不動産・建設業のサステナビリティーは、GRESB、CRREM(座礁資産化リスク)、改正建築物省エネ法(2025年4月原則義務化)、ZEB/ZEH/BELS、物理リスクと、業種固有の論点で動きます。担当者向けに、評価指標の使い分けと脱炭素・適応の両輪設計を取り上げる。
不動産・建設業のサステナビリティー担当者の方とお話ししていると、他業種にはない独自の論点がいくつも顔を出します。GRESB、CRREM、ZEB、ZEH、BELS、改正建築物省エネ法、グリーンビルディング認証、運用中の物件のテナント対応、新築・改修・取り壊しのライフサイクル、物理リスク――並べるだけでも、論点の縦の長さが伝わるかと思います。
しかも、不動産・建設業は、自社の事業活動に伴うCO2排出量が、製造業の典型業種と比べて格段に大きく、しかも建物の寿命が30〜50年と長いため、今日の意思決定が長期に固定化される性質があります。それゆえに、サステナビリティーの実務難度も独特です。
ここでは、(1)業種固有の評価フレームの整理、(2)改正建築物省エネ法と国内制度、(3)CRREM・物理リスク・座礁資産、(4)テナント・建設プロセス・ライフサイクルの論点、という流れで、担当者の方が押さえておきたい論点を縦に並べていきます。
不動産・インフラに固有のサステナビリティー評価で、世界的に最も参照されているのがGRESB(Global Real Estate Sustainability Benchmark)です。2009年に欧州の機関投資家系で立ち上がり、現在ではJ-REIT、私募REIT、不動産運用会社、インフラファンドの多くが参加しています。
GRESBの特徴は、Real Estate AssessmentやInfrastructure Assessmentの年次質問書に回答して業界・地域・タイプ別にベンチマーク評価を受ける構造、Management(マネジメント体制)とPerformance(実績)の二層スコアで新規参入から実績組まで段階的に評価される設計、回答結果が機関投資家側にプライベートに開示されポートフォリオ構築の参考にされること、にあります。J-REITが多く参加するため、日本の不動産業界では「GRESBで何点」「Green Star何個」が、業界内の共通言語になっています。
ただ、これも当メディアの過去記事「ESG評価機関のスコアを目的化していませんか」で議論したのと同じく、GRESBスコアを目的化してしまうと、配点項目に振り回されて、本来の戦略が見えなくなる、というパターンに陥ります。スコアを目指すのではなく、自社のESG戦略を業界の共通言語に翻訳する道具として、GRESBを使う、という発想の方が長期的には機能します。
GRESBがポートフォリオ・運用機関単位の評価軸とすると、物件単位での脱炭素経路を評価するのがCRREM(Carbon Risk Real Estate Monitor)です。EUのHorizon 2020資金を背景に立ち上がり、近年は日本市場向けの経路(Decarbonisation Pathway)も整備されてきています。
CRREMの何が画期的かというと、オフィス・住宅・商業・物流・ホテル等の物件タイプと地域ごとに1.5℃/2℃整合の床面積あたりCO2排出量経路(kg CO2/m²/年)を提示すること、自社物件の現在の排出量原単位とCRREM経路を比較して何年から「経路を超過する=座礁資産化リスクが顕在化する」かを判定できること、ポートフォリオ全体のStranding Year(座礁年)を集計して運用機関のリスクを定量化できること、です。
GRESBでもCRREM経路の活用が組み込まれており、「ポートフォリオのうち、CRREM経路に整合している物件は何%か」が、機関投資家との対話の標準的な論点になりつつあります。
担当者の方に、まずおすすめしたいのは、自社の主要物件をCRREM経路で評価してみる、というワーク。意外な物件が早期に座礁年を迎えることが見えると、改修投資の優先順位が、感覚論ではなく数字で議論できるようになります。
国内制度の最大の節目は、改正建築物省エネ法による、すべての新築建築物への省エネ基準適合義務化です(2025年4月施行、国土交通省)。それまで一定規模以上の非住宅建築物に限定されていた義務化が、住宅を含むすべての新築に拡大しました。
これに伴い、新築計画段階での省エネ基準適合性審査が建築確認の必要要件になり、適合判定が出ないと確認済証が下りず着工できず、住宅トップランナー制度の対象拡大やZEH/ZEB水準への誘導政策が、現場で具体化しています。
合わせて、ZEB(Net Zero Energy Building、年間の一次エネルギー消費量が正味ゼロまたは大幅削減の建築物)、ZEH(住宅版)、BELS(建築物省エネルギー性能表示制度、☆1〜☆6で省エネ性能を表示)の三層が、不動産の付加価値・賃料水準・売却価格に影響する時代に入ってきています。
担当者の方は、新築・大規模改修のタイミングで、ZEB/ZEH水準の達成可能性と追加投資コスト、BELS☆4以上の取得有無によるテナント賃料・空室率・売却時評価への影響、GRESB/CRREMの評価軸との接続、SBTi整合の脱炭素経路との関係を、横串で評価する習慣をつけておくと、後年の改修負担を大きく減らせます。
不動産業界での物理リスクは、製造業以上に直接的です。洪水、内水氾濫、台風、海面上昇、熱波、山火事、地震――これらが、物件の収益性、保険料、修繕費、テナント退去リスクにすべて影響します。
IFRS S2/SSBJの物理リスク開示要件は、不動産・REITにとって、自然な開示の延長線上にあります。シナリオ分析にあたって参照すべきは、IPCC AR6のSSP(Shared Socioeconomic Pathways:SSP1-1.9、SSP2-4.5、SSP5-8.5など)と、NGFS気候シナリオが代表的です。
