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鉄鋼業界の水素還元製鉄とトランジション|調達側から見た判断軸

鉄鋼業界の脱炭素は、水素直接還元(H-DR)、電炉化、CCUSの三本柱。ResponsibleSteel、SteelZero、Mission Possible Partnership、CBAM対応との接続、日本のGX-ETS下の戦略を、業種固有の論点として担当者向けに取り扱う。

鉄鋼業界の水素還元製鉄とトランジション|調達側か
FIG. 01 / 鉄鋼業界の水素還元製鉄とトランジション|調達側かPHOTOGRAPHY / ARCHIVE

鉄鋼業界は、世界全体のCO2排出量の7〜9%程度を占めるとされ、いわゆる「Hard-to-Abate(脱炭素困難)」業種の代表格です(worldsteel)。1トンの鉄鋼を作るのに約1.85トンのCO2が出る(高炉転炉法、World Steel Association)構造があり、生産プロセスそのものを変えないと排出は減らせません。

ところが、ここ5年で「Hard-to-Abate」だった鉄鋼業界が、本気で動き始めました。スウェーデンのHYBRIT(SSAB、LKAB、Vattenfallの合弁、2024年に商業生産開始予定)、H2 Green Steel(2025年に北極圏ボーデンで稼働開始)、ArcelorMittal、ThyssenKrupp、POSCO、日本製鉄、JFE、神戸製鋼――グローバル各社が、水素直接還元製鉄(H-DR、Hydrogen Direct Reduction)、電炉化、CCUSの三本柱で、脱炭素技術の実装を進めています。

ご支援先の鉄鋼メーカー、商社、自動車・建設・造船など主要顧客企業の担当者の方からも、自社(または取引先)の高炉転炉法から水素還元法への転換時期、CBAM対応との接続(弊社過去記事「CBAMが日本企業に効いてくる」参照)、GX-ETS下での課徴金リスクと設備投資判断、グリーンスチール・低炭素鉄鋼の認証(ResponsibleSteel等)への対応、自動車・建設・造船など主要顧客からの低炭素鉄鋼要請といったご相談が、業界全体で増えてきています。

ここでは、鉄鋼業界の脱炭素技術の3本柱、業界自主取り組み、CBAMとの接続、日本固有の論点を取り扱います。

鉄鋼の脱炭素技術:3つの主要経路

鉄鋼の脱炭素技術には、大きく3つの経路があります。

経路①:水素直接還元製鉄(H-DR、Hydrogen Direct Reduction)。 鉄鉱石を、コークス(石炭由来)で還元するのではなく、水素で還元するプロセスです。鉄鉱石ペレットを水素ガスで還元してDRI(Direct Reduced Iron、直接還元鉄)にし、その後電炉(EAF)で溶解して鋼にする、という流れになります。グリーン水素(再エネ電力で水を電気分解した水素)を使えば原理的にCO2排出ゼロに近く、グレー水素やブルー水素(CCS付き化石燃料由来)の使用も可能ですがライフサイクル排出の評価は変わります。既存の高炉設備を新規の還元炉+電炉に置き換える大規模設備投資が必要で、水素のコスト・供給量が商業性の最大の制約です。代表事例としては、HYBRIT(スウェーデン、SSAB+LKAB+Vattenfall、2021年実証・2024年商業生産予定)、年250万トン規模のH2 Green Steel(スウェーデン、ボーデン、2025年稼働開始)、ArcelorMittal(Hamburg・Eisenhüttenstadt・Bremen等の複数施設で計画)、ThyssenKrupp Duisburg(tkH2Steelプロジェクト)、2030〜40年代の段階的導入を計画する日本製鉄・JFE、HyREX技術を自社開発するPOSCO(韓国)が挙げられます。

経路②:電炉(EAF、Electric Arc Furnace)化。 鉄鋼の溶解を電気アーク炉で行うプロセスです。スクラップ鉄をリサイクル原料として使う場合、CO2排出は高炉転炉法の約1/4〜1/5になります。既存の電炉技術は成熟して商業性が確立している一方、スクラップ鉄の供給量が生産規模の制約となり、電力の脱炭素度合い(再エネ比率)が排出削減効果を左右し、自動車向けなど高品質鋼の電炉生産には技術的な制約があります。代表事例は、電炉中心の事業構造で低炭素鋼を先行するNucor(米国)やSteel Dynamics(米国)、電炉専業で再エネ電力に切り替える東京製鉄(日本)です。

経路③:CCUS(Carbon Capture, Utilization and Storage)。 既存の高炉転炉法のCO2排出を、捕捉・利用・貯留する経路です。既存設備をそのまま活用できる一方、CCSの永続性・漏洩リスク・コスト、捕捉CO2の活用先(化学品、燃料、鉱物化)の経済性が課題で、H-DRや電炉化に比べ根本的な脱炭素効果は限定的です。代表事例は、ガス発酵によるエタノール製造のArcelorMittal Steelanol(ベルギー)、高炉ガス活用でCCUSと水素還元を複合する日本製鉄COURSE50、水素還元製鉄+CCUSを組み合わせるJFEです。

