カーボンクレジット市場は、ICVCM Core Carbon Principles、VCMI Claims Code、パリ協定Article 6、SBTi V2.0の改訂で大きく転換中。クレジット購入企業がどう品質を見抜き、ダブルカウント・グリーンウォッシュを避けるかを、担当者向けに取り上げる。
カーボンクレジット市場は、ここ2〜3年で大きな転換期に入っています。
VERRA、Gold Standardなどの主要登録機関による森林保全クレジット(REDD+)の品質問題、ガーディアン紙等のメディアによる調査報道(多くのプロジェクトの実際の削減効果が誇張されているとの指摘)、ICVCMによる品質規律フレーム(CCP)の整備、VCMIのClaims Code、パリ協定Article 6(ITMOs、PACMs)の運用化――こうした動きが、同時並行で進んでいます。
急増しているのは、過去に遡る形の相談です。「これまで買ってきたクレジットの品質に、問題はないか」。
報道で名指しされたプロジェクト類型が自社のポートフォリオに含まれていないか、という確認から始まり、そこからICVCM CCPラベル付きを優先すべきか、VCMI Claims Codeに沿って自社の主張を整理し直す必要があるか、パリ協定Article 6.2/6.4の国際クレジットをどう扱うか、SBTi V2.0で位置づけがどう変わるか、と論点が広がっていきます。
以下では、カーボンクレジット品質規律の現状、主要フレーム、企業の購入・利用の実務ポイントを取り上げます。
カーボンクレジット市場は、大きく2つに分かれます。
**義務市場(Compliance Market)**は、国・地域の排出量取引制度下の排出枠で、EU ETSのEUA、カリフォルニア州CCA、東京都キャップ・アンド・トレード、GX-ETSクレジット、韓国KAU等があり、規制対象企業が義務遵守のために購入します。**自主市場(Voluntary Carbon Market、VCM)**は、規制対象外の企業・組織がカーボンニュートラル等の主張のために自主的に購入する市場で、主要登録機関はVERRA(VCS)・Gold Standard・ACR・CAR・PlanVivo、プロジェクト類型は再エネ・省エネ・森林保全(REDD+)・植林・土壌固定・メタン回収・CCUS・DAC等です。
VCMは、義務市場と比べて取引規模がかなり小さい市場です。Ecosystem Marketplaceの集計では、2022年に20億ドル近くあった取引額が、2023年には7億ドル台まで縮小しました。品質批判を受けてREDD+や再エネ由来クレジットの取引が落ち込んだことが主因です。市場規模の縮小そのものが、品質規律の議論がいかに実需へ跳ね返るかを示しています。それでも企業のネットゼロ・カーボンニュートラル戦略の道具として広く使われ、ここ数年で品質規律の議論が集中している領域です。
ICVCM(Integrity Council for the Voluntary Carbon Market)は、2021年にTaskforce on Scaling Voluntary Carbon Markets(マーク・カーニー氏主導)の後継として設立された、独立した品質規律機関です(ICVCM)。
ICVCMが整備したCCP(Core Carbon Principles)は、自主市場のカーボンクレジットの品質を、業界横断で評価するフレームです。CCPの10原則は、次のとおりです。
ICVCM CCPの審査は、プロジェクト類型・メソドロジーのカテゴリ単位の評価と、VERRA・Gold Standard等の登録機関単位のガバナンス評価で行われ、個別プロジェクトレベルではなくメソドロジーレベルで認定され、CCPラベル付きクレジットが市場で品質の高いクレジットとして区別される設計です。
2024年から、CCP承認カテゴリが順次公表され、2025〜2026年で承認カテゴリが拡大していく見通しです。
VCMI(Voluntary Carbon Market Integrity Initiative)は、ICVCMと対をなす形で、企業側のクレジット利用と主張のガイドラインを整備しています(VCMI)。
VCMI Claims Code of Practice(2023年6月公表、その後改訂)は、カーボンクレジット購入企業が社外発信でどう主張すべきかのガイドラインで、Silver・Gold・Platinumの3レベルを定めています。
いずれのレベルでも、ICVCM CCP対応クレジットの使用が前提です。
VCMI Claims Codeの本質は、「クレジットを買えばカーボンニュートラル」という単純な主張は通用せず、自社の絶対削減(リダクション)を主軸とした上で補完的にクレジットを使い、主張のレベルに応じた削減実績とクレジット購入の組み合わせを示す、という企業のClaim構造の規律です。
企業の担当者の方は、自社のカーボンニュートラル発信、SLBのSPT、サステナビリティーレポートでの記述を、VCMI Claims Codeに照らして点検する必要があります。
パリ協定第6条は、国家間・市場間のCO2削減・除去のクレジット取引メカニズムを規定しています。
Article 6.2は、国家間の協調的アプローチ(cooperative approaches)でITMOs(Internationally Transferred Mitigation Outcomes)を取引する、主に二国間・地域間の取り決めで、日本のJCM(Joint Crediting Mechanism)はこれに整合しています。Article 6.4は、パリ協定下の集権的市場メカニズム(PACM、Paris Agreement Crediting Mechanism)で、京都議定書のCDMの後継としてUNFCCCが国際的なクレジット発行・取引を管理し、2024年COP29でルールが最終化、2025〜2026年から実装されます。
