CCUS(CO2回収・利用・貯留)、DAC(直接大気回収)、リムーバル・クレジットは、ネットゼロの「最後の1〜10%」を埋める手段として位置づけが上がっています。Microsoft・Stripe・Frontier・日本のCCS事業法、永続性論争を担当者向けに取り扱う。
ネットゼロの議論を進めていくと、必ず行き当たる論点が「残余排出量(residual emissions)をどう中和するか」です。SBTiのCorporate Net-Zero Standardでも、Scope1+2+3の絶対排出量を90%以上削減した上で、残余をリムーバル(除去)で中和することが要件です。
つまり、ネットゼロは「ゼロにする」ではなく、「90%以上削減+残り10%未満をリムーバルで中和」という構造です。この「最後の1〜10%」を埋める技術として、CCUS(Carbon Capture, Utilization and Storage)、DAC(Direct Air Capture)、自然ベース・リムーバル(植林、土壌固定、海洋関連)、地熱関連、生物炭(biochar)、岩石風化加速(enhanced rock weathering)などが、注目されています。
実務で最初に問われるのは、たいてい量の話です。自社のネットゼロ目標を達成するのに、リムーバル・クレジットをどこまで使ってよいのか。
そこから、Microsoft・Stripe・Googleのような大型購入契約を自社の規模で真似できるのか、日本のCCS事業法(2024年5月成立、2026年4月施行)が何をもたらすのか、永続性の低いリムーバルをどう評価するのか、SBTi V2.0で位置づけがどう変わるのか、と論点が枝分かれしていきます。
以降、CCUS・DACの技術論、リムーバル・クレジットの市場、品質規律、そして企業の関わり方を取り上げます。
最初に、用語を整理しておきます。**リダクション(Reduction、削減)**は、自社の排出を絶対量で減らすことで、Scope1+2+3の各カテゴリでの削減を指し、near-term・Net-Zeroの両方で必須となるSBTi目標の主軸です。**リムーバル(Removal、除去)**は、大気中のCO2を物理的に取り除いて長期にわたり貯留するもので、自然ベース(森林・土壌・湿地)と技術ベース(DAC・CCS・生物炭)があり、SBTi目標では残余排出量を中和する手段に位置づけられます。**オフセット(Offset、コンペンセーション)**は、他者の排出削減・除去を自社の排出と相殺する古典的なカーボンクレジット(REDD+、再エネ、省エネ等)で、SBTiの主目標達成には原則使えません(残余中和に許容されるのはリムーバル・クレジットだけです)。
これらは、似ているようで戦略上の意味がかなり違います。SBTi V2.0(弊社過去記事「SBTi V2.0と認定企業の再評価」参照)でも、リムーバルとオフセット(リダクション・クレジット)の位置づけ整理が、改訂の主要論点になっています。
CCUSは、CO2を回収して貯留する(CCS)か、利用する(CCU)か、その両方かの総称です。**CCS(Carbon Capture and Storage)**は、産業排ガスからCO2を回収し、地中(油ガス田、塩水帯水層)に圧入・貯留するもので、Sleipner(ノルウェー、1996年〜)、Boundary Dam(カナダ)、Petra Nova(米国、2017〜2020)が代表例、日本でも苫小牧CCS実証(Tomakomai CCS)に加え、北海道・新潟・東北・北部九州で候補地評価が進んでいます。CCU(Carbon Capture and Utilization)は、回収したCO2を化学品・燃料・建材として利用するもので、CO2由来メタノール・ポリオール・尿素・CO2固定コンクリートなどがあり、CarbonCure(CO2固定コンクリート)、Climeworks+ON Power、三菱重工エンジニアリング等が代表的です。両者を組み合わせた総称がCCUSですが、実用上はCCSが主軸で、CCUは部分的な活用にとどまることが多いのが現状です。
日本のCCS事業法(2024年5月成立、2026年4月施行)は、CCS事業の許可制度、貯留区域指定、長期管理責任の枠組みを整備しています。これにより、商業的なCCS事業が国内で動き始める制度的基盤ができました。
DACは、大気中のCO2を直接除去する技術で、リムーバル・クレジットの中核として注目されています。
