食品・農業業界のESGは、SBTi FLAG、再生農業、土地利用変化、代替タンパク質、サーキュラー、サプライヤー協働まで広がります。原材料調達のリスクと機会、FAOロードマップ、業種固有マテリアリティを、食品・農業・商社の担当者向けに取り扱う。
食品・農業業界のサステナビリティーは、業種特性として独特の難しさがあります。気候、自然、人権、人的資本といった汎用ESGに加えて、土地利用変化(森林破壊・土地転換)と気候・自然の交差、カカオやコーヒー・パーム油・大豆・肉牛・水産といった原材料調達の脆弱性、農家・小規模生産者の人権・労働環境、水ストレスと農業用水、畜産での抗生物質使用、食品ロス・廃棄物、代替タンパク質の台頭、栄養・健康・公衆衛生——こうした論点が、すべて同じ机に乗ってきます。それゆえに、業種固有の専門枠組み(SBTi FLAG、SAI Platform、Regen10、FAOロードマップ、Roundtable系認証等)が、業界全体で標準化を進めている領域です。
ご支援先の食品メーカー、外食、食品小売、農業関連商社の担当者の方からも、SBTi FLAG基準への対応(自社が対象業種か、どう目標を置くか)、原材料調達地域の自然関連リスク(森林破壊・水ストレス・土地利用変化)、再生農業(Regenerative Agriculture)への投資、代替タンパク質の戦略的位置づけ、途上国の小規模生産者を含むサプライヤーとの協働——こうしたご相談を、よく頂くようになりました。
以降、FLAG、再生農業、原材料調達、代替タンパク質、サーキュラー/食品ロスという5つの軸で、食品・農業業界の業種固有論点を取り上げます。
SBTi FLAG(Forest, Land and Agriculture)基準は、土地利用・農林業由来の温室効果ガス排出と、土地ベースの除去(リムーバル)を、独立した目標として扱う仕組みです。
弊社過去記事「SBTi認定の取得・更新の実務」でも触れましたが、FLAG目標の設定が必要になるのは、食品生産・食品飲料加工・食品小売・タバコの各セクターに属する場合か、FLAG関連(土地利用・農林業由来)の排出がScope1+2+3合計の20%を超える場合です(SBTi FLAG)。つまり業種で自動的に対象になる企業と、排出構成比で対象になる企業の二経路がある、という理解が正確です。該当業種としては、食品製造(食肉、酪農、加工食品、飲料、嗜好品)、農業(穀物、畜産、青果)、林業、パルプ・紙、繊維(綿、麻、羊毛、皮革)、小売(食品スーパー)、レストラン・ホテル、化粧品(一部)、ペット用品など、土地・生物起源材料への依存度が高い業種が含まれます。
要件の骨格はこうです。まずFLAG関連排出(土地利用変化、農業活動、畜産メタン、肥料起源N2O等)をエネルギー起源排出(non-FLAG)と分離して算定します。そのうえでFLAG目標として絶対量の削減を置きます。長期目標では、SBTiの企業ネットゼロ基準に沿って2050年までに72%以上の削減が求められます。短期目標のほうは「5〜10年」という期間の定めはあるものの、一律の削減率が示されているわけではなく、業種別経路と自社の排出構成から算定する形になります。他社の公表値をそのまま自社の目標水準として引き写せない点に注意してください。再生農業・植林・土壌固定による土地ベース除去(リムーバル)は別建てで算定でき、加えて森林破壊防止(Deforestation-Free)として、2025年以降のFLAG対象企業には新規森林破壊ゼロと既存転換森林由来材料の段階的廃止が求められます。
FLAG基準は2022年9月に正式公表され、2025〜2026年で第2版(V2)の改訂が議論されています。SBTi V2.0(弊社過去記事「SBTi V2.0と認定企業の再評価」参照)と並走する形で、基準が精緻化されていく見通しです。
再生農業は、食品・農業業界のサステナビリティー戦略の主要論点として、急速に存在感を増しています。
再生農業の主要原則:
