ESG投資家やIFRS S2/SSBJ対応を迫られた上場企業が、サプライヤーに脱炭素を求めるケースが急増しています。要請する側の四つの世界観、米国SEC気候開示の事実上停止とCA州法・EU・日本の温度差、そして一律アンケートをやめて上位集中の対話へ切り替える設計を、担当者向けに整理します。
以前、当メディアで「カーボンニュートラルやESG・SDGs対応を顧客や取引先から求められた場合の対応方法」という記事を書きました。
要請を受けた側、つまり多くの中堅・中小企業の立場から、四つの世界観を踏まえて打ち手を考える、という内容でした。
今回は、その裏面として、要請を「出す側」の話を取り上げます。
ESG投資家やIFRS S2/SSBJ基準(旧TCFD枠組みを継承)対応を迫られる上場企業が、自社のサプライヤーに脱炭素・ESG対応を依頼するケースが、ここ1〜2年で一気に増えてきました。CDP Supply Chainには現在270社を超えるバイヤー企業が参加し、2025年には約45,000社のサプライヤーへ開示要請が出されています。要請の総量そのものが、すでに一つの産業インフラの規模に達しているということです。
よく伺うのは、要請を出した後の話です。サプライヤーへのアンケートを始めたが、回答率が3割に届かない。回答が来ても精度がばらばらで、Scope3の算定に使えない。そして最も重いのが、対応してくれない取引先を本当に切り替えるべきかどうか、判断がつかないというものです。
三つ目は、もはや調達戦略そのものの問いになっています。
要請を出す側にも、四つの世界観があります。整理しやすいよう、3つの本流シナリオと1つの逆張りシナリオに分けます。
①差が出ない世界観:ESG投資家からの圧力が想定ほど強まらず、現状の取引でも特に問題が起きないシナリオ ②差が出てくる世界観:Scope3の数値が改善された企業が、ESG投資家から評価され、株価や調達コストに差が出るシナリオ ③前提条件になる世界観:要請を出していない企業は、ESG投資家のポートフォリオから外され、IFRS S2/SSBJ開示で評価されない、というシナリオ
そして逆張りとして、
④要請を出さない方が得な世界観:過剰な要請が取引先離れを招き、結局、調達ポートフォリオが弱くなるシナリオ
があります。論理的には十分にあり得ますし、特にサプライヤーの選択肢が限られている業界では、強すぎる要請が取引リスクに直結します。
実際、米国では、SECが2024年3月に採択した気候開示最終規則について、訴訟による凍結を経て、2025年3月にSEC自身が法廷防御を取り下げ、連邦レベルでの開示義務は事実上停止しています。一方、カリフォルニア州のSB253/SB261は施行スケジュールが継続中で、地域・法域によって温度差が顕著になっています。EUでも、オムニバスI指令(指令(EU)2026/470、2026年2月官報掲載)でCSRD/CSDDDの適用範囲が大幅に絞り込まれ、CSDDDの企業適用は2029年7月まで後ろ倒しされました。四つ目の世界観が、地域・業種によっては現実に近づく可能性も否定できません。
ここで担当者が押さえるべきなのは、この温度差そのものが社内での説明材料になる、という点です。「世界的に要請は強まる一方だ」という一枚岩の説明は、いまや事実と合いません。むしろ「法域ごとに要請の強さが割れているからこそ、自社はどの世界観に賭けるのかを決める必要がある」という立て付けのほうが、経営会議では通りやすくなります。
サプライヤーを数百社抱える専門商社のご支援で、こんな場面がありました。全サプライヤーへ一律の脱炭素アンケートを、20問超のExcelで配布したのです。返ってきた回答率は、3割に届きませんでした。
回答状況をセグメント別に分析すると、
という構造が見えてきました。一律の要請は、サプライヤー側の温度感をかえって冷やす結果になっていたのです。
落とし穴は主に三つあります。
ひとつは、サプライヤー側の対応コストを軽視すること。要請を受けた中小企業からすると、新たなデータ収集と回答業務は、本業の負荷を圧迫します。
ふたつめは、「要請を出した」ことを成果と勘違いすること。要請の数が増えても、実際にサプライヤーの排出量が減らなければ、Scope3の数字は変わりません。
みっつめは、自社内のサプライヤーマネジメント体制が追いついていないこと。回答が集まっても、それを精査・フォローアップする社内体制がなければ、データが死蔵されてしまいます。
要請する側になったときに、効果が出やすい設計を並べていきます。
まず、サプライヤーをセグメント分けすること。サプライヤーの規模、自社にとっての戦略的重要度、排出量への寄与度の三軸で、対応の濃淡をつけます。
最重要セグメントには、アンケート送付ではなく、1対1の対話の場を設定します。データを取りに行くのではなく、サプライヤーの脱炭素の悩みを一緒に整理し、自社で支援できることを提示する。これが、結果的に協力を得やすい打ち手になります。
中堅セグメントには、簡易フォーマットでのアンケート+オンライン勉強会の組み合わせ。一律の重い要請ではなく、サプライヤー側の体力に合わせた階段を提示するイメージです。
その他のセグメントは、業界平均値などの推計値で当面のScope3を算定し、データ精度の優先順位を下げる、という割り切りも必要になります。
先ほどの商社の例でも、一律配布をやめて上位数十社の重要サプライヤーとの1対1対話に切り替えたところ、半年ほどでこのセグメントからのデータはおおむね揃うようになりました。Scope3カテゴリ1(購入した製品・サービス)の一次データカバー率も、目に見えて上がっています。母数を広げるより、排出量の大半を占める上位に資源を寄せたほうが、結果的に数字が動くということです。
この「上位集中」は、SBTiの考え方とも整合します。企業ネットゼロ基準では、近未来目標としてScope3排出量の67%以上をカバーする目標設定が求められ(長期目標では90%)、その達成手段の一つとしてサプライヤーエンゲージメント目標が認められています。ここで基準になるのは調達金額ではなく排出量である点に注意してください。金額の大きい取引先と、排出量の大きい取引先は、必ずしも一致しません。
最後に、要請を出す前に、自社内で言語化しておくべき問いをいくつか。
これらを言語化しないまま要請を出すと、「形だけ要請を出した」状態になり、サプライヤー関係も、自社のScope3管理も、両方が中途半端になります。
要請する側のESG担当の方が、要請を出す前に、一度立ち止まって考えるきっかけになれば幸いです。
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