SBTi Corporate Net-Zero Standard V2.0は2025年3月初回ドラフト・11月第2回ドラフトを経て2026年公表予定。Scope3カバレッジ強化、クレジット活用ルール変更、移行期間など、既存認定企業の再評価論点を、担当者向けに取り上げる。
SBTi(Science Based Targets initiative)の認定取得は、ここ数年で日本企業のサステナビリティー戦略の事実上の標準になりました。弊社過去記事「SBTi認定の取得・更新の実務」でも触れましたが、SBTiのダッシュボードでは目標認定済みとコミット中を合わせた企業が世界で1万3,000社を超え、日本はそのなかでも参加数の多い国のひとつです。
その「事実上の標準」が、いま大きな改訂の途中にあります。SBTiは、Corporate Net-Zero Standard V2.0の改訂草案を、次の流れで進めてきました(SBTi)。
ここでは、ご支援先からのご相談が増えている「既に認定取得済の企業として、V2.0でどう再評価が変わるのか」「2026年に最終版が出たあと、自社の目標をどう更新すればいいのか」という疑問に向けて、順に追います。
SBTiが大規模改訂に動いた背景の一つは、Scope3対応の構造的な遅れです。
V1(現行)のNet-Zero Standardでは、near-term目標(5〜10年)はScope1+2を1.5℃整合とし、Scope3は総排出量の67%以上をカバー、Net-Zero目標(2050年まで)はScope1+2+3の絶対排出量を90%以上削減しScope3カバレッジも90%以上(SBTi)、という要件でした。ところが、認定取得企業のScope3進捗を分析すると、Scope3カテゴリ1(購入した製品・サービス)を中心に削減が思うように進んでいない、という構造が業界全体で見えてきました。
理由は複合的で、サプライヤー側のキャパシティ不足、Spend-based中心でHybrid/Supplier-specificに到達しないデータ精度の限界、大手企業からサプライヤーへの一律要請の弊害、原材料転換・調達先転換の難度、サプライチェーン全体の脱炭素経路の整合性確保といった課題が、業界共通で浮上しました。
V2.0は、この「Scope3が動いていない」を、構造的に解きほぐす改訂、と位置づけられます。
第2回ドラフト(2025年11月)で議論されている主要な変更点は、次の6つです。
V2.0が2026年中に公表されると、既存認定企業(V1認定)の取り扱いが論点になります。
業界紙・SBTi公表資料からの示唆では、V1認定の企業は認定の有効期限内は維持され、新規申請企業はV2.0公表後の一定期間後にV2.0で評価、既存認定企業は更新時にV2.0要件で再評価、移行期間(推定2〜3年)が設けられ、近接する目標年(2025〜2027年)の企業はV1のままレビューしV2.0は次期目標から適用、という設計が現実的な方向と見られます。
担当者の方には、自社の現行SBTi認定の有効期限と目標年の再確認、V2.0公表(2026年中)後2〜3年の移行期間内での再評価対応の準備、Scope3対応の精緻化(カテゴリ別の優先順位、エンゲージメント設計、データ精度向上)、社内のサステナビリティー戦略・中期経営計画とV2.0適用後の目標の整合を、おすすめします。
V2.0で示されている方向性の一つが、Scope3戦略の構造転換です。
V1までの考え方は、「Scope3総排出量の67%(near-term)→90%(Net-Zero)をカバー」という、カバレッジ重視の設計でした。これは、業界横断で比較可能な目標になる反面、企業によっては「カバーする範囲が広すぎ、どこを優先すべきか不明確」という課題がありました。
V2.0では、「自社のScope3 Hot Spots(最も影響の大きいカテゴリ・領域)への集中」という発想が、強められる方向です。これは、Scope3カテゴリ別(特にカテゴリ1、4、9、11、12)の排出量分析の精緻化、原材料・サプライヤー別の優先順位付け(弊社過去記事「Scope3カテゴリ1の算定で止まる担当者へ」参照)、Pareto的に排出が集中する上位サプライヤーへの集中エンゲージメント、カテゴリ別の目標設定(絶対量・原単位・エンゲージメント・調達基準の選択)という、より戦略的な設計を要求します。
