COP28で運営化された損失と損害基金(FRLD)、COP29の年間3000億米ドル気候資金目標、UNEPが指摘する年間1,940〜3,660億ドルの適応資金ギャップ。緩和偏重の戦略では拾えない「移行できない人々」への民間ファイナンスのあり方を、担当者向けに扱う。
気候のCOPの報道を毎年見ていると、緩和(Mitigation:温室効果ガス削減)の議論と並んで、ここ数年で急速に紙幅を取るようになったテーマがあります。Loss & Damage(損失と損害)と、Adaptation Finance(適応資金)です。
緩和は「これから出る排出を減らす話」、適応は「すでに進む気候変動の影響にどう備えるか」、Loss & Damageは「もう適応では追いつかない損害をどうするか」――という、時間軸と射程の違う3つの論点が、気候政策の三本柱として整理されてきました。
ご相談の現場感としては、緩和(脱炭素戦略)と適応(物理リスク・適応計画)は、IFRS S2/SSBJの中で日本企業も普通に扱うようになってきましたが、Loss & DamageとAdaptation Financeは、「政府・国際機関の話」として企業の議題から外れていることが多いように思います。
ただ、ここでも状況が静かに変わっています。COP28(2023年12月、ドバイ)でLoss & Damage基金(FRLD:Fund for responding to Loss and Damage)の運営化が決定し、COP29(2024年11月、バクー)では気候資金の新規集合数値目標(NCQG)が合意されました。COP30(2025年11月、ブラジル・ベレン)では、適応資金とLoss & Damageへのコミットメント具体化が、議論の中心になっています。
民間セクターからの拠出・関与の枠組みも、徐々に整いつつあります。ここでは、Loss & DamageとAdaptation Financeの全体像、COP28〜30の流れ、企業の関わり方について見ていきます。
UNFCCC(気候変動枠組条約)の文脈では、気候政策は次の三層で整理されます。
3つは時間軸と射程が違います。緩和は将来の排出を減らす話、適応は現在進行中の影響に備える話、Loss & Damageはすでに発生している、または不可避な損害への対応です。
Loss & Damageの典型例は、ツバル・キリバス等の島嶼国の海面上昇による国土消失リスク、巨大台風・大洪水・長期干ばつといった大規模気候災害後の復旧費用、気候起因の強制移住・移民、漁業・農業など伝統的な生計手段の喪失と文化的損失です。これらは、適応投資ではもう守れない、または守るコストが過大という領域で、被害の補償と再建支援が必要になります。
IPCC AR6 WGII(2022年)が、適応の限界(Limits to Adaptation)と残余リスク(residual risk)を明示したことで、Loss & Damageを国際協調の対象として認める流れが、政治的に強まりました。
2022年のCOP27(シャルム・エル・シェイク)で原則合意されたLoss & Damage基金は、2023年12月のCOP28(ドバイ)で運営化が決定しました。正式名称はFund for responding to Loss and Damage(FRLD)です。
主な設計は、世界銀行を4年間の暫定運営機関(暫定ホスト)とし、気候変動の影響に脆弱な途上国(特にLDCs、SIDS)を受益対象に、先進国・産油国などからの自主的拠出(COP28で約7億米ドル超のコミットメント表明)を財源とし、先進国・途上国双方の代表で構成する独立した理事会が運営する、というものです。これにより、2024年中に運営体制が整い、2025年から本格的な資金支援が開始されています。
ただ、UNEP Adaptation Gap Reportが指摘する適応資金ギャップ(年間1,940億〜3,660億ドル規模、UNEP)と比べると、初期コミット約7億ドルは桁が違うほど不足しています。Loss & Damage部分だけでも、年間数千億ドル規模の必要額が研究機関からは試算されており、政府拠出だけでは到底足りない、というのが各方面の認識です。
その差を埋めるために、民間セクターからの拠出・参画スキームが議論されているわけですが、ここに日本企業の関わりしろがあります。
2024年11月のCOP29(バクー)では、気候資金の新規集合数値目標(NCQG:New Collective Quantified Goal)が合意されました。先進国から途上国への気候資金として、2035年までに年間3000億米ドル(公的資金中心)、さらに官民合わせて年間1兆3000億米ドルを目指す、という枠組みです(UNFCCC)。
NCQGは緩和・適応・Loss & Damageを統合して扱う設計で、適応資金の倍増(2025年までに2019年比2倍)、Loss & Damage基金への安定拠出も含まれます。
民間セクターの貢献としては、投融資ポートフォリオの脱炭素・気候レジリエンス整合(クライメート・アラインド・ファイナンス)、公的資金とのリスク分担で民間資金を呼び込むブレンデッド・ファイナンス、グリーンボンド/サステナビリティリンクボンド/レジリエンス・ボンド、サプライチェーン上の途上国生産者へのレジリエンス投資、現地生産・調達コミュニティのリスク移転スキーム(保険)など、複数の経路が想定されています。
