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一人ESGを継続機能に変える|属人化の解き方|SIA

「私が辞めたら、この会社のESGは止まる」——半分は誇り、半分は恐怖。一人で回すサステナ推進が燃え尽きるのは、気合いが足りないからではない。一人にすべてが集中する設計、つまりSPOF(単一障害点)の問題だ。属人化を解く文書化と体制設計、そして増員を経営に通す論拠を整理する。

solo sustainability officer burnout knowledge handover single point of failure team resilience
FIG. 01 / solo sustainability officer burnout knowledge handover single point of failure team resiliencePHOTOGRAPHY / ARCHIVE

「正直に言うと、私が辞めたらこの会社のESGは止まると思います」——あるサステナ推進担当の方が、半分は誇らしげに、半分は青ざめた顔で漏らした言葉だ。これは特別な告白ではない。私たちが一人ないし数人で推進を回す担当者から、最も繰り返し聞く本音である。

問題は、この状態を本人も周囲も「頑張りの証」として肯定してしまうことだ。だが冷静に言えば、これは危機だ。一人にすべての判断・データ・人脈が集中し、その人が抜けた瞬間に機能が止まる——システム設計でいう**SPOF(Single Point of Failure=単一障害点)**そのものである。燃え尽きはその人の精神力の問題ではなく、SPOFを放置した体制の問題だ。本稿が立てる問いはひとつ。あなたが一週間倒れたら、自社のサステナ開示は回りますか。

燃え尽きを「設計の問題」として捉え直す

「サステナビリティの仕事はやめとけ」という嘆きが現場で語られるほど、この職務の消耗は実在する(サステナブルインサイト)。ESG格付け機関の大量の質問票、海外拠点からのデータ収集と検証、限られた予算と人員——業務の幅は広く、しかも年々重くなる。

ここで処方箋を間違えやすい。検索すれば出てくる対策の多くは「燃え尽き対策」「メンタルケア」「セルフケアの方法」に着地する。休息は要る。だが休んで戻っても、一人に全部が集中する構造が変わっていなければ、また同じ負荷が積み上がるだけだ。根性論の逆張りとしての「休もう」も、結局は個人に解決を委ねている点で同じ穴の中にある。

私たちの見立ては違う。これは冗長性(リダンダンシー)の欠如という設計上の欠陥だ。エンジニアリングでは、一点が壊れても全体が止まらないよう冗長化する。ところがサステナ推進は、知見も判断も人脈もただ一人に集約され、バックアップがない。だから一人が抜けると、組織の能力は周期的にゼロへリセットされる。異動・退職のたびに、後任が一から学び直す。この「能力の周期的リセット」こそ、燃え尽きの真因であり、組織が払い続けている見えないコストだ。

何を自分で抱え、何を外に出すか——SPOFの棚卸し

属人化を解く第一歩は、自分が握っているものを「人に渡せるか」で仕分けることだ。すべてを抱え込む必要はないし、すべてを手放せるわけでもない。

業務の性質扱い方
自社固有の判断・文脈マテリアリティの絞り込み理由、経営の意向、社内政治の機微自分で持ちつつ判断履歴を文書化して冗長化
反復するが専門知が要るGHG算定、開示ドラフト作成、格付け質問票回答ロジックを文書化し、事業部・外部へ分散できる形に
一時的・季節的に膨らむ有報シーズンの開示作業、保証対応の準備スポットで外部の手を借りる候補
純粋な作業負荷データ集計、フォーマット整形、進捗管理仕組み化・外注で自分から剥がす

要点は、一番上の「自社固有の判断」だけは安易に外注できないということだ。なぜその重点課題に絞ったのか、なぜその前提を置いたのか——この文脈は社内にしか宿らない。だからこそ、ここを文書として冗長化することが、属人化対策の本丸になる。逆に下の二つは、抱え込む合理性が薄い。一人ESG立ち上げの初期動作は一人からのサステナビリティ立ち上げでも扱ったが、立ち上げと継続では守るべき優先順位が変わる。

