IMO(国際海事機関)は2023年GHG戦略で2050年ネットゼロを掲げ、Net-Zero Frameworkを2025年4月のMEPC 83で承認。Global Fuel StandardとGHG価格の二段構え、燃料転換、Green Corridor等を、海運・荷主・商社の担当者向けに扱う。
国際海運は、世界全体のGHG排出量の約3%を占めます(IMO 第4次GHG研究)。それでいて長らく「規制が及びにくい難所」とされてきました。航空(CORSIAの限定的な枠組み)以上に、業界全体の排出規律が緩やかな状態が続いてきた領域です。
ところが、ここ2〜3年で状況が大きく動いています。IMO(国際海事機関)が2023年7月のMEPC 80で「2023年GHG戦略」を採択し、2050年ネットゼロ、2030年・2040年の中間目標、燃料の脱炭素経路を、初めて全業界スケールで合意しました。
そして2025年4月のMEPC 83で、IMO Net-Zero Frameworkの法的テキストが承認されました。ただし2025年10月の臨時会合での正式採択は見送られ、約1年後の再開に持ち越されています(IMO)。それでも、Global Fuel StandardとGHG価格メカニズムの二段構えが業界全体の規制として実装に向かう方向は変わっていません。
この記事の読者の多くは、船を持っている会社の方ではないと思います。実際、ご相談で多いのは荷主側です。自社の製品を海上輸送に乗せている、というだけの立場で、Scope3カテゴリ4(上流の輸送・配送)の数字が動く。運航の意思決定には関与できないのに、排出量の説明責任だけが自社に降ってくる――この非対称が、荷主側の担当者を悩ませています。
一方の海運会社側では、Global Fuel Standardへの適合、LNG・メタノール・アンモニア・水素・バイオ燃料のどれに賭けるか、Green Corridor(脱炭素海運回廊)に参画するかどうかが、20年単位の設備投資の判断として突きつけられています。
ここでは、IMO Net-Zero Frameworkの全体像、燃料転換の選択肢、そして荷主側が「関与できないのに説明を求められる」状態をどう扱うかを順に見ていきます。
2023年7月のMEPC 80で採択された2023年GHG戦略は、2018年戦略から大幅に強化された内容になっています。主要な目標は、次のとおりです。
これらは、パリ協定の目標と整合する野心レベルとして設計されており、業界全体に脱炭素転換を要求するメッセージになっています。
2023年戦略の特徴は、目標を「Well-to-Wake(WTW)」基準で評価することです。船舶の燃料燃焼時のCO2(Tank-to-Wake)だけでなく、燃料の生産・輸送(Well-to-Tank)も含めたライフサイクル全体を、排出計算の対象にする設計です。
これは、LNG燃料、バイオ燃料、e-Fuel、水素・アンモニアなどの「使用時の見かけは低排出だが、上流の生産で排出が大きい燃料」の評価を、厳密化する効果があります。
2025年4月のMEPC 83で承認されたIMO Net-Zero Frameworkは、世界初のセクター全体での「義務的排出制限+GHG価格」を組み合わせた制度設計です。
二段構えの仕組みは、船舶の年間GHG fuel intensity(GFI、エネルギー単位あたりのGHG排出)に上限を設定し年次で段階強化するGlobal Fuel Standard(GFS)と、GFI閾値を超過した船舶に不足分を補うremedial unitsの取得を義務づけ、ゼロ/ニア・ゼロ技術・燃料を使う船舶に財政的リワードを与える経済的措置(GHG価格メカニズム)の組み合わせです。
この二段構造は、規制と市場メカニズムを組み合わせた、海運業界初の包括的な気候規制です。
実装スケジュールは、2025年後半に正式採択が延期され、2026〜27年の発効、2028年からの段階適用が見込まれていますが、ライフサイクル評価方法、燃料認証、コンプライアンス・リワード機構の細部の調整が続いています。
担当者の方は、IMOの公式公表資料を継続ウォッチし、最終ルール確定後の対応を、3〜5年計画で組み立てる必要があります。
海運業界の脱炭素は、結局のところ「どの代替燃料に移行するか」の選択に集約されます。主要な選択肢は、次のとおりです。
これらに加えて、船型最適化・空気潤滑・回転翼帆といった船舶のエネルギー効率向上、速度低減(スロー・スティーミング)やルート最適化といった運航効率向上、港湾でのコールド・アイアニング(陸上電源使用)も、脱炭素経路の重要な要素です。
担当者の方には、「どの燃料が正解か」を一つに決めるのではなく、複数選択肢のポートフォリオで備える、という設計が現実的です。
Clydebank Declaration(COP26、2021年)で立ち上がったGreen Shipping Corridorは、特定の港湾間で、ゼロ/ニア・ゼロ排出技術を集中的に展開する協働の枠組みです。主要なCorridorには、次のものがあります。
