 Annex 2により、従来のジェット燃料への混合は最大50%まで承認されています(ASTM D7566)。ただし廃食用油の総量そのものに限界があり、原料供給量が制約になります。
**ATJ(Alcohol-to-Jet)**は、エタノールやイソブタノール由来で、バイオエタノールや廃ガスを原料とします(LanzaJet、Gevo、Honeywell UOP等)。ASTM D7566 Annex 5で50%混合が承認されています。
**PtL/e-SAF(Power-to-Liquid、合成燃料)**は、グリーン水素とCO2(DAC捕捉や産業排ガス)から合成するもので、ライフサイクル排出が最も低くなる可能性がある一方、コストは各種の試算でHEFAの数倍とされ、四つの経路のなかで最も高くつきます。商業生産の本格化も、これからの段階です。
**bio-FT(Fischer-Tropsch、バイオFT合成)**は、木質バイオマスや廃棄物のガス化とFT合成によるもので、ASTM承認済(Annex 1)、原料の多様性が高いのが特徴です。
このほかCHJ(Catalytic Hydrothermolysis Jet)、HC-HEFA、SIP(Synthesized Iso-Paraffins)などがあり、ASTM D7566での承認パスウェイは順次拡大しています。
CORSIA(Carbon Offsetting and Reduction Scheme for International Aviation)は、ICAOが運営する、国際航空のCO2排出の伸びを抑制するスキームです。
CORSIAの構造:
CORSIAは、SAF活用と一体の設計で、SAF使用量はCO2削減として控除されます。
ただし、CORSIAは「オフセット」中心の設計であり、業界全体の絶対削減には不十分という批判があります。SAF mandate(後述)など、より直接的な規制が、地域レベルで上乗せされています。
EU、英国、米国、日本の各地域で、SAF使用比率の段階的義務化(mandate)が進んでいます。
EU:ReFuelEU Aviation(規則(EU)2023/2405)
ここで見落とされやすいのが、e-SAFの下位義務が2025年時点では存在しないという点です。全体のSAF義務(2%)とe-SAF義務を混同した資料が出回っていますが、合成燃料の義務が立ち上がるのは2030年からです。調達計画を組むときは、この二階建ての構造と立ち上がり時期を分けて見る必要があります。なお2030年代前半の下位義務の刻みは、公表資料によって数値の記載に幅があるため、契約前には規則本文の附属書Iで確認してください。
英国:UK SAF Mandate
米国では、SAF Grand Challenge(2030年までに国内SAF生産30億ガロン)を掲げ、連邦のIRA(Inflation Reduction Act)でSAFタックスクレジットを設けたうえ、カリフォルニア州のLCFSなど州レベルの取り組みも重なっています(米国エネルギー省)。
日本は、2030年に国内航空燃料消費の10%をSAFにする導入目標を掲げ(経産省・国交省の航空脱炭素ロードマップ)、経産省の「持続可能な航空燃料(SAF)の導入促進に向けた官民協議会」を通じて、国産SAFの製造能力整備を支援しています。
これらmandate下では、航空会社・空港・燃料事業者の対応が義務化され、コスト負担と供給確保が業界全体の論点になっています。
SAF調達には、物理的な調達と、Book and Claim方式の二つのアプローチがあります。
物理的調達は、特定の空港でSAFを購入して自社便の機材で使う方式です。ただし供給インフラのある空港に依存し、供給が一部の主要空港に偏在していることが制約になります。
もう一方のBook and Claimは、他の地域・路線で生産・使用されたSAFの「環境価値」を証書として購入する方式です。自社が運航する便とは物理的に切り離されていますが、業界全体のSAF活用には貢献でき、仕組みとしてはRE100の証書購入に近く、RSBやISCC等の認証スキームが用いられます。KLM、Lufthansa、Delta、JAL、ANAといった主要航空会社が、企業顧客向けにBook and Claimプログラムを提供しています。実際にMicrosoft、Google、Salesforce、IKEAなどが出張排出のオフセットとして、DHLやMaerskの航空部門が貨物便向けに、この方式でSAFを調達しています。
担当者の方は、自社のScope3カテゴリ6(出張)・7(通勤)・4・9(航空貨物)の削減策として、Book and Claim方式の導入も検討の選択肢に入れることをおすすめします。
SAFの環境価値を発信する際に、業界で議論が続いているのが、Avoided Emissionsとしての扱いです。
弊社過去記事「Avoided Emissions(回避排出量)の使い方」でも触れた論点です。SAFの使用は従来のジェット燃料との比較で「Avoided Emissions」を生みますが、その算定にはSAFのライフサイクル排出(HEFA・PtL・ATJ等で大きく異なる)の精緻な評価が要り、WBCSD Avoided Emissions Guidance v2.0(2025年7月公表、WBCSD)に整合させるのが望ましいところです。さらに、Scope1(航空会社)とScope3(顧客企業)のどちらでカウントするか、ダブルカウントをどう避けるかも論点になります。
