コロンビア大学Sabin Center/LSEのGrantham研究所のデータベースで世界の気候訴訟は2,500件超。ウルゲンダ訴訟、ClientEarth対Shell派生訴訟、国内の神戸石炭火力訴訟などを踏まえ、開示・移行計画・取締役会の対応設計と、D&O保険の動向を担当者向けに取り扱う。
気候変動関連の訴訟(Climate Litigation、気候訴訟)が、世界的に急増しています。
米コロンビア大学Sabin Center for Climate Change LawとLondon School of Economics(LSE)のGrantham Research Instituteが運営するデータベース(Climate Change Litigation Databases)によると、世界の気候訴訟の累計件数は2010年代後半以降に急速に拡大し、近年の集計では2,500件を超えています(LSE Grantham研究所。2024年版Global Trendsでは累計約2,967件)。同研究所の年次レポートGlobal Trends in Climate Change Litigationでも、企業を被告とする訴訟比率の上昇、グリーンウォッシュ訴訟の急増、戦略的訴訟の多様化が指摘されています。日本でも、神戸石炭火力発電所訴訟、JERA石炭火力訴訟、横浜のコスモ石油LP訴訟(株主提案権との関連)など、企業を被告とする訴訟事例が複数報じられています。
ご支援先からも、自社のサステナビリティー開示が訴訟の根拠にされるリスクをどう評価するか、取締役会の気候戦略への関与不足が取締役個人への訴訟につながらないか、サプライチェーン上の気候問題が自社への訴訟につながるか、D&O保険(取締役・役員賠償責任保険)の補償範囲が気候訴訟をカバーしているか——こうした相談を頂くようになっています。
気候訴訟は、被告と争点で大きく以下の三類型に分けられます。
類型①:政府・規制機関を被告とする訴訟
「気候変動対策が不十分」として、政府の政策や規制機関の判断を争うパターン。代表例は、オランダのウルゲンダ訴訟(2019年12月オランダ最高裁判決で、政府に対し1990年比25%以上の温室効果ガス削減義務を確定的に課した)。
類型②:企業を被告とする訴訟
化石燃料企業、電力会社、自動車メーカーなどを被告として、
などが提起されるパターン。
類型③:取締役・役員個人を被告とする訴訟
取締役の善管注意義務違反を理由に、気候変動対応を怠ったとして、取締役個人を被告とする訴訟。英国ClientEarthによるShell取締役個人を被告とする派生訴訟(2023年)が代表例で、イングランド・ウェールズ高等法院は提訴許可を却下しましたが、取締役個人を直接対象とする新しい訴訟形態として国際的に注目されました。
担当者の方は、自社が直面する可能性のある類型を、業種・地域・事業特性に照らして見極めることが、出発点になります。
近年の気候訴訟で増えているのが、企業のサステナビリティー開示そのものを根拠とする訴訟です。
たとえば、
これらは、開示の質と実態の乖離が、訴訟の根拠になる構造です。
「開示すれば終わり」「立派な宣言を出せば終わり」では、むしろ訴訟リスクを増やす可能性がある、という時代になっています。
気候訴訟リスクに対する取締役会の対応設計には、いくつかのポイントがあります。
第一に、気候関連リスクを、リスクマップ・リスクマトリックスに正式に組み込むこと。これは、TCFD/IFRS S2/SSBJの開示要件とも整合します。気候リスクが取締役会の議題に「上がっていない」状態は、善管注意義務違反の論点になりやすくなります。
第二に、サステナビリティー開示の責任分担を明確にすること。誰が(CEO、CFO、CSO、開示担当役員)、どの開示について、最終承認の責任を負うか。文書化と運用の両方が必要です。
第三に、移行計画の実装と進捗を、定期的にレビューすること。弊社過去記事「クライメート・トランジション・プランの実装」でも触れたように、「計画があるのに進捗がない」状態は、訴訟リスクと開示信頼性の両面で問題になります。
第四に、サプライチェーン・人権DDの実施記録を整備すること。CSDDDの直接適用がない日本企業も、サプライチェーン上の問題が訴訟の根拠になる可能性があります。
第五に、サステナビリティー委員会・リスク委員会と取締役会の連携を、議事録レベルで残すこと。形式的な議論ではなく、実質的な議論があったことの記録は、訴訟対応の重要な防御線になります。
D&O保険(Directors and Officers Liability Insurance、役員賠償責任保険)の補償範囲が、気候訴訟をどこまでカバーするかも、重要な論点です。
近年、保険会社側で気候訴訟関連の補償条件を見直す動きが広がっており、
などの動向が、グローバルで見られます。
担当者の方には、自社のD&O保険契約を、保険会社・代理店と定期的にレビューし、気候訴訟リスクの補償範囲を明確化することをおすすめします。
最後に、気候訴訟リスクへの対応で、最も避けるべきパターンを挙げておきます。
「ネットゼロ宣言だけして、実装は伴っていない」「サステナビリティー開示を派手に出すが、社内の事業計画と乖離している」「グリーンウォッシュ気味の広告で、訴訟リスクを意識しないまま発信している」――こうした「形だけ気候対応」は、実は、訴訟リスクを最も高める行動です。
逆に、控えめでも、実装を伴った気候対応と、率直なリスク・課題開示の方が、訴訟リスクを下げる方向に働きます。
担当者の方には、気候訴訟リスクの増加を、自社の気候対応を「形だけ」から「実装」に引き上げる機会として位置づけ直されることを、おすすめします。
訴訟リスク管理は、サステナビリティー戦略の脇役ではなく、主役の一つです。
【ご相談窓口】 弊社(株式会社KI Strategy)では、気候訴訟リスクのアセスメントと、ガバナンス設計の伴走支援を実施しています(専門家プラットフォームSasla経由のご相談も可)。取締役会の気候対応や、開示・移行計画のリスク点検でお悩みの方は、一度、現状の診断からご相談ください。
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