Adaptation Finance(適応資金)の主要スキームを、企業の関わり方に絞って取り上げます。
これらに加えて、企業セクターからは、気候レジリエンス投資への資金調達を担うResilience Bond/Climate Resilience Bond、マングローブ・サンゴ礁・湿地・森林の保全復元といった自然ベース・ソリューション(NbS)への投資、サプライチェーン上の途上国生産者向けレジリエンス・ファイナンス、気候災害発生時に自動的に支払われるパラメトリック保険などへの関与が、徐々に広がっています。
日本企業がLoss & Damage、Adaptation Financeに関わるとき、現実的なレイヤーは次の3つかと思います。
レイヤー①:自社のサプライチェーン上のレジリエンス投資。 これが最も実務的な関わり方です。パーム油・カカオ・コーヒー・繊維原料・鉱物等の途上国の主要原材料調達地域が気候影響を受ける場合、生産者・地域コミュニティへのレジリエンス支援が、自社のサプライチェーン安定化とLoss & Damage領域への貢献を兼ねます。具体的には、生産者の気候適応技術支援、品種改良への共同投資、灌漑インフラの整備支援、生産者組合との長期契約による収入安定化、現地での技能訓練、災害後の支援基金などが考えられ、これは「慈善事業」ではなく自社のサプライチェーン強靭化としてビジネスケースが立つ投資です。
レイヤー②:気候レジリエンス投資への民間資金参加。 機関投資家・金融機関であれば、気候レジリエンス投資ファンド、Resilience Bond、ブレンデッド・ファイナンス、自然ベース・ソリューションへの投資が、ポートフォリオの一部として組み込めます。これは、PCAFのファイナンスドエミッション算定(弊社過去記事「PCAFとファイナンスドエミッション」もご参照ください)の対象として整理することで、自社の気候戦略の中で位置づけが明確化されます。
レイヤー③:Loss & Damage基金・気候レジリエンス基金への拠出・パートナーシップ。 これは、企業財団・直接拠出・業界団体経由など複数の経路があります。リーディング企業の中には、自社のScope1+2+3対応と並走する形でLoss & Damage関連基金への拠出をコミットする動きが、欧州系を中心に出ています。ただ、ここは「広報のための拠出」になりやすい領域なので、自社事業との関連・長期コミットの設計・現地での活用モニタリングといった戦略との接続を意識した運用が必要です。
気候訴訟の文脈でも、Loss & Damageは新しい論点として浮上しています。被害を受けた地域コミュニティ、政府、NGO、若年世代が、特定の排出主体(化石燃料企業、電力会社、自動車メーカー等)に対して、気候被害の責任追及を行う訴訟が、世界的に増えています。
米コロンビア大学Sabin CenterとLSE Granthamの気候訴訟データベースでも、attribution science(気候帰属科学)の進展を背景に、特定企業への損害賠償を求める訴訟が積み上がりつつあります。
担当者の方には、自社のサプライチェーン・操業地域でのLoss & Damageリスクを、訴訟リスク管理の観点から整理しておくこともおすすめします。
統合報告書・有報のサステナビリティー記載で、Loss & Damageを明示的に扱っている日本企業は、まだ少数派です。ただ、TCFD/IFRS S2/SSBJの物理リスク開示、適応計画、サプライチェーン人権DD、Just Transitionと連動させると、自然にLoss & Damageの論点が浮上します。開示の方向性としては、次のとおりです。
このあたりを、移行計画(弊社過去記事「クライメート・トランジション・プランの実装」)の中で、緩和・適応と並ぶ柱として整理する設計が、長期的に効きます。
緩和・適応・Loss & Damage、この3つを縦に並べると、気候政策の射程が見えてきます。
多くの日本企業のサステナビリティー戦略は、いまだに緩和(脱炭素)に重心が置かれています。次に、適応(物理リスク・適応計画)が論点として上がってきました。Loss & Damageは、その次に来る論点です。
「うちはまだ緩和で精一杯です」という担当者の方の声は、現場感としてはよく分かります。ただ、機関投資家・規制当局・取引先・消費者・地域コミュニティが、企業に求める射程は、確実に広がっていきます。
3〜5年単位で、Loss & Damageに関する自社のスタンスと、関わり方の優先順位を、戦略の中に位置づけ直しておくこと。これが、形だけのCOP対応で終わらせず、実質的な気候対応に進むための、地味で本質的な設計です。
【ご相談窓口】 弊社(株式会社KI Strategy)では、Loss & Damage・Adaptation Finance、サプライチェーン・レジリエンス投資、気候訴訟リスク管理の伴走支援を実施しています(専門家プラットフォームSasla経由のご相談も可)。気候戦略の射程をどこまで広げるかでお悩みの方は、一度、現状の診断からご相談ください。
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