グリーン水素、ブルー水素、e-Fuel、e-Methane、e-Ammoniaは、産業の脱炭素・SAF・海運・鉄鋼の本命候補として整備が進んでいます。日本水素戦略、EU Hydrogen Bank、CertifHy、コスト動向と業種別ユースケースを、担当者向けに扱う。
電気自動車、ヒートポンプ、再エネ電力――電化(electrification)が脱炭素の主流路線になる中、それでも「電化が困難な領域」が残ります。長距離大型輸送(航空、海運、長距離トラック)、産業の高温熱(鉄鋼、セメント、化学)、季節調整のための長期エネルギー貯蔵、季節農業の燃料、化学原料――こうした領域の本命候補として、水素経済(hydrogen economy)が、整備されつつあります。
ご支援先のエネルギー・化学・運輸・鉄鋼・商社の担当者の方からも、グリーン水素・ブルー水素・グレー水素の使い分け、水素のコスト動向と商業性確立の見通し、e-Fuel・e-Methane・e-Ammoniaの位置づけ、日本水素戦略やEU Hydrogen Bankをはじめとする各国の動向、そして自社事業での水素活用ロードマップについて、ご相談を頂くようになっています。
水素と水素誘導体(e-Fuel、e-Methane、e-Ammonia等)の全体像、ライフサイクル評価、業種別ユースケース、そして企業の戦略を、順に見ていきます。
水素は、製造プロセスによってライフサイクルCO2排出が大きく異なります。業界では、製造方法に応じた「色分け」で区別されます。
グレー水素は、天然ガスの水蒸気改質(SMR、Steam Methane Reforming)でつくられ、現在の世界の水素生産の中心を占めます。低コストである一方、水素1kgあたり約9〜10kgのCO2を排出するため、脱炭素経路としては位置づけられません。
ブルー水素は、このSMRにCCS(CO2回収・貯留)を組み合わせ、グレー水素のCO2を大部分(設計上は9割前後を想定)捕捉・貯留したものです。実際の捕捉率は設備・運転条件で大きく振れ、上流のメタン漏洩を含めると見かけほど下がらないという指摘もあります。コストはグレー水素の1.5〜2倍で、「移行燃料」として扱われますが、脱炭素経路としての評価には議論があります。
グリーン水素は、再エネ電力による水電気分解(PEM、アルカリ電解、SOEC)でつくられ、ライフサイクルのCO2排出はほぼゼロです。コストはグレー水素の3〜4倍(2024年水準)で、2030年に2倍程度まで下げることを目指す、脱炭素経路の本命です。
ターコイズ水素は、天然ガスの熱分解(メタン熱分解)によるもので、副生成物が固体炭素(カーボンブラック)となるためCO2排出が低いのが特徴ですが、まだ実証段階で商業性は確立していません。ピンク水素は原子力電力による水電気分解で、ライフサイクルCO2排出が低く規模拡大の選択肢となりますが、各国の原子力政策に依存します。このほか、電力源を混合したイエロー水素や、地熱由来などで自然発生する白水素といった特殊カテゴリもあります。
担当者の方は、自社が使用・調達する水素の色を、ライフサイクル評価ベースで明確にする必要があります。
水素を直接使うのではなく、より輸送・貯蔵しやすい形態に変換した誘導体(hydrogen derivatives)も、脱炭素経路として整備が進んでいます。
**e-Fuel(合成燃料)**は、グリーン水素とCO2(DAC捕捉や産業排ガス由来)から化学的に合成した液体燃料で、既存の内燃機関やジェットエンジンでそのまま使えます。ガソリン・ディーゼル・ジェット燃料(SAFのPtL経路、弊社過去記事「航空業界とSAF(持続可能な航空燃料)」参照)に相当し、コストは誘導体のなかで最も高く、商業生産は2025〜2030年での本格化が見込まれます。
**e-Methane(合成メタン)**は、グリーン水素とCO2から合成したメタンで、既存のLNG・天然ガスインフラ(パイプライン、貯蔵、燃焼設備)をそのまま使えるのが利点です。日本では東京ガス、大阪ガス、東邦ガス等が研究・実証を進めており、都市ガスのカーボンニュートラル経路として注目されています。
**e-Ammonia(グリーンアンモニア)**は、グリーン水素と窒素のHaber-Bosch法でつくられます。水素より輸送効率が高い水素キャリアとして国際輸送に有利で、発電や海運の燃料用途にも使われますが、燃焼時のN2O排出が課題です。サウジアラビア、UAE、オーストラリア、北米等が大規模生産プロジェクトを進めています。
**メチルシクロヘキサン(MCH)**は、水素をトルエンに化学結合させたキャリアで、常温常圧で液体のため既存のタンク・タンカーで輸送できます。千代田化工建設のSPERA水素システムが代表例です。
これら誘導体は、水素の輸送・貯蔵の難しさ(極低温、超高圧)を補完する役割を持ちます。
水素の商業性確立を左右するのが、コスト動向です。
2024〜2025年水準(おおよその目安):
2030年目標(業界・各国政策の推計):
こうしたコスト削減は、電解装置のコスト低下(学習効果・量産効果)、再エネ電力コストの低下、スケール効果、そして各国の補助・タックスクレジットが主なドライバーとなります。