暗黙知の文書化——優先順位を間違えない

「全部マニュアル化しよう」は、たいてい挫折する。日々の業務に追われる一人体制では、網羅的な手順書を書く時間などない。だから優先順位が要る。再取得コストが高い暗黙知から残す。 私たちが勧める順序はこうだ。

第一に、マテリアリティの判断履歴。何を重点課題に選び、何を落としたか。その理由と当時の前提(規制動向・経営方針・投資家の関心)をセットで残す。これがなければ、後任はゼロから特定をやり直すか、理由も分からず前任の結論を踏襲することになる。マテリアリティの特定・見直しの考え方自体はマテリアリティに譲るが、残すべきは「結論」ではなく「なぜその結論に至ったか」だ。理由が分かれば、前提が変わったとき後任が自力で再判断できる。

第二に、GHG算定のロジックと前提。どのカテゴリを、どのデータソースから、どの排出原単位で、どんな按分前提で積み上げたか。Scope3は特に属人化しやすい。算定者の頭の中にしかない「この拠点はこう推計した」が失われると、翌年の数字との連続性すら検証できなくなる。算定方法論の全体像はScope1〜3・15カテゴリの全体像にあるが、文書化すべきは方法論の教科書ではなく、自社が実際に置いた前提と判断である。

第三に、社内人脈のマップ。誰が何のデータを握り、誰の一声で事業部が動くか。これは引き継ぎ書に最も書かれにくく、失われると最も痛い。組織図ではない、実働の地図だ。

引き継ぎが滞ると、後任は何から手をつけるか分からず、本人だけでなくチーム全体の生産性が落ちる。この当たり前のリスクが、サステナ領域では「専門知+自社固有の判断」が重なる分だけ増幅される。

自分をハブから外す——事業部を巻き込む体制設計

文書化は冗長性の半分でしかない。残り半分は、自分が情報のハブであることをやめることだ。一人体制が苦しいのは、すべてのデータと依頼が自分を経由するからである。事業部→自分→とりまとめ、という星形の配線では、中心の自分が詰まればすべてが止まる。

ここで効くのが、各事業部に担当者を置かせること。ANAグループのように、グループ各社・各部署にESG経営推進の責任者(EPO)や牽引役(EPL)を配置し、推進を分散している企業もある(ANAグループ)。一人で全社のデータを追いかけるのではなく、各部署の窓口が自部門の分を持つ。あなたは集約とレビューに回る。配線が星形からメッシュに変わる。

ただし、ここで多くの担当者がつまずく。事業部に「担当を置いてください」とお願いしても、権限のない横串組織の依頼は後回しにされがちだ。だから事業部の巻き込みは、お願いではなく会社の決定として通す必要がある。サステナビリティ委員会や取締役会の決議として「各事業部にサステナ担当を置く」を確定させ、その根拠で配置を求める。権限なき担当者が社内を動かす具体策は権限がないまま社内を動かすで詳しく扱った。自分をハブから外す体制設計は、権限調達とセットでしか成立しない。

専任化・増員を経営に通す——「保険」としての論拠

「もう一人ほしい」は、サステナ担当が最も言い出しにくく、最も通りにくい要望だ。コストセンターと見られがちな部門で、しかも成果が数字で見えにくい。情熱で訴えても「頑張って」で返される。

通すには、論拠の軸を情熱からリスクへ移す。いま、その追い風は制度の側から吹いている。

第一に、開示が法定義務になった。2026年2月20日に公布・施行された開示府令により、平均時価総額3兆円以上の企業は2027年3月期から、1兆円以上3兆円未満の企業は2028年3月期から、SSBJ基準に沿ったサステナビリティ情報を有価証券報告書に記載することが義務づけられた(金融庁)。有価証券報告書は会社が法的責任を負って提出する書類だ。義務化スケジュールの詳細はSSBJ基準の解説に整理がある。「やった方がよい活動」が「やらなければ有報が埋まらない法定業務」に変わった。その法定業務を、たった一人のSPOFが担っている——これは経営にとってのリスクである。