これら3経路は、排他的ではなく、業界・地域・企業によって組み合わされる形で実装されていきます。

業界自主取り組み:ResponsibleSteel、SteelZero、MPP

鉄鋼業界の脱炭素は、業界自主取り組みが大きな役割を果たしています。

ResponsibleSteelは、環境(GHG、水、廃棄物、生物多様性)・社会(労働、人権、コミュニティ)・ガバナンスを統合した鉄鋼の責任ある生産・調達の認証スキームで、2024年から「International ResponsibleSteel Standard」の認証ラベルによる低炭素鉄鋼のラベリングを運用し、主要鉄鋼メーカーや自動車メーカー(BMW、Mercedes-Benz、Volvo、Volkswagen等)が参画しています。

SteelZeroは、The Climate Groupが運営する需要side(買い手側)のコミットメントです。加盟企業は、2050年までに調達する鉄鋼の100%をネットゼロ鉄鋼にすること、その中間地点として2030年までに50%を責任ある方法で生産された鉄鋼にすることを、公に約束します。建設・自動車・機械メーカーを中心に、Lendlease、Multiplex、Volvo、Mercedes-Benzなどが加盟しています。注目すべきは、これが製鉄所側ではなく買い手側の需要シグナルである点です。調達側がまとまって「払う」と宣言しない限り、グリーンスチールの割高分は誰も負担しないという構造に、正面から手を打つ設計になっています。

**Mission Possible Partnership(MPP)**は、World Economic Forum・Energy Transitions Commission・RMI・We Mean Businessが共同設立し、Hard-to-Abate業種(鉄鋼、セメント、化学、海運、航空、アルミ、トラック)の脱炭素ロードマップを描くもので、鉄鋼分野ではNet-Zero Steel Initiativeが稼働しています。

**worldsteel(World Steel Association)**は、業界の標準化・統計を担い、Climate Action ProgrammeやSustainability Reportingを進めています。

担当者の方は、これらの業界自主取り組みへの参画と、自社の脱炭素戦略の整合性を、戦略の中核に位置づけることをおすすめします。

CBAM対応との直接接続

鉄鋼業界は、EU CBAM(炭素国境調整メカニズム、弊社過去記事参照)の対象6セクター(鉄鋼、アルミ、セメント、肥料、電力、水素)の一つで、CBAM対応が業界戦略の中核論点になっています。

CBAM対応の論点は、実測値ベースの埋め込み排出量(Embedded Emissions)の精緻な算定、第三者検証、GX-ETS等の自国カーボン価格の控除メカニズム、EU向け輸出鋼板・鋼管の競争力維持、そして鉄鉱石・コークス・電力といったサプライチェーン上流のデータ収集です。

CBAMの本格運用が2026年から始まり、初回証書引き渡しが2027年9月30日となる中で、日本の鉄鋼メーカーは、EU向け輸出の競争力維持と、自国の脱炭素転換を、同じ動線で進める必要があります。

担当者の方には、CBAM対応とGX-ETS対応を統合された脱炭素戦略の中で設計し、製品別・工場別の排出量算定インフラをEU向け輸出と国内対応の両方で活用し、低炭素鉄鋼(H-DR、電炉、CCUS)の生産能力を段階的に拡張し、自動車・建設・造船など主要顧客からの低炭素鉄鋼要請を戦略的に取り込むことをおすすめします。

GX-ETSの本格化と鉄鋼業界

日本のGX-ETSが2026年度から本格運用に入ったことで、鉄鋼業界は規制下のカーボン価格を直接負担する局面に入りました。

GX-ETS下での鉄鋼業界の論点(弊社過去記事「GX-ETS本格義務化への実務対応」もご参照ください)は、年間10万tCO2超の対象企業としてほぼすべての主要鉄鋼メーカーが該当すること、無償割当の枠組みと超過時の課徴金リスク、J-Credit/JCMの活用上限、第三者検証の体制整備、そしてICPとGX-ETS市場価格の整合(弊社過去記事「インターナルカーボンプライシング(ICP)が組織を動かす条件」参照)です。

鉄鋼業界の脱炭素設備投資(H-DR、電炉、CCUS)は、いずれも数千億円〜兆円規模の投資です。GX-ETSの炭素価格、CBAMの炭素価格、ICPの社内価格を統合的に評価して、投資判断を組み立てる必要があります。