V2.0の議論で、企業の関心が特に高いのが、カーボンクレジット活用ルールの変更です。
V1のNet-Zero Standardでは、Scope1+2+3の削減目標達成にカーボンクレジットを使うことは原則認められていませんでした(残余排出量のニュートラリゼーション、つまり真のリムーバルでの中和は許容)。
V2.0では、near-term目標達成期間中の限定的なBVCMアプローチでのクレジット活用、残余排出量へのより具体的なリムーバル要件、ICVCMのCore Carbon PrinciplesやVCMI Claims Codeと整合したクレジットの品質基準の明示、短期削減を伴う「Climate Contributions」アプローチの位置づけなど、より柔軟かつ精緻なルールが議論されています。
ただし、「クレジットでオフセットすればいい」という方向には決して進まず、自社削減を主軸とする原則は維持される見通しです。
担当者の方は、ICVCM、VCMI、Article 6(パリ協定第6条)の動向を併走でウォッチしておくことをおすすめします。
V2.0改訂は、業種により影響度が異なります。
**FLAG業種(食品、農業、繊維、林業、パルプ、小売)**では、FLAG基準の精緻化と土地ベース除去の評価強化、森林破壊ゼロ要件の強化、サプライチェーン上の生物起源材料の管理強化が論点です。**化石燃料セクター(石油ガス、石炭採掘)**では、SBTiの石油ガス向け基準の改訂議論、新規化石燃料投資の取り扱い、Scope3カテゴリ11(販売した製品の使用=燃料燃焼)の重みが焦点になります。金融機関では、SBTi-FI(Net-Zero Standard for Financial Institutions)の改訂進行、ファイナンスドエミッションのカテゴリ別目標、化石燃料セクターへの投融資制限の議論、保険引受・キャピタルマーケット業務といった新規セクターへの拡張が進みます。
これらの業種では、V2.0改訂の影響がより大きく、認定取得・更新のタイミングと、改訂版基準の適用タイミングを慎重に計画する必要があります。
V2.0適用に向けた準備として、以下を進めておくと、移行が滑らかになります。
データ面では、Scope3カテゴリ別の算定精度向上(spend-based→hybrid→supplier-specific)、カテゴリ別のHot Spots分析、サプライヤー別・原材料別の排出量データ、該当業種であればFLAG関連データを整えます。ガバナンス面では、取締役会・サステナビリティー委員会へのSBTi目標進捗の定期報告、経営会議への気候戦略アジェンダの組み込み、経営層・取締役会のV2.0改訂動向の理解促進を進めます。運用面では、サプライヤーエンゲージメントの精緻化、調達戦略への気候要件の組み込み、部門別・事業別・地域別の社内KPIの再設計、統合報告書・有報・CDP回答での開示の整合性確保が必要です。
最後に、SBTi認定の本質的な使い方について、改めて触れておきます。
SBTi認定は、ゴールではなく、目標達成に向けた経営行動を組織に根付かせるための手段です。V2.0の改訂は、認定取得の負荷を増やす側面もありますが、本質的には「形だけの認定」と「実装を伴う認定」を切り分ける方向性です。
担当者の方には、V2.0改訂を、
として位置づけ直すことをおすすめします。
形だけSBTi認定を維持するのか、V2.0を機に自社の脱炭素経営を一段進化させるのか。担当者の方の意識付けで、その後数年のサステナビリティー戦略の質は、確実に変わります。
【ご相談窓口】 弊社(株式会社KI Strategy)では、SBTi V2.0対応、認定取得・更新、Scope3戦略の再設計、サプライヤーエンゲージメントの伴走支援を実施しています(専門家プラットフォームSasla経由のご相談も可)。V2.0改訂への対応でお悩みの方は、一度ご相談いただければ幸いです。
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