Article 6が運用化されると、政府間で取り扱われる国際クレジットが、企業の自主市場でも参照される可能性があります。日本のJCMは、すでに国際クレジットとして整備が進んでおり、GX-ETSでの活用上限設定も含めて、企業実務に直接影響します(弊社過去記事「GX-ETS本格義務化への実務対応」もご参照ください)。
弊社過去記事「SBTi V2.0と認定企業の再評価」でも触れましたが、SBTi V2.0改訂(2026年公表予定)では、クレジット活用ルールが見直しの対象です。
V1(現行)の原則では、Scope1+2+3の削減目標達成にリダクション・クレジット(オフセット)は原則使用不可で、残余排出量のニュートラリゼーション(中和)には永続的なリムーバル・クレジットが推奨されていました。V2.0(議論中)では、near-term期間中の限定的なBVCM(ベイヨンド・バリューチェーン緩和)アプローチでのクレジット活用、残余排出量の具体的なリムーバル要件、ICVCM CCP・VCMI Claims Codeと整合したクレジットの品質基準、短期削減を伴う「Climate Contributions」アプローチの位置づけが、方向として示されています。
ただし、V2.0でも、「クレジットでオフセットすればいい」という方向には決して進まず、自社削減(リダクション)を主軸とする原則は維持される見通しです。
担当者の方が、カーボンクレジットを購入・利用する際の、実務的な確認ポイントを5つに挙げます。
ポイント①:ICVCM CCPラベルの有無。 CCPラベルが付いたカテゴリのクレジットを優先選定します。CCPラベルがないクレジットも、登録機関のメソドロジーやSylvera・BeZero・Calyx Global等のクレジット格付け会社による独立評価で品質を確認します。
ポイント②:プロジェクト類型と永続性。 リムーバル(DAC、生物炭、岩石風化、長期土壌固定、地中貯留CCS)とリダクション(再エネ、省エネ、メタン回収)を区別し、残余排出量の中和には永続性の高いリムーバルが規範的です。
ポイント③:追加性とリーケージ。 プロジェクトがクレジット収入なしには成立しなかったか(追加性)、排出が他地域に転移していないか(リーケージ)を確認します。
ポイント④:地理的・社会的影響。 プロジェクトの所在地、地域コミュニティへの影響、先住民・地域住民との対話、Just Transition的観点を点検します。
ポイント⑤:自社のClaim設計。 VCMI Claims Codeに整合した主張レベルを設定し、社外発信でのダブルカウント・誇張表現を回避します。
カーボンクレジットの品質を評価する独立した格付け会社が、2020〜2025年にかけて急速に成長しました。主要なプレイヤーは、次のとおりです。
これらの格付けは、購入企業がクレジット選定で参照する補助情報として機能しています。複数の格付けが分かれることもあり(特に同じプロジェクトでSylvera AAAとBeZero Cが共存するケースも)、複数評価を組み合わせる慎重さが必要です。
カーボンクレジットを使った「カーボンニュートラル」「ネットゼロ」発信は、グリーンウォッシュ訴訟リスクと直結します。主要な訴訟事例には、次のものがあります。
これらは、基準なしの「カーボンニュートラル」主張、低品質クレジットでのオフセット、自社削減の進捗を伴わないクレジット依存、科学的根拠の不十分さといった論点で、法廷で争われています。
担当者の方は、自社のクレジット利用・主張を、訴訟リスクの観点でも点検する必要があります。
カーボンクレジットは、適切に使えば、自社削減(リダクション)の補完として、ネットゼロ達成の道具になります。ただし、自社の絶対削減を主軸とし、残余排出量にのみクレジットを使い、ICVCM CCP・VCMI Claims Codeの品質規律に整合し、主張のレベルを自社の削減実績とクレジット購入の組み合わせで設計し、パリ協定Article 6・SBTi V2.0の動向を継続ウォッチし、グリーンウォッシュ訴訟リスクを認識すること――これらが、クレジットを使う上での前提条件です。
担当者の方には、
このあたりを、年次の運用に組み込むことをおすすめします。
形だけクレジットでカーボンニュートラルを謳うか、品質規律に整合した本物のクレジット戦略を作るか。担当者の方の意識付けで、自社のクライメート戦略の信頼性は、確実に変わります。
【ご相談窓口】 弊社(株式会社KI Strategy)では、カーボンクレジット品質評価、VCMI Claims Code整合のClaim設計、リムーバル戦略、Article 6・SBTi V2.0対応の伴走支援を実施しています(専門家プラットフォームSasla経由のご相談も可)。クレジットを自社戦略にどう活用すべきかでお悩みの方は、論点の棚卸しからご一緒します。
定額制 / サステナビリティ専門家プラットフォーム
最初の一歩でつまずく論点に、現役の専門家が定額で並走します。チャットで日次、月次セッションで構造化し、社内に持ち帰れる整理メモまで一緒に作成します。
個別契約 / ESG・サステナビリティ伴走支援
本稿で扱った論点を、組織の規律として実装するための個別支援。マテリアリティ更新、開示設計、社内浸透まで、編集主幹がプロジェクトを率いてご一緒します。
隔週金曜の朝、編集部が選んだ1本と、サステナビリティ業界動向の3行サマリーをお届けします。広告なし、退会はワンクリック。
30分の問診で、御社の論点を編集部が言語化します。 Saslaの定額相談、または KI Strategy の伴走支援へお繋ぎします。
30分の問診を申し込む →