そのため担当者の方には、SAFの環境価値発信を、ライフサイクル排出に基づく保守的な算定で、第三者が検証できる形で行うことをおすすめします。
主要航空会社のサステナビリティー戦略を簡単に見ておきます。JALは2050年ネットゼロを掲げ、2030年に総燃料の10%をSAFにする目標のもと、運航効率向上と新型機材導入を進め、コスモ石油・Eneos・住友商事などと国内SAFサプライチェーンに参画しています。ANAも2050年ネットゼロ・2030年SAF 10%を掲げ、顧客向けカーボンオフセット商品を展開しつつ、Neste・Honeywell・Raven SRなどとSAF調達で協力しています。Lufthansa Groupは2050年ネットゼロを掲げ、EU市場でSAF mandateに先行対応し、顧客向けにCompensaid(SAFオフセット)を提供しています。米系では、Unitedが100年以内のカーボンニュートラル、Deltaが2050年ネットゼロを掲げ、いずれも米国SAF Grand Challenge下のSAF生産者と長期契約を結んでいます。IAG(British Airways、Iberia)やAir France-KLMは、EU SAF mandate下で先行対応し、SAF Book and Claim商品を提供しています。
航空貨物の利用ユーザー(電子機器、医薬品、生鮮食品、Eコマース)にとって、航空輸送由来の排出はScope3カテゴリ4・9に該当します。
戦略的な関わり方としては、まず主要な航空貨物パートナー(DHL、UPS、FedEx、Maerskエア、ANA Cargo、JAL Cargo等)のSAF調達状況を比較し、Book and Claim方式での認証SAF調達でScope3カテゴリ4・9を削減することが軸になります。あわせて、出張ポリシーの見直し(不要な出張の削減、オンライン会議の活用、長距離出張でのSAF対応便の選択)や、統合報告書での航空輸送関連排出の開示も進めたいところです。
弊社過去記事「IMO Net-Zero Frameworkと海運業界の脱炭素」と並走する論点として、輸送モード全体の脱炭素戦略を組み立てる必要があります。
航空業界の脱炭素は、SAF以外の経路では本質的に進みません。電動化・水素化は短距離小型機では実用化が進みますが、長距離大型機(ボーイング777、787、エアバスA350、A380等)の電動化は、技術的に2040〜2050年代以降の話です。
つまり、業界の2050年ネットゼロは、SAFのコスト・供給量・サステナビリティーが鍵を握ります。
業界全体の課題は、いずれも構造的です。SAFのコストは従来ジェット燃料の2〜5倍と高く、供給量も2030年に世界需要の約5%、2050年に65%という想定をどこまで達成できるかが問われます。原料の持続可能性——HEFAの廃食用油は供給量に限界があり、PtLは再エネ電力・グリーン水素・DAC由来CO2の組み合わせが必要——も大きな論点で、さらにmandate compliance下でのコスト負担と価格転嫁が重くのしかかります。
これらの構造的課題は、航空会社単独ではなく、燃料事業者、再エネ事業者、化学産業、政府支援、顧客企業(出張、貨物利用ユーザー)の協働で解決していく必要があります。
最後に、航空業界以外の企業の担当者の方が、SAF・航空脱炭素を「航空業界の話」と切り離してしまうパターンを避けるための観点を一つ。
Scope3カテゴリ6(出張)、カテゴリ7(通勤)、カテゴリ4・9(航空貨物)で、航空由来排出は、業種・規模によって全Scope3の数〜10数%を占めることがあります。航空脱炭素を自社のScope3戦略の一部として組み込まないと、自社の脱炭素目標達成が構造的に困難になります。
担当者の方におすすめしたいのは、これをサステナビリティー戦略の重要な柱として組み立てることです。自社のScope3カテゴリ6・7・4・9を航空輸送モードで分解して算定し、主要な航空・物流パートナーのSAF対応状況を調達戦略に反映する。出張ポリシーや通勤政策を見直し(オンライン化、効率化、SAF対応便の選択)、Book and Claim方式でのSAF調達をScope3削減の選択肢に加え、年次のサステナビリティー開示で航空関連排出と削減策を明示する——この筋立てです。
形だけ「Scope3も対応しています」と書くか、航空・SAFまで本気で組み込むか。担当者の方の意識付けで、Scope3戦略の射程は確実に変わります。
【ご相談窓口】 弊社(株式会社KI Strategy)では、航空・物流関連のScope3戦略、SAF調達、Book and Claim設計、出張ポリシー再設計の伴走支援を実施しています(専門家プラットフォームSasla経由のご相談も可)。航空・SAFを自社戦略にどう取り込むかでお悩みの方は、現状の診断からお手伝いできます。
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