各Corridorでは、港湾運営者・船社・荷主・燃料供給者の協働、ゼロ/ニア・ゼロ燃料の供給網整備、港湾でのバンカリング・インフラ整備、規制と価格メカニズムの先行実証が進められています。
荷主企業の担当者の方には、自社の主要輸出入ルートが、どのGreen Shipping Corridorに該当するかを把握し、海運の脱炭素を調達戦略に組み込む機会にすることをおすすめします。
海運の脱炭素は、海運会社だけの問題ではなく、荷主企業のScope3にも直接影響します。
GHGプロトコルScope3でいうと、カテゴリ4は上流の輸送・配送(購入した原材料・製品をサプライヤーから自社拠点まで運ぶ排出)、カテゴリ9は下流の輸送・配送(販売した製品を顧客まで運ぶ排出)で、この両カテゴリで海運の脱炭素は荷主のScope3を直接動かす要素になります。
荷主企業の担当者の方には、主要輸送ルートの海運会社別・船舶別のCO2排出量の把握(CDP輸送セクター質問書、CCWGのClean Cargo Methodology、Smart Freight CentreのGLEC Framework等を活用)、主要輸送パートナー(船社、フォワーダー)への脱炭素ロードマップ共有要請、Green Shipping Corridor上のルートへの優先発注、Book and Claim方式での認証燃料調達という海運版「グリーン・プレミアム」への参画、Scope3カテゴリ4・9の削減目標のSBTi目標への組み込みをおすすめします。
ある消費財メーカー(グローバル展開)のご支援では、主要な海運パートナーを対象に年次のサステナビリティー対話を制度化し、燃料転換ロードマップの共有・認証燃料の優先選択を進めています。海運会社単独の取り組みではなく、荷主との協働として動き始めると、業界全体の転換速度が変わります。
IMOの世界規制とは別に、EUは独自の規制を先行させています。EU ETSの海運拡張が2024年1月から段階適用されました(欧州委員会)。主要内容は、次のとおりです。
これは、IMOの世界規制が発効する前に、EU独自に海運業界の脱炭素規律を実装する動きです。EU発着の船舶を運航する海運会社、EU向け輸出を行う荷主企業は、すでにEU ETSの償却コストが直接効いてきています。
EUは、IMOのGlobal Fuel Standardとは別に、FuelEU Maritime規則も2025年1月から適用開始しています(EMSA)。主要内容は、次のとおりです。
削減率の刻みを見ると、2030年までは緩やかで、2035年以降に一気に立ち上がる設計です。いま就航させる船が2040年代も現役であることを踏まえると、新造・改造の意思決定はすでに31%〜62%の水準を見据えて行う必要があることになります。
EU ETSとFuelEU Maritimeの組み合わせで、EU向け海運は、世界で最も厳しい規制下に入っています。
これは、IMO Net-Zero Frameworkの先行実装の意味合いがあり、世界規制が発効するまでの間、EU市場でのコスト競争に影響します。
海運の脱炭素は、船種・輸送品目によって論点が異なります。
コンテナ船は航路規模が大きく燃料転換のインパクトも大きく、Maersk(メタノール船先行)、CMA CGM(多燃料アプローチ)、Hapag-Lloydなどがリーダーで、日系では商船三井・日本郵船・川崎汽船がそれぞれ異なる燃料戦略を採用しています。**バルカー(ばら積み船)**は鉄鉱石・石炭・穀物・鉱物の長距離輸送で、航路の自由度が高く燃料供給インフラの整備が課題、アンモニア燃料への期待があります。**タンカー(原油・石油製品)**は化石燃料転換期に運航量が減少する可能性があり、燃料転換と事業転換の両面で論点となります。LNG船は、LNGの輸送そのものが燃料転換の本流から外れる可能性もあり、需給構造の変化を視野に入れた船隊計画が必要です。**自動車船・PCC(Pure Car Carrier)**はEV比率上昇に伴う輸送条件変化やメタノール船・水素船の先行採用、短距離フェリー・近海船は電池駆動船・水素船の実証段階にあります。
最後に、荷主企業の担当者の方が、海運の脱炭素を「海運会社の話」と切り離してしまうパターンを、避けるための観点を一つ。
Scope3カテゴリ4・9で、海運由来の排出は、製造業の場合、業種・規模によっては全Scope3の数〜数十%に及びます。海運の脱炭素を調達戦略に組み込まないと、自社のScope3削減目標が、構造的に達成困難になります。
担当者の方には、
このあたりを、サステナビリティー戦略の重要な柱として組み立て直すことを、おすすめします。
形だけ「Scope3も対応しています」と書くか、海運の脱炭素を本気でScope3戦略の一部として動かすか。担当者の方の意識付けで、その後数年の脱炭素戦略の射程が、確実に変わってきます。
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