これらの実装により、土壌炭素貯留(土壌が大気からCO2を固定)、土壌の健全性回復、生物多様性向上、水利用効率の改善が期待されます。
業界の自主的な枠組みも複数走っています。欧州大手食品メーカーが中心のSAI Platform(Sustainable Agriculture Initiative)はFarm Sustainability Assessment(FSA)を提供し、Regen10はCOP26で立ち上がった業界連合で、2030年までに世界の食料の半分超を再生型の生産に、5億人超の生産者を再生型手法へ、という規模の目標を掲げています。OP2B(One Planet Business for Biodiversity)は再生農業と生物多様性に軸足を置き、GFSI(Global Food Safety Initiative)は食品安全の業界連合です。
代表的な企業の動きを見ても、Nestléは2030年までに主要原材料の50%を再生農業由来にする方針を掲げ、Unileverは自社サプライチェーンの100万ヘクタール以上、PepsiCoは700万エーカーで再生農業を進めるとし、MarsもMars Cocoa Sustainabilityの中で再生農業に取り組んでいます。
再生農業が注目されるのは、複数の戦略軸を同時に動かせるからです。SBTi FLAGの土地ベース除去としてカウントでき、自然関連目標(SBTN、TNFD)とも接続し、気候変動下の収量安定化によるサプライチェーン強靭化、生物多様性・水・土壌の同時改善、さらにプレミアム価格や長期契約を通じた農家の所得安定化にもつながります。
食品・農業業界のサプライチェーンは、気候変動と地政学の双方で、構造的脆弱性を抱えています。
主要原材料の脆弱性:
これらは、Scope3カテゴリ1(購入した製品・サービス)の中核であり、SBTi FLAG目標の主要対象です。
気候変動下の生産適地シフトは、すでに現実化しており、コーヒー、カカオ、ブドウ、米などで、生産地域・品種の変化が進んでいます。担当者の方は、自社の主要原材料の中長期的な生産適地シフトを、シナリオ分析の中で扱う必要があります。
食品・農業業界のサプライチェーン規制で、ここ数年で最大の動きは、EUDR(EU Deforestation Regulation、EU森林破壊規則)です(欧州委員会)。
EUDRの主要内容:
EUDR適用は、対象品目の上流サプライチェーンの構造変化を引き起こします。インドネシア、マレーシアのパーム油農園、ブラジルの大豆・肉牛、コートジボワール・ガーナのカカオ、コロンビア・ブラジルのコーヒーの生産者まで、EU向け輸出のためにジオロケーション情報の整備、森林破壊フリーの証明が必要になります。
担当者の方は、自社のEUDR対象品目の調達状況を棚卸しし、サプライチェーン上のトレーサビリティを整え、RSPO・ProTerra・Rainforest Alliance・Bonsucroといった第三者認証を活用しながら、EUDR対応の進んだサプライヤーへ段階的に調達をシフトしていく——この流れを3〜5年計画で組み立てる必要があります。
並行して、米国UFLPA(ウイグル強制労働防止法)の農産物(綿、トマト等)への適用、英国のForest Risk Commodities規制、その他地域の同様の動きも、ウォッチが必要です。
食品業界の脱炭素・サステナビリティー戦略の中で、もう一つの大きな潮流が、代替タンパク質(Alternative Proteins)です。
主要カテゴリ:
戦略的な位置づけは多面的です。SBTi FLAGの削減経路(畜産メタンの削減、土地利用変化の緩和)として、またScope3カテゴリ1の削減(牛肉等の原材料からのシフト)として効く一方、健康志向やZ世代の食習慣変化を捉えた新規市場機会でもあります。EUやシンガポール等で培養肉の販売承認が進むなど規制下の選択肢も広がりつつありますが、既存事業との共食い(Cannibalization)リスクも同時に見据える必要があります。
