銀行・保険・運用機関のScope3カテゴリ15を実装するPCAF(Partnership for Carbon Accounting Financials)の方法論。6資産クラス、データクオリティスコア1〜5、SBTi for Financial Institutionsとの連動を、地方銀行のご支援事例と共に見ていく。
金融機関のサステナビリティー対応で、最も難しく、かつ最も重要な論点が、ファイナンスドエミッション(Financed Emissions、投融資先排出量)の算定と開示です。
GHGプロトコル上のScope3カテゴリ15(投融資先からの排出)に該当し、銀行・保険・運用機関にとって、自社のScope1+2を遥かに上回る排出量規模を持つことが多い領域です。
この領域の方法論を整備しているのが、PCAF(Partnership for Carbon Accounting Financials、金融機関向けカーボン会計のためのパートナーシップ)です。PCAFは2015年にオランダの金融機関群で立ち上がり、現在では世界で数百の金融機関が参加するグローバルな枠組みとなっています(PCAF)。
ご支援先の金融機関からも、PCAFの方法論をどう自社の融資・投資ポートフォリオに適用するか、データクオリティが低い段階でどう開示すべきか、SBTi for Financial Institutions(SBTi-FI)の認定取得をどう進めるか、各資産クラスごとのアトリビューション(帰属計算)をどう設計するか、といったご相談を頂きます。
PCAFのGlobal GHG Accounting and Reporting Standard for the Financial Industryでは、当初、以下の6つの主要資産クラスについて、算定方法論を整備しました。
この6資産クラスに加え、PCAFは段階的に対象を拡張しており、近年では国債(Sovereign debt)、保険引受に伴う排出(Insurance-Associated Emissions)、キャピタル・マーケット業務(Capital markets facilitated emissions)などの方法論も追加されています。自社の事業ポートフォリオに照らして、どの資産クラスから対応するかの優先順位付けが、最初の論点になります。
PCAFの算定の中核は、アトリビューション・ファクター(Attribution Factor、帰属係数)という考え方です。
これは、「投融資先企業全体の排出量のうち、自社の投融資がどれだけの割合を占めているか」を、ファイナンス額/投融資先企業価値の比率で計算する、という発想です。たとえば、次のように計算します。
このアトリビューション・ファクターを、投融資先の排出量(Scope1+2、または1+2+3)に乗じることで、自社のファイナンスドエミッションを算定する、という構造です。
PCAFの最大の特徴の一つが、データクオリティスコア(Data Quality Score、1〜5)の枠組みです。
スコア1〜2は、投融資先企業の協力(CDP回答、自己開示)が必要です。スコア3〜5は、自社で公開データから推計する形になります。
実務では、最初はスコア4〜5で算定を始め、年次でデータクオリティを引き上げていく、という設計が現実的です。
ある地方銀行のご支援では、初年度はスコア4〜5で全ポートフォリオを算定し、排出量の大きい上位先へのエンゲージメントを通じて、年を追ってスコア1〜2の比率を引き上げていくロードマップを描きました。データの質を段階的に上げていくのが、現実的な進め方です。
SBTiは、金融機関向けに別建ての方法論であるSBTi for Financial Institutions(SBTi-FI)を整備しています。
SBTi-FIでは、金融機関が投融資ポートフォリオの脱炭素目標を設定する際の方法論として、電力・不動産など特定セクターのポートフォリオ削減目標を扱うSDA(Sectoral Decarbonization Approach、業種別脱炭素アプローチ)、ポートフォリオ全体の整合温度を測るTemperature Alignment、投融資先のSBTi整合目標カバー率を見るPortfolio Coverage、エンゲージメントを通じて投融資先のSBTi整合目標設定を引き上げるEngagement目標などが提示されています。SBTiは、2024年に金融機関向けNet-Zero Standard(FINZ)のパブリックコンサルテーションを行い、2025年にかけて改訂を継続しています。論点としては、化石燃料セクターへの新規ファイナンス制限の取扱い、未上場資産(PE・VC)へのカバレッジ拡大、保険引受業務(Insurance-Associated Emissions)の扱い、Scope3カテゴリ15と他Scopeの整理などが議論されています。
PCAFで算定したファイナンスドエミッションが、SBTi-FIの目標設定の前提データになるため、両者は密接に連動しています。さらに、CDP金融機関版質問書、TCFD/IFRS S2/SSBJの「金融機関向けセクタートピック」、NZBA(Net-Zero Banking Alliance)、NZAOA(Net-Zero Asset Owner Alliance)、NZAM(Net-Zero Asset Managers initiative)――これらのイニシアチブも、PCAFの算定結果を共通言語として相互参照しています。
ファイナンスドエミッション対応で陥りがちなのが、「形だけPCAF算定」、つまり「数字を出して終わり」のパターンです。
実務としては、データクオリティスコアの分布をポートフォリオ別・年次別に開示して精度向上の道筋を見せること、排出量の大部分を占める上位投融資先へのエンゲージメント戦略を設計すること、SBTi-FI目標を取得してファイナンスドエミッションをマイルストーン管理すること、新規融資・投資の判断プロセスにファイナンスドエミッション影響を組み込むこと、そして温度整合(Temperature Alignment)をポートフォリオ戦略の指標として育てること——この辺りが効きます。
「PCAF算定をした」ことが目的ではなく、その算定が、投融資判断・エンゲージメント・ポートフォリオ戦略にどう活かされているかが、本質的な評価軸になります。
ファイナンスドエミッションの算定は、金融機関にとって、単なる開示対応を超えた、事業構造の問い直しにつながります。
排出量の多い業種・企業への融資・投資を、どこまで継続するか。新規の脱炭素プロジェクトに、どこまで踏み込むか。顧客企業のトランジションを、どう支援するか。
これらは、金融機関の事業戦略そのものに関わる論点です。
担当者の方には、PCAF算定を、サステナビリティー部門単独の業務ではなく、リスク管理・営業・経営企画と連携した、組織横断のテーマとして位置づけ直されることを、おすすめします。
【ご相談窓口】 弊社(株式会社KI Strategy)では、PCAF対応とSBTi-FI認定の伴走支援、金融機関向けサステナビリティー戦略の支援を実施しています(専門家プラットフォームSasla経由のご相談も可)。ファイナンスドエミッションの算定設計やエンゲージメント戦略でお悩みの方は、論点の棚卸しからご一緒します。
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