主要顧客(自動車、建設、造船)からの低炭素鉄鋼要請

鉄鋼業界の脱炭素を加速する最大の圧力源は、主要顧客企業からの低炭素鉄鋼要請です。

自動車では、BMW・Mercedes-Benz・Volvo・Volkswagen・Toyota・Honda・Nissan等が低炭素鉄鋼の段階的調達をコミットし、SteelZero加盟自動車メーカーが業界トレンドを形成、SBTi目標・CDP対応・CSRD/SSBJ整合の開示でScope3カテゴリ1への組み込みが進みます。建設では、建築物のEmbodied Carbon削減(弊社過去記事「不動産・建設業のサステナビリティー実装」参照)を背景に、大手ゼネコン・デベロッパー・ファシリティオーナーが低炭素鉄鋼の調達基準を設け、LEEDやCASBEE等のグリーンビルディング認証の評価軸にもなっています。造船では、IMO Net-Zero Framework下の船舶建造段階の脱炭素(弊社過去記事「IMO Net-Zero Frameworkと海運業界の脱炭素」参照)や、主要海運会社からの低炭素船舶要請が論点です。

これら主要顧客からの要請は、グリーン・プレミアム(低炭素鉄鋼への上乗せ価格)の市場を形成しつつあります。鉄鋼メーカーにとって、低炭素生産能力は、コスト負担ではなく、新たな付加価値創造の機会、と位置づけ直されています。

日本鉄鋼業界の独自論点

日本の鉄鋼業界には、グローバルプレイヤーとは異なる独自論点があります。

論点①:高炉メーカーと電炉メーカーの役割分担。 日本では、日本製鉄・JFE・神戸製鋼が高炉中心、東京製鉄・大阪製鉄・合同製鉄・共英製鋼などが電炉中心という構造です。電炉中心メーカーは高品質鋼の電炉生産技術・低炭素電力調達・スクラップ供給網の確保が、高炉メーカーはH-DR・CCUSへの大規模投資・CBAM対応・GX-ETS下の戦略が、論点になります。

論点②:水素供給の確保。 H-DR実装の前提となる水素供給(特にグリーン水素)は、日本国内では供給量が限定的です。国内での再エネ電力によるグリーン水素生産はコスト・量ともに制約があり、オーストラリア・サウジアラビア・中東・北米からの輸入水素・水素キャリア(液化水素、アンモニア、MCH)の調達網や、化石燃料+CCSによるブルー水素の活用が議論されています。経済産業省の水素基本戦略(2017年策定、2023年改訂)では、2030年に300万トン、2040年に1,200万トン、2050年に2,000万トンの水素供給目標が示されており、鉄鋼業界はその主要需要セクターの一つに位置づけられます。

論点③:地域経済との関係。 日本製鉄の北九州・君津・名古屋・室蘭・鹿島・大分・広畑、JFEの倉敷・福山・千葉、神戸製鋼の神戸・加古川――これら主要製鉄所は地域経済の中核を担っており、生産品目転換や設備更新に伴う雇用・地域影響は、Just Transition(弊社過去記事「公正な移行(Just Transition)の作り方」参照)の論点になります。

論点④:日本鉄鋼連盟・業界団体の役割。 日本鉄鋼連盟、業界共同のロードマップ(2050年カーボンニュートラル行動計画)、研究開発プロジェクト(COURSE50、Super COURSE50、GX-ETS下の業界連携)が、業界全体の戦略を方向づけています。

「Hard-to-Abate」を超えて

鉄鋼業界は、長らく「Hard-to-Abate」と位置づけられてきましたが、技術・規制・市場の動きで、その位置づけは確実に変わってきています。

担当者の方には、

  • 自社(または取引先)の脱炭素経路(H-DR、電炉、CCUS)の選択肢を、3〜10年単位で評価
  • CBAM・GX-ETS・ICPの炭素価格を統合した投資判断フレーム
  • 主要顧客(自動車、建設、造船)からの低炭素鉄鋼要請を、戦略的機会として吸収
  • 業界自主取り組み(ResponsibleSteel、SteelZero、MPP)への参画
  • 水素供給網の確保(国内グリーン水素+輸入)
  • 地域経済・労働者へのJust Transition対応
  • 統合報告書での移行計画(弊社過去記事「クライメート・トランジション・プランの実装」参照)の具体化

このあたりを、業界戦略の本筋として組み立てることをおすすめします。

形だけ「脱炭素にコミット」と発信するのか、本物の業種転換として動かすのか。担当者の方の意識付けで、鉄鋼という構造的に重い業種でのサステナビリティー戦略の重みは、確実に変わっていきます。


【ご相談窓口】 弊社(株式会社KI Strategy)では、鉄鋼業界の脱炭素戦略、CBAM・GX-ETS統合対応、低炭素鉄鋼の事業設計、主要顧客との低炭素調達対話の伴走支援を実施しています(専門家プラットフォームSasla経由のご相談も可)。鉄鋼業界の脱炭素転換でお悩みの方は、一度ご相談いただければ幸いです。

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KI Strategy 編集部所属。ESG・サステナビリティを軸に、開示と意思決定を貫くロジックを編む。

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