主要食品メーカーの動きも活発で、Nestlé、Unilever、Tyson Foods、JBS、Cargillといった伝統的な食品大手が代替タンパク質へ投資し、自社ブランドを展開しています。日本でも、不二製油、日清食品、伊藤ハム、丸大食品、ニチレイなどが参入しています。
代替タンパク質市場は、コスト競争力、消費者受容、規制承認の進展で、2030〜2040年に主要なセグメントに成長する可能性があります。担当者の方は、自社の事業ポートフォリオの中での位置づけを、3〜10年スパンで戦略的に検討する必要があります。
食品ロス・廃棄物は、食品・農業業界のサーキュラー戦略の中核論点です(弊社過去記事「サーキュラーエコノミー実装」もご参照ください)。
目標面では、SDG 12.3が2030年までに世界の小売・消費者レベルの食品廃棄を半減させることを掲げ、日本も食品ロス削減推進法(2019年施行)で2030年までに2000年度比半減を、FAOのFood Loss and Wasteも2030年までに50%削減を目指しています。
取り組みはバリューチェーンの各段で異なります。上流(生産・加工)では歩留まり向上・副生成物の活用・規格外品の流通、中流(卸・小売)では賞味期限管理・需要予測・寄付やフードバンク連携、下流(消費者)では廃棄削減の教育や家庭での対策が中心です。全体を束ねる動きとしては、FAO・WRAPの「Champions 12.3」やConsumer Goods Forumの「Food Waste Coalition」があります。
サーキュラー指標とも接続します。MCI(Material Circularity Indicator)やCTI(Circular Transition Indicators)、Scope3のカテゴリ5(廃棄物)・カテゴリ12(販売後廃棄)が接点で、弊社過去記事「サーキュラーKPI:MCI・CTI・ISO 59000とScope3を、ひとつの動線で管理する」とも直結する論点です。
食品・農業サプライチェーンの上流には、世界中の小規模農家・労働者が広がっています。彼らの人権・労働環境への配慮は、業界の構造的責任です。
主要な論点:
主要な認証・取り組み:
CSDDD(弊社過去記事「CSDDD後の人権DD実装」参照)、UFLPA、各国法の波及で、食品・農業業界のサプライチェーン人権DDは、規制対応の対象として明確化されつつあります。
最後に、食品・農業業界のサステナビリティー戦略で、避けたいパターンを一つ。
汎用ESG論点(気候、自然、人権、人的資本、ガバナンス)を並べたマテリアリティ・マトリクスで戦略を組むと、業種固有論点(FLAG、再生農業、代替タンパク質、原材料脆弱性、食品ロス)の相互関係と、自社の戦略軸が見えにくくなります。
担当者の方におすすめしたいのは、これらを業種戦略の本筋に組み立て直すことです。SBTi FLAG・SAI Platform・Regen10・OP2Bといった業種別フレームを戦略の中核に据え、主要原材料ごとの脆弱性とサプライチェーン論点を調達戦略に反映する。再生農業への投資はSBTi FLAG・自然関連目標・サプライチェーン強靭化の交差点で設計し、代替タンパク質は事業ポートフォリオの中で長期的に位置づける。EUDRやUFLPA、各国規制には先行して備え、食品ロス削減はサーキュラーKPI(MCI・CTI・Scope3)と統合して管理する——こうした筋立てです。
形だけ汎用ESGに合わせるのか、業種特性を踏まえた戦略を作るのか。担当者の方の意識付けで、食品・農業という構造的に複雑な業種でのサステナビリティー戦略の質は、確実に変わります。
【ご相談窓口】 弊社(株式会社KI Strategy)では、食品・農業業界のサステナビリティー戦略、SBTi FLAG対応、再生農業設計、原材料調達戦略、EUDR対応の伴走支援を実施しています(専門家プラットフォームSasla経由のご相談も可)。食品・農業の業種戦略でお悩みの方は、論点の棚卸しからご一緒します。
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