技術アプローチは主に3つです。液体溶媒法は水酸化カリウム等の液体でCO2を吸収し加熱で脱離させる方式(Carbon Engineering、Climeworks初期)、固体吸着法はアミン系吸着材で吸着し減圧・加熱で脱離させる方式(Climeworks Mammoth、Heirloomの石灰利用)、そして電気化学的法はまだ研究段階です。
特徴として、大気中のCO2濃度(NOAAの観測で420ppm台)は産業排ガス(数〜30%)より桁違いに低いため、DACはどうしてもエネルギー集約的になります。同じ1トンを回収するのに、薄いところから集めるほど余計にエネルギーが要る、という単純な物理の話です。コストは1トンCO2あたり300〜1,000ドル超(2024年水準)で、スケール拡大により100〜200ドルが目標です。地中貯留と組み合わせれば1,000年以上の永続性が得られる一方、スケールはまだ小さく、2025年時点で世界の運用中DAC施設の合計除去能力は数千〜1万トンCO2/年規模、2030年に数百万〜千万トンが目標とされています。
代表的なプレイヤーとしては、Climeworks(スイス)がMammothプラント(アイスランド、2024年稼働)を、Carbon Engineering(カナダ、Occidentalが買収)がStratos(米テキサス、2025年稼働予定)を進め、Heirloom(米国)は石灰サイクル方式、1PointFive(Occidental子会社)はDACハブを計画しています。日本では川崎重工、東京ガス、富士電機などが研究・実証段階にあります。
DACは、まだコストが高く、商業性が確立していませんが、最も「測定可能・永続的・追加的」なリムーバル技術として、品質規律の観点で評価が高いカテゴリです。
リムーバル・クレジット市場を、需要側から作っているのが、Microsoft、Stripe、Frontier等の大手テック企業です。
Microsoftは、2030年カーボンネガティブ・2050年に創業以来の累計排出の中和を掲げ、DAC・生物炭・岩石風化・海洋アルカリ化などにわたる複数年・大規模なリムーバル購入契約を、1PointFive・Climeworks・Heirloom・Carbonfuture等と結んでいます。**Stripe Climate(現Frontier)**は、Stripe、Alphabet(Google)、Shopify、Meta、Walmart、JPMorgan、McKinseyなどが共同設立した枠組みで、2022〜2030年の10年間で9億2,500万ドル超のリムーバル購入をコミットしています(Frontier)。供給者の選定・契約はFrontierが担います。Climeworks Climate PioneersにもMicrosoft、Stripe、Shopify、UBS、Swiss Reなどが初期顧客として名を連ねます。
こうした大手テックの大型購入は、高コスト技術への先行需要を生む初期市場形成、永続性・追加性・測定可能性・ダブルカウント回避といった品質規律の標準化、そして他企業の参入促進という効果を持っています。
ただし、すべての企業が同じ規模で参画するのは現実的ではなく、自社の規模・戦略・目標に応じた現実的なリムーバル戦略が必要です。
リムーバル・クレジットの品質を評価する基準は、業界横断で議論が進んでいます。
品質を見る主要な軸は、まず永続性(Permanence)——CO2が大気から除去され続ける期間で、地中CO2貯留は1,000年以上、森林は数十〜数百年、土壌は数十年単位と幅があります。次に、そのプロジェクトがなくてもCO2は除去されたかを問う追加性(Additionality)、除去量を正確に測れるかという測定可能性(Measurability)、継続的なモニタリング・報告・検証を指すMRV(Monitoring, Reporting, Verification)、排出が他へ転移していないかを見るリーケージ(Leakage)、そしてダブルカウントの回避です。これらの観点で、リムーバル技術別の品質格付けが業界横断で議論されています。
技術別の品質感:
主要な品質規律フレームとしては、ICVCM(Integrity Council for the Voluntary Carbon Market)のCore Carbon Principles(CCP)、VCMI(Voluntary Carbon Market Integrity Initiative)のClaims Code、ISO 14064・14065・14066シリーズ、そしてArticle 6(パリ協定第6条)があります。これらは、弊社の関連記事「カーボンクレジット品質規律:ICVCM・VCMI・Article 6」でより詳細に取り上げます。
