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CSDDD後の人権DD実装|UNGP・OECD軸での優先順位づけ

CSDDDの簡素化議論が進む中でも、UNGP(2011年)・OECD多国籍企業行動指針(2023年改訂)・経産省ガイドライン(2022年)・各国法は健在です。人権DDの6ステップ、ステークホルダー対話、救済措置、サプライヤー協働の現実解を、担当者向けに取り上げる。

CSDDD後の人権DD実装|UNGP・OECD軸
FIG. 01 / CSDDD後の人権DD実装|UNGP・OECD軸PHOTOGRAPHY / ARCHIVE

「人権デューデリジェンス(人権DD、HRDD)」という言葉、ここ数年で日本企業の中でも一気に普及しました。経産省が2022年9月に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を公表してから(経済産業省)、人権DDを正式に組織化する企業が、業種・規模を問わず増えてきています。

ところが、欧州側でCSDDD(企業サステナビリティー・デューデリジェンス指令)の簡素化議論が進み、Stop the Clock指令で適用が1年延期され、Omnibus Iで実体的な簡素化が決まったことで、現場では「結局、CSDDDはやるのか、やらないのか」という戸惑いも聞きます。

ただ、CSDDDが揺れても、人権DDの背骨であるUNGP(国連ビジネスと人権に関する指導原則、2011年)、OECD多国籍企業行動指針(2023年6月改訂)、各国の個別法(独LkSG、米UFLPA、仏注意義務法、英現代奴隷法、ノルウェー透明性法)、日本の経産省ガイドラインは、まったく止まっていません。

以下では、CSDDD後の世界で、人権DDをどう実装するかを、担当者の方向けに順に追います。

UNGPとOECD:人権DDの背骨は20年前から動いている

人権DDの議論を整理するときに、最初に押さえておくべきは、UNGPとOECDという2つの国際的な背骨です。

UNGP(United Nations Guiding Principles on Business and Human Rights、ジョン・ラギー教授が起草)は、2011年に国連人権理事会で全会一致で承認された、企業の人権尊重責任に関する基本原則です。「保護・尊重・救済」の三本柱(Protect、Respect、Remedy)で構成され、企業セクターには第二の柱「人権を尊重する責任」が中心に置かれています。

UNGPの中核は、人権方針(Policy Commitment)、影響の特定・防止軽減・対応の追跡・伝達からなる人権DD(Human Rights Due Diligence)、そして負の影響に対する救済へのアクセス(Remediation)の3つで、これがすべての関連法・ガイドライン・基準の構造的な土台になっています。

OECD多国籍企業行動指針(OECD Guidelines for Multinational Enterprises on Responsible Business Conduct、最新版は2023年6月公表の改訂版)は、UNGPと整合する形で、人権・労働・環境・贈収賄・消費者・税務などを包含する企業行動指針として、各国政府を通じて適用されます。「OECD多国籍企業行動指針に関する国家窓口(NCP)」が各国に設置されており、行動指針違反のNCP申立ては、紛争解決の準司法的経路としても機能します。

CSDDDも、米UFLPAも、独LkSGも、経産省ガイドラインも、すべてUNGP・OECDの土台の上に乗っています。CSDDDの揺れに振り回されず、UNGP・OECDという背骨を見失わない姿勢が、人権DDの実装では地味に効きます。

人権DDの6ステップ:抽象論ではなく、運用OS

OECD「Due Diligence Guidance for Responsible Business Conduct」(2018年)と、その業種別ガイダンスでは、人権DDのプロセスを6ステップで整理しています。

  • ステップ1:方針とマネジメントシステムへの組み込み
  • ステップ2:実際および潜在的な負の影響の特定・評価
  • ステップ3:負の影響の停止、防止、軽減
  • ステップ4:実施状況と結果の追跡
  • ステップ5:影響への対応に関する伝達(コミュニケーション)
  • ステップ6:救済の提供または救済への協力

