Net-Zero Banking Alliance(NZBA)は2025年10月3日に活動停止、米系・HSBC・UBS・Barclays・カナダ系などが脱退。ガイダンスベース移行後、PCAF・SBTi-FI・各国規制を軸に、金融機関がどう気候戦略を立て直すかを、担当者向けに見ていく。
「NZBAが解散したらしいのですが、うちはどう対応すればいいですか」――2025年10月以降、銀行・運用機関のサステナビリティー担当者の方から、こうしたご相談を頂く頻度が、目に見えて増えています。
NZBA(Net-Zero Banking Alliance)は、2021年4月にUNEP FI(国連環境計画・金融イニシアチブ)の主導で立ち上がった、銀行業界のネットゼロ・コミットメント連合でした。最盛期には140行超・運用資産70兆ドル超に達し、グローバル銀行業界の気候目標設定の事実上の標準として機能していました。
ところが、2024年12月から2025年1月にかけて、ゴールドマン・サックス、ウェルズ・ファーゴ、バンク・オブ・アメリカ、シティグループ、モルガン・スタンレー、JPモルガンの米系大手6行が連続脱退。直後にカナダ大手6行が続き、2025年7月にはHSBCとBarclaysが、8月にはUBSが脱退を表明。最終的に、2025年10月3日にNZBA自身がメンバーシップ・モデルを廃止し、ガイダンスベースの仕組みに移行するという形で、事実上の活動停止に至りました(ESG Today)。
これは、業界連合(Sectoral Alliance)の構造的な限界を示した出来事として、ESG界隈では「歴史的転換点」と評する声が多く聞かれます。
ただ、「NZBAが解散した=銀行の気候対応は止まった」という単純な読み解きは、現場感とずれます。ここでは、(1)NZBA崩壊の構造的な原因、(2)残るフレームワークと規制、(3)NZBA以後の銀行の気候戦略、(4)日本の銀行・運用機関への含意、という流れで、扱います。
NZBA崩壊の背景は、単なる米国の政治変動だけではありません。複数の構造的な要因が、同時に作用しました。
要因①:米国の政治変動と「予防的服従」。 2024年11月のトランプ氏の大統領選勝利で米国の政治環境が反ESGに振れる中、米系銀行が「予防的に」距離を置く動きが加速しました。FOX Business等の保守系メディアからの批判、NZBAメンバーシップが反トラスト法・受託者責任に違反すると主張する共和党州司法長官の集団書簡、共和党議員からの調査要請が、直接の引き金になりました。
要因②:訴訟・反トラスト法リスク。 機関投資家・銀行の業界連合への参加が競争制限的な行為として反トラスト法(独占禁止法)に抵触するという法的議論が、米国共和党側から提起されました。実際に訴訟リスクが顕在化したわけではないものの、法務部の判断として「離脱が安全」と判断されやすい状況が生まれました。
要因③:化石燃料セクターへの融資制限の負担感。 NZBAの目標設定要件(Scope3カテゴリ15のファイナンスドエミッション削減)を厳格に運用すると、化石燃料セクターへの新規融資・引受業務に直接影響します。米系大手にとっては化石燃料関連の引受手数料・融資収益が大きく、ビジネス上の負担感が顕在化しました。
要因④:欧州系・カナダ系も追随。 最初は米系の動きに見えましたが、HSBC・Barclays・UBSなど欧州系大手、カナダ大手6行も離脱しました。これは、米系のNZBA離脱で業界連合としての規律機能が弱まり、参加メリットがコスト(規制負担、社内管理負荷)を下回ったと判断された結果と見られます。
NZBAが活動停止しても、銀行の気候対応の制度的・規範的な枠組みは、むしろ強化される方向で動いています。
残る・強化されているフレームや規制としては、NZBAとは別組織で標準化が進むPCAF(弊社過去記事「PCAFとファイナンスドエミッション」参照)、2024〜2025年で改訂が進むSBTi for Financial Institutions(SBTi-FI)、規制ベースで強化されるIFRS S2/SSBJの金融機関向け業種別開示要件、CSRD対象金融機関に義務づくCSRD/ESRSのE1・S2・G1、ECB・BOE・BIS・日本銀行・金融庁の気候ストレステスト、IFRS S2が継承するTCFD気候開示、カリフォルニア州SB253/SB261やEU CBAM・SFDRといった地域規制、Climate Action 100+・Nature Action 100・PRI署名運用機関の議決権行使方針、そして気候訴訟リスク(弊社過去記事「気候訴訟リスクとガバナンス」参照)が挙げられます。
つまり、NZBAという業界連合の規律機能は失われましたが、規制ベースの規律と、機関投資家・市場ベースの規律は、引き続き作動しています。