第二に、その翌期から第三者保証が始まる。保証水準は限定的保証とし、適用開始から当初2年間は範囲をScope1・2とガバナンス・リスク管理に限定する方針が、金融審議会のワーキング・グループで示されている(金融庁・サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ資料)。義務化の翌期から保証対象になるということは、開示が監査の目に晒されるということだ。算定ロジックが一人の頭の中にしかない状態で保証に臨むのは、危うい。保証への備えは第三者保証への実務対応で扱う。

この二つを重ねれば、増員の起案は感情論を脱する。「サステナ開示は法定業務になり、翌期から保証対象になる。それを一人のSPOFで担う現状は、開示の継続性とコンプライアンスの単一障害点だ。冗長化のための専任化・増員は、リスク低減の投資である」——役員報酬がESG指標に連動する企業が増えている事実(TOPIX100構成企業の74%が役員報酬にESG要素を反映。52%→66%→74%と上昇。デロイト トーマツ「有価証券報告書における開示実態調査2024」2024年8月30日)も、経営を当事者にする補助線になる。役員自身の報酬がぶら下がるなら、その達成を一人に依存するリスクは、役員自身のリスクでもある。

数字で詰めるなら、「規制ハードニング(義務化+保証)で増える業務量」と「現状の体制(人数・スキル)」のギャップを並べて見せる。空白の面積が、増員の必要量だ。

外部を「冗長性そのもの」として使う

増員がすぐ通らなくても、冗長性は外から補える。スポットでも伴走でも、外部の専門家を入れておけば、担当者が倒れたとき・抜けたときのバックアップになる。文書化を一緒に進めてもらえば、暗黙知が社外にも一部残り、引き継ぎの保険になる。これはエンジニアリングでいうバス係数(bus factor=何人抜けたらプロジェクトが止まるか)を上げる動きだ。一人なら係数は1。外部を組み込めば、最低でも2になる。

外注=丸投げではない。自社固有の判断は自分が持ち、反復作業と専門知の補完を外に冗長化する。前章の棚卸しの表で、下二段を外へ、上二段を内に——その線引きを、外部活用にもそのまま当てはめればよい。

まとめ

一人ESGの燃え尽きは、根性や適性の問題ではなく、一人にすべてが集中するSPOFという設計の欠陥だ。手当てすべきは個人ではなく体制である。やることは三つに絞れる。再取得コストの高い暗黙知(マテリアリティの判断履歴・算定ロジック・人脈マップ)から文書化して冗長化する。事業部に担当を置かせ、自分を情報のハブから外す。そして増員・専任化を、情熱ではなく「法定開示+保証を一人で担うリスク」として経営に通す。燃え尽きを美談にしない。それが、組織のサステナ機能を周期的リセットから救う最初の一手になる。

文書化の優先順位づけ、事業部への担当配置を決議に通す段取り、増員起案の論拠づくり、そして担当者の冗長化そのもの——一人で背負っている設計を、一人で組み替えるのは難しい。社内だけで結論を出しにくいこうした論点では、当サイト運営元の株式会社KI Strategy、およびサステナビリティ専門家に定額で相談できるSaslaを、冗長性を上げる外部リソースとして使う手もある。バス係数を1から2へ——その一手として外の知見を組み込むのは、感傷ではなく合理的な体制設計だ。

本記事は2026年6月時点の公開情報(金融庁、ANAグループ、デロイト トーマツの各リリース・解説)をもとに整理した。開示府令の運用や第三者保証制度の設計は進行中のため、義務化・保証スケジュールの最終確認は金融庁の最新リリースで行うことを推奨する。

#サステナビリティ推進 #属人化 #ESG担当 #推進体制 #事業承継 #サステナビリティー

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KI Strategy 編集部所属。ESG・サステナビリティを軸に、開示と意思決定を貫くロジックを編む。

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