このうち、ご支援先で詰まりやすいのは、ステップ2(影響の特定)と、ステップ6(救済)です。

ステップ2は、自社のバリューチェーン全体で、どこにどんな人権リスクがあるかを特定する作業ですが、上流のサプライチェーン(特にtier 2、tier 3、原材料の生産現場)まで遡るほどデータが薄くなり、リスクヒートマップが大雑把なものに止まりがちです。リスクの優先順位付け(深刻度、範囲、是正不能性、発生可能性で評価)を、リスクごとの粒度で具体化していく作業が、地道ながら避けられません。

ステップ6は、被影響者(労働者、地域コミュニティ、消費者等)が、自社の関与する人権侵害について、苦情・相談・救済を求めるアクセスポイントを提供する仕組みです。これが整備されていない企業は、まだ多くあります。「グリーバンス・メカニズム(Grievance Mechanism)」とも呼ばれます。

各国法の最新動向:CSDDDだけを見ない

CSDDD以外の人権DD関連法を、整理しておきます。

  • ドイツのサプライチェーン法(LkSG、Lieferkettensorgfaltspflichtengesetz):2023年1月施行、従業員1,000人以上のドイツ企業が対象(当初は3,000人以上、2024年から1,000人以上に拡大)。サプライヤーの人権・環境DDが義務化
  • 米国のUFLPA(Uyghur Forced Labor Prevention Act):2022年6月施行、新疆ウイグル自治区由来の製品に強制労働を推定し、輸入を原則禁止
  • フランスの注意義務法(Loi de Vigilance、2017年):従業員5,000人超のフランス企業が対象、人権・環境のVigilance Plan策定と公表を義務化
  • 英国の現代奴隷法(Modern Slavery Act 2015):年間売上3,600万ポンド以上の企業が対象、現代奴隷ステートメントの公表を義務化
  • ノルウェーの透明性法(Transparency Act、Åpenhetsloven、2022年7月施行):大企業が対象、人権DDと情報開示を義務化
  • カナダのS-211法(Fighting Against Forced Labour and Child Labour in Supply Chains Act、2024年1月発効):強制労働・児童労働関連報告義務
  • スイスの責任ある企業憲章関連法(2022年1月発効)

これらは、それぞれ対象範囲・要件・罰則が違いますが、すべてUNGP・OECD指針の上に乗っているため、対応の構造は共通します。

日本の経産省ガイドライン(2022年9月、2023年4月実務参考資料公表)は、法的義務ではなく自主的なガイドラインの位置づけですが、政府調達への接続(公共調達契約での人権DD要請)が議論されており、実質的な義務化に近づきつつあります。

サプライヤー協働:「要請」から「対話」へ

人権DDの実装で、最大の論点はサプライヤー協働です。これは弊社過去記事「サプライヤーにカーボンニュートラル要請を出す側になる時の落とし穴」でも触れた論点と、構造的に重なります。

人権DDを、自社のサプライヤーに方針遵守を要請し、SMETAやEcoVadis等のサプライヤー監査を実施し、違反が見つかったら取引停止する、という要請と監査と切り離しのモデルで運用すると、サプライヤー側のキャパシティ不足、対応負荷、根本原因の見落とし、取引停止が現地労働者の生活を直撃する等の地域コミュニティへの二次被害といった構造的問題が、すぐに浮上します。

UNGPの解説でもOECDのガイダンスでも、「leverage(影響力)を使った関係改善」が取引停止より優先される手段として位置づけられています。具体的には、サプライヤーとの長期パートナーシップによる改善計画の共同策定、現地労働者・地域コミュニティを含むステークホルダー対話、業界団体やマルチステークホルダーイニシアチブによる業界全体での共通アプローチ、取引関係の中で生じた損害への被影響者への救済アクセス提供といった救済への協力が、規範的なアプローチです。

ある繊維関連企業(欧州大手アパレルとの取引あり)のご支援では、上流の原材料調達地域(東南アジア、南アジア)で、現地NGO・労働組合・業界団体と連携した複数年のキャパシティ・ビルディング・プログラムを構築しました。短期的なコストは増えましたが、サプライヤー側の改善実績・自社の人権DD開示の信頼性・欧州大手取引先からの評価が、地味に上向いていく動きが見えています。