担当者の方は、「NZBAから離脱したから、気候対応のレベルを下げる」のではなく、「業界連合に依存せず、自社単独で説明責任を果たす体制」を構築することが、これからの本筋になります。
NZBA崩壊が示すのは、業界連合に乗ることで規律と説明責任を分担する、というモデルが、政治的・法的環境次第で簡単に瓦解する、という構造的な脆さです。
これからの金融機関の気候戦略は、業界連合に依存しない自社単独のコミットメント、一律のNZBAルールではなく自社の事業特性・地域特性に合わせた目標設計、規制・基準・市場規律への直接対応、顧客・投資家・規制当局への自社固有の説明、気候訴訟・評判リスクへの自社単独での備え、という方向に軸足が移っていきます。
これは、業務量としては逆に増える方向です。業界連合の枠組みを参照すれば済んでいた論点を、自社単独で組み立て直す必要があるためです。
あるメガバンクのご支援では、NZBA脱退後、自社の気候目標をPCAF・SBTi-FI・規制要件に整合させて再設計し、電力・不動産・運輸・化学等の主要セクター別の脱炭素ロードマップを自社単独の戦略として詳細化し、取締役会レベルの気候監督体制を業界連合参加の有無に依存しない構造に強化し、気候訴訟リスクのアセスメントとD&O保険条件の見直し、統合報告書・サステナビリティーレポートでの自社固有の戦略物語の再構築を、6か月計画で進めています。「NZBAから抜けたから楽になる」ではなく、「NZBAという緩衝材なしに、自分で立つ」という構造変化が、現場の負荷感に表れています。
NZBA崩壊後、銀行が参照する主要枠組みを見ていきます。
【目標設定の枠組み】
【ファイナンスドエミッション算定の枠組み】
【開示の枠組み】
【規制ベースのストレステスト】
【市場・投資家規律】
【業界別自主取り組み(NZBA以外)】
担当者の方は、これらの枠組みの中から、自社の事業特性・地域特性に合わせて選択し、自社単独の説明責任を組み立てる作業に、軸足を移すことになります。
日本の主要銀行・運用機関の多くは、NZBAメンバーでした。NZBA活動停止は、日本の金融機関にとっても無関係ではありません。
ただ、日本の場合、反トラスト・訴訟リスクの圧力が米国ほど強くないこと、金融庁・日銀の規制が気候対応の継続を求める方向であること、主要顧客(日本企業)が自社のScope3カテゴリ15で銀行のファイナンスドエミッションを意識すること、PCAF・SBTi-FIなど方法論ベースの取り組みが継続可能なこと、GPIF・年金基金等の機関投資家からのエンゲージメントが続くこと、という構造があり、米系銀行のような「予防的離脱」のインセンティブは弱めです。
ただし、グローバル展開する邦銀(特にメガバンク3行)が米国市場での反ESG圧力に間接的に晒されること、GPIF・年金基金・生保といったグローバル運用機関のESG投資戦略の見直し圧力、主要顧客企業の気候戦略の温度変化(Greenhushing)といった経路で、影響は確実に及びます。
日本の金融機関の担当者の方には、
このあたりを、3〜5年計画で進めることをおすすめします。
最後に、NZBA崩壊から学べる、より広い教訓を一つ。
業界連合・国際イニシアチブの旗印を掲げることで、自社の気候戦略を「正当化」する手法は、政治・法・市場環境の変動に脆弱です。NZBA以外にも、SBTi、CDP、各種ベンチマークなど、外部の旗印に依存した戦略構築には、同じ脆弱性があります。
これからのサステナビリティー戦略は、外部の旗印を参照しつつ自社固有の戦略物語を持つこと、複数の枠組みに分散参加し特定の一つに過度に依存しないこと、規制ベース・科学ベース・市場ベースの複合的な規律を自社の説明責任の土台にすること、政治・法・市場環境の変動に耐える長期視点の戦略軸を保つこと、という方向に進化していく必要があります。
NZBA崩壊は、業界連合のリスクと、自社単独の説明責任の重要性を、銀行業界に強烈に示した事象です。他業種の企業にとっても、同様の教訓があります。担当者の方は、自社の気候戦略・サステナビリティー戦略の旗印が、外部の業界連合に過度に依存していないかを、この機会に点検されることを、おすすめします。
形だけ業界連合に乗り、政治環境の変化で戦略が瓦解するか、自社単独の戦略物語を持って長期に立ち続けるか。担当者の方の意識付けで、その後数年の戦略の頑健性は、確実に変わります。
【ご相談窓口】 弊社(株式会社KI Strategy)では、金融機関の気候戦略再構築、PCAF・SBTi-FI対応、規制対応、統合報告書での戦略物語の整備の伴走支援を実施しています(専門家プラットフォームSasla経由のご相談も可)。NZBA以後の戦略立て直しでお悩みの方は、お気軽にご相談ください。
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