日本では、2024年5月にCCS事業法(二酸化炭素の貯留事業に関する法律)が成立し、2026年4月施行です。これにより、商業的CCS事業の制度的基盤が整い、国内CCS開発が加速します。
日本のCCSの主要候補地:
経済産業省のCCS長期ロードマップでは、2050年時点の想定年間貯留量を1.2〜2.4億トンと置き、そこから逆算して2030年の事業開始以降、毎年600〜1,200万トンずつ年間貯留量を積み増す必要があるとしています。2.4億トンという上限側は、日本の現在の排出量のおよそ2割に相当する規模です。
産業セクター別では、電力(石炭・LNG火力+CCS)、鉄鋼(高炉+CCS、CCUS)、化学(化学プロセス排ガス)、セメント(プロセス由来CO2)、水素・アンモニア製造(ブルー水素・ブルーアンモニア)あたりが、CCSの主要な適用先になります。
担当者の方は、自社の事業特性で、CCSの活用が選択肢に入るかを、3〜10年スパンで戦略的に検討する必要があります。
SBTi V2.0(2025年3月初回ドラフト、11月第2回ドラフト、2026年公表予定)の改訂議論で、リムーバルの位置づけは大きな論点の一つです。
現行のV1は、near-term・Net-Zero目標の達成にカーボンクレジットの利用を原則認めず、残余排出量のニュートラリゼーション(中和)には永続的な除去(リムーバル)を推奨しています。議論中のV2.0では、リムーバルとリダクションの区別をより精緻化したうえで、near-term期間中の限定的なBVCMアプローチでのクレジット活用、残余排出量の具体的なリムーバル要件、ICVCM・VCMIと整合したクレジットの品質基準などが論点になっています。
V2.0最終版次第で、企業のリムーバル投資戦略・購入戦略は変わってきます。担当者の方は、V2.0改訂動向をウォッチしつつ、自社のリムーバル戦略を3〜5年計画で組み立てる必要があります。
最後に、リムーバル戦略で、避けたいパターンを一つ。
リムーバル・クレジットの存在を理由に、自社のリダクション(絶対削減)を緩める、というアプローチは、SBTi・機関投資家・規制当局・市民社会から、強く批判される構造です。
リムーバルは、絶対削減を「最大限進めた上で」、残余を中和するための手段、という位置づけが、業界の規範的な扱いです。
担当者の方におすすめしたいのは、次のような筋立てです。自社のScope1+2+3の絶対削減を主軸に据え、リムーバルは補完として位置づける。リムーバル投資は永続性・追加性・測定可能性といった品質基準を厳格に確認し、MicrosoftやFrontierの先行事例を参考に自社の規模・戦略に合った購入計画を組み立てる。日本のCCS事業法施行を機に自社の事業特性での活用可能性を評価し、SBTi V2.0改訂後のリムーバル位置づけの変化を認定取得・更新の戦略に折り返す。そのうえで、リムーバル戦略を統合報告書で透明に開示する——こうした組み立てをおすすめします。
形だけリムーバルを語って削減から逃げるか、リダクション主軸+リムーバル補完の本物の戦略を作るか。担当者の方の意識付けで、ネットゼロ戦略の信頼性は確実に変わります。
【ご相談窓口】 弊社(株式会社KI Strategy)では、ネットゼロ戦略、リムーバル戦略、CCUS・DAC評価、SBTi V2.0対応の伴走支援を実施しています(専門家プラットフォームSasla経由のご相談も可)。リムーバルを自社戦略にどう取り込むかでお悩みの方は、お話を聞かせていただければと思います。
定額制 / サステナビリティ専門家プラットフォーム
最初の一歩でつまずく論点に、現役の専門家が定額で並走します。チャットで日次、月次セッションで構造化し、社内に持ち帰れる整理メモまで一緒に作成します。
個別契約 / ESG・サステナビリティ伴走支援
本稿で扱った論点を、組織の規律として実装するための個別支援。マテリアリティ更新、開示設計、社内浸透まで、編集主幹がプロジェクトを率いてご一緒します。
隔週金曜の朝、編集部が選んだ1本と、サステナビリティ業界動向の3行サマリーをお届けします。広告なし、退会はワンクリック。
30分の問診で、御社の論点を編集部が言語化します。 Saslaの定額相談、または KI Strategy の伴走支援へお繋ぎします。
30分の問診を申し込む →