グリーバンス・メカニズム(救済):作るのは難しいが、ないと信頼が積み上がらない

UNGPの第3の柱「救済」は、企業セクターでは長らく後回しにされてきた領域です。

グリーバンス・メカニズム(救済の仕組み)の設計には、UNGPが示す8つの効果性基準があります。

  • 正当性(Legitimacy)
  • アクセス可能性(Accessibility)
  • 予測可能性(Predictability)
  • 公平性(Equitability)
  • 透明性(Transparency)
  • 権利適合性(Rights-compatibility)
  • 継続的学習源(Source of continuous learning)
  • 対話と関与に基づくこと(Engagement and dialogue)

これらを満たす仕組みを自社単独で作るのは現実的に難しいので、業界横断の苦情処理機構(IETP、ACT-EAP、EICC等)、JSC(Joint Stakeholder Committee)型の多事業者協働メカニズム、国別のNCPやADR制度との連携、現地NGO・労働組合との協働運用など、複数の経路を組み合わせるのが現実解です。

グリーバンス・メカニズムは「面倒な仕組み」として後回しにされがちですが、訴訟リスク管理の観点でも、機関投資家からの評価の観点でも、人権DD体系の中核として無視できない位置にあります。

人権DDと統合報告書・有報の接続

人権DDの開示は、統合報告書での人権方針・体制・主要リスク・取り組み・救済の説明、有報のサステナビリティー記載(人権の章を独立で立てるか人的資本・サプライチェーンの中で扱うかは企業判断)、独立した人権レポート、コーポレートサイトでの人権方針・グリーバンスメカニズムへのアクセス情報、といった複数経路で行われます。

機関投資家との対話では、WBA(World Benchmarking Alliance)のCorporate Human Rights Benchmark(CHRB)、強制労働リスクの高い業種を対象とするKnowTheChainのベンチマーク、BHRRC(Business & Human Rights Resource Centre)の各種データベース、年々強化されるCDPの人権関連設問などの外部評価が参照されます。

これらの評価軸を、自社の人権DD体系の自己点検に使うと、外部視点での弱点が見えやすくなります。

「人権DD実装」と「人権広報」を切り分ける

人権DDの実装で、避けたい落とし穴を整理しておきます。

人権方針を立派に作るがサプライヤー監査・救済メカニズム・現地対話までは整えない、SMETAやEcoVadis等の監査結果を「OK」のまま受け取り深掘りしない、グリーバンス・メカニズムを設置したと開示するが実際の運用件数・対応事例が報告されない、統合報告書では人権を強調するがCSRD ESRS S2(バリューチェーン労働者)レベルの開示要件には程遠い、現地NGO・労働組合・業界団体との連携が形式的な署名にとどまる――これらは「人権広報」としては成立しても、「人権DD実装」とは別物です。

担当者の方には、

  • 自社のバリューチェーン全体での人権リスクヒートマップを、定期的に更新する
  • サプライヤー協働を、要請・監査の二択ではなく、leverageを使った改善の枠組みで設計する
  • グリーバンス・メカニズムを、業界・現地NGO・労働組合との協働で運用に乗せる
  • 年次の進捗を、できた点・できなかった点・調整した点で率直に開示する
  • CSDDD・LkSG・UFLPA・各国法の動向を、3〜5年のロードマップに織り込む

このあたりを、戦略の中で組み立て直すことを、おすすめしています。

CSDDDが揺れても、人権DDという考え方そのものはまったく揺れていません。むしろ、規制の波に振り回されず、UNGP・OECDという背骨に立ち返って、自社の運用OSを整えていく――これが、人権DD実装で長期に効く設計だと思います。


【ご相談窓口】 弊社(株式会社KI Strategy)では、人権DD体系の構築、サプライチェーン人権リスク評価、グリーバンス・メカニズムの運用設計、人権レポート策定の伴走支援を実施しています(専門家プラットフォームSasla経由のご相談も可)。人権DDをどこから着手すべきかでお悩みの方は、一度ご相談いただければ幸いです。

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