物件単位の物理リスク評価では、ハザードマップ(国交省・自治体)に加えて、WRI Aqueduct(水関連)、ThinkHazard!(複合災害)、Climate Impact Explorer、Jupiter Intelligence、Fathomなどの専門ツールが世界的に活用されています。
物理リスク評価結果を、物件の購入・売却判断、耐水化・耐風化・空調更新といった改修投資の優先順位付け、保険付保戦略、テナントとのBCP連携に折り返していく動線を作っておくことが、適応計画(弊社過去記事「緩和(Mitigation)偏重の気候戦略の盲点」もご参照ください)と物理リスク開示を、形だけにしないコツです。
国際的なグリーンビルディング認証は、用途・地域別に複数の体系があります。
J-REITの保有物件では、CASBEE評価の取得がGRESBスコア・テナント募集力の観点で標準化しつつあり、新規取得物件・大規模改修物件はCASBEE A以上を目指すのが業界の相場感、と聞きます。
ただ、認証ラベルは取得そのものが目的になりやすく、「形だけ認証取得」が経年で発生します。テナント満足度、賃料水準、稼働率、エネルギー消費実績の改善という結果指標と、ラベルの取得状況を併走させる設計が、長期で効きます。
不動産オーナー側の脱炭素は、自社運営のScope1+2だけでは進みません。テナント側のScope(オーナーから見るとScope3カテゴリ13、賃貸資産)が、ポートフォリオの排出量の大半を占める構造があるからです。
テナント協働の論点は、用途別に大きく違います。
オフィスでは、グリーンリース条項(賃貸契約にエネルギー消費・データ共有・改修協力を組み込む)、共用部の再エネ電力切替、テナント別エネルギー消費の見える化、テナントの脱炭素ロードマップとの整合などが中心になります。GRESB回答でも、グリーンリース条項の有無は配点項目に入っています。
商業では、テナントの業態(飲食、物販、サービス)ごとにエネルギー消費パターンが異なるため、共通フォーマットでのデータ収集が難しいのが実情です。共用部の運営効率改善と、主要テナント(アンカーテナント)との個別協議が現実解になります。
物流では、自動化・冷凍設備・大型空調などエネルギー集約的な設備が多く、再エネ電力PPAとの相性が良い反面、テナント期間がオフィス・商業より短いことが多く、長期投資の回収設計が論点になります。
建物のライフサイクル全体を見ると、運用フェーズのCO2(Operational Carbon、Scope1+2+部分的にScope3)に加えて、建設フェーズのCO2(Embodied Carbon、建材製造から建設までの上流排出)が無視できない大きさになります。
Embodied Carbonの主な発生源は、クリンカー製造の高炉プロセスを伴うコンクリート・セメント、高炉での鉄鋼製造による鉄骨・鉄筋、アルミニウム、ガラス、断熱材・内装材・設備機器など、上流の製造業由来の排出です。CBAM対象セクターと相当に重なるため、EU向け輸出を行う日本の鉄鋼・セメント・アルミ業界では、CBAM対応がそのままEmbodied Carbon削減の議論につながります(弊社過去記事「CBAMが日本企業に効いてくる」もご参照ください)。
Embodied Carbon削減の打ち手としては、高炉スラグ・フライアッシュ等の混和材を活用した低炭素コンクリート、リサイクル鋼材・電炉鋼材の優先採用、特に中大規模建築でのCLT活用による木造化、解体廃棄を最小化する既存建築物の長寿命化・改修活用、建設プロセスでの再エネ電力・建設機械の電動化が、業界で論点化しています。新築重視から、改修・既存ストック活用重視への転換は、環境面だけでなく、人口減少下の市場縮小への対応としても、戦略の主要論点に上がってきています。
不動産業界の戦略指標として、ポートフォリオレベルで共通言語化が進んでいるのが、次の4本柱です。
GRESB、CRREM、CDPの建物セクター質問、サステナブルファイナンス(グリーンビル、リファーニッシュメント)の評価基準でも、この4本がコアになります。
担当者の方には、これらを物件単位・ポートフォリオ単位で月次/四半期で追える仕組みを、ESGデータ管理プラットフォーム(弊社過去記事「ESGデータ管理プラットフォームの選び方」もご参照ください)で整えておくことをおすすめします。GRESB対応・CRREM評価・サステナブルファイナンス・テナント対話、これらすべての前提になります。
最後に、不動産・建設業のサステナビリティーで陥りやすい形だけパターンを、いくつか挙げておきます。
新築物件はZEB水準で謳うが運営フェーズのエネルギー消費実績がモニタリングされていない、GRESBスコアの向上策ばかりが議論され実際の物件改修投資が後回し、テナント側のScopeが大きいのにグリーンリース条項の整備が進まない、物理リスク評価をやったが改修投資・保険戦略に折り返されていない、CASBEE取得を新築物件で取るが既存ストック改修では取得しない(投資判断と評価軸が連動していない)――これらは、開示・対外発信の体裁は整うのですが、ポートフォリオの実態としてのサステナビリティーは進みません。
担当者の方には、新築・改修・運営・売却・テナント協働を縦の動線で繋いだ運用設計を、3〜5年の中期計画として組み立て直すことを、おすすめしています。
【ご相談窓口】 弊社(株式会社KI Strategy)では、不動産・建設業のサステナビリティー戦略、GRESB/CRREM対応、ZEB/ZEH/BELSと国内制度の接続、適応計画と物理リスク評価の伴走支援を実施しています(専門家プラットフォームSasla経由のご相談も可)。物件単位とポートフォリオ単位の両方で、サステナビリティーをどう実装するかでお悩みの方は、論点の棚卸しからご一緒します。
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