ただし、グリーン水素・水素誘導体が、化石燃料代替として完全な経済性を持つには、2030〜2040年代までかかる見通しです。それまでの「移行期間」で、政策支援・規制(炭素価格、義務化、補助)が、商業性を支える設計になっています。
水素のライフサイクルCO2排出を認証する枠組みも、整備が進んでいます。
CertifHyは、欧州系のグリーン水素・低炭素水素の認証スキームで、水素1kgあたりのCO2排出(well-to-gate)で評価します。認証の閾値は次のとおりです。
EUの水素規制では、再エネ電力由来で低CO2排出の「Renewable Hydrogen」と「低炭素水素」がそれぞれ定義され、原産地保証(GO)の仕組みも整備されています。
これら認証の活用が、企業間取引でのグリーン水素・低炭素水素の証明として機能します。
水素・水素誘導体の業種別ユースケースを取り上げます。
鉄鋼(弊社過去記事「鉄鋼業界の水素還元製鉄とトランジション」参照)では、水素直接還元製鉄(H-DR)の還元材として用いられ、年間グリーン水素需要は数千万トン規模に達します。
化学(弊社過去記事「化学産業のグリーンケミストリーとTfS」参照)では、アンモニア合成の原料を既存のグレー水素からグリーン水素へシフトする動きに加え、メタノールなど化学品の原料としても使われます。
運輸では、燃料電池トラック・バス(FCEV)、実証段階の水素ジェット燃料、e-SAF・e-Methanol・e-Ammoniaを使った海運(弊社過去記事「IMO Net-Zero Frameworkと海運業界の脱炭素」参照)、SAF(弊社過去記事「航空業界とSAF」参照)のPtL経路と、用途が広がっています。
発電では、水素・アンモニアの混焼火力、燃料電池発電、調整電源としてのピーカー利用が想定されます。都市ガスでは、e-Methaneによる既存ガスインフラのカーボンニュートラル化や水素混焼が進みます。
業種ごとに、水素活用の優先順位、必要量、タイムラインが異なります。
日本では、水素基本戦略(2017年策定、2023年改訂)が、業界全体の戦略指針です。主要目標は次のとおりです。
施策面では、2030年に国内グリーン水素生産能力150万kW(電解装置)の整備、輸入水素・水素キャリア(液化水素、アンモニア、MCH)のサプライチェーン構築、GX推進法下での水素関連大規模プロジェクトへの政府支援、そして鉄鋼・化学・運輸・発電など産業界の水素需要創出が、柱となっています。
国際的な調達先としては、次の地域が想定されています。
日本企業の水素関連事業への参画は、川上(水電解装置メーカー、東芝、日立、Toshiba ESS、日立造船等)、輸送(液化水素タンカー、川崎重工等)、需要セクター(電力、鉄鋼、化学、運輸)まで、幅広く広がっています。
水素経済の国際的な政策動向を、簡単に見ていきます。
EU Hydrogen Bankは2023年に立ち上げられ、Innovation Fundを通じてグリーン水素生産者に固定価格支援を行います。初回オークション(2024年4月締切)では、17か国から132件の応札があり、うち7件のプロジェクトに総額約7億2,000万ユーロが配分されました(欧州委員会)。落札価格は水素1kgあたり0.37〜0.48ユーロ。落札はいずれもイベリア半島か北欧のプロジェクトで、再エネのコスト競争力がそのまま水素の競争力に直結する構図が、初回から鮮明に出ています。
**米国のIRA(Inflation Reduction Act)**は、グリーン水素タックスクレジット(45V)として水素1kgあたり最大3 USDという最も寛大な支援を用意し、米国へのグリーン水素プロジェクト誘致を加速させました。ただしTrump政権下での見直しリスクがあります。
このほか、韓国は水素経済法(2020年制定)と水素発電入札制度を整備し、中国も水素中長期計画のもとでグリーン水素生産能力を急拡大させています。各国・地域の政策が、水素経済の国際的な競争・協力を方向づけています。
最後に、水素戦略で、避けたい思考パターンを一つ。
「電化できないなら、すべて水素で対応」という発想は、コスト・供給量・技術成熟度の観点で、現実的ではありません。
水素は、電化が困難な領域に限定して活用し、バイオ燃料・CCUS・e-Fuel・需要側削減といった他の選択肢と組み合わせ、コスト・供給量・タイムラインに応じて段階的に導入していく――こうした組み合わせ戦略の一部として位置づけるのが現実解です。
担当者の方には、
このあたりを、3〜10年スパンの戦略として組み立てることをおすすめします。
形だけ「水素に投資します」と発信するか、業種特性・経済性・政策動向を踏まえた本物の戦略を作るか。担当者の方の意識付けで、水素戦略の質は確実に変わります。
【ご相談窓口】 弊社(株式会社KI Strategy)では、水素戦略、e-Fuel・e-Methane・e-Ammonia活用、業種別水素ロードマップの伴走支援を実施しています(専門家プラットフォームSasla経由のご相談も可)。水素経済への対応でお悩みの方は、一度、現状の診断からご相談ください。
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