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保証時代の「書ける情報/書けない情報」の線引き判断|SIA

第三者保証が入ると、担当者の手は「書けるか」より「守れるか」で止まりがちだ。だが退却が常に正解ではない。確定値・推計値・目標値で証跡の重さは違い、Scope3にはセーフハーバーがある。守りと攻めの線をどこに引くかを判断軸で示す。

sustainability assurance audit disclosure documentation evidence ledger Japan
FIG. 01 / sustainability assurance audit disclosure documentation evidence ledger JapanPHOTOGRAPHY / ARCHIVE

第三者保証が視野に入った瞬間、担当者の頭の中で起きることはだいたい決まっている。「これ、保証に耐えるのか」——その一言で、去年まで書いていた挑戦的な数値や移行計画の表現が、急に削られていく。私たちが保証準備の相談で最も多く見てきたのは、データの不備そのものよりも、この「先回りの自己検閲」だ。重要で挑戦的な論点ほど、開示から静かに退却していく。

けれど、保証が始まるからといって、すべてを安全側に丸める必要はない。確定値・推計値・目標値では、そもそも求められる証跡の重さが違う。Scope3にはセーフハーバーがあり、書けない論点には二段階開示という逃げ道もある。問われているのは「書くか/消すか」の二択ではなく、どの情報をどの作法で書けば、保証にも当局にも耐えつつ、攻めの開示を残せるかという線引きである。本稿はその線の引き方を扱う。保証制度そのものの基礎はESG開示の第三者保証に譲り、ここでは判断に集中する。

まず押さえる前提——保証の射程は思ったより狭い

線引きを誤らないために、保証の射程を正確に置いておく。日本の第三者保証は、SSBJ基準の適用開始期の「翌事業年度」から義務化される設計だ。そして導入当初の2年間は経過措置として、保証水準を限定的保証にとどめ、範囲を温室効果ガスのScope1・2、ガバナンス、リスク管理に限定する。注意したいのは、ここから先の道筋だ。保証範囲(Scope1・2より先へ広げるか)は3年目以降に国際動向を踏まえて改めて検討するとされる一方、保証水準については「合理的保証への移行の検討は行わない」と明記されている——当面は限定的保証で固定、というのが金融審議会WG報告の整理である(金融庁・WG報告 2026年1月8日)。

時価総額区分ごとに並べると、効いてくる時期はこうなる。

区分(平均時価総額)SSBJ義務化(適用開始期)限定的保証の開始(翌期)当初2年の保証範囲
3兆円以上2027年3月期2028年3月期Scope1・2+ガバナンス・リスク管理
1兆円以上3兆円未満2028年3月期2029年3月期同上
5,000億円以上1兆円未満2029年3月期(方針整理段階)2030年3月期(想定)同上

義務化が確定しているのは3兆円以上と1兆円以上3兆円未満の2区分で、これは2026年2月20日公布の改正開示府令に手当て済み(金融庁・公布ページ 2026年2月20日)。5,000億円以上1兆円未満は方針整理段階で、同府令には未手当てだ。ここで読み違えやすいのは、保証が当面カバーするのはScope1・2までという点。担当者が恐れがちなScope3は、少なくとも当初2年は保証の射程外にある。にもかかわらず削りに走るのは、過剰防衛だ。

線引きの軸は「証跡の重さ」——確定値・推計値・目標値で分ける

保証に耐える/耐えないを一括りで考えるから手が止まる。情報の性質ごとに、求められる証跡レベルは段違いだ。

確定値(電力使用量から算定したScope1・2など)は、実測・請求書ベースで一次データに紐づく。ここは限定的保証でも踏み込まれる領域で、源泉データ・計算ロジック・承認記録のトレーサビリティがそのまま問われる。手を抜けば指摘が直撃する、いわば守りの中核。

推計値(Scope3の多くのカテゴリ)は性質が違う。求められるのは精度そのものではなく、説明可能性だ。算定の前提(排出原単位の選択、採用した方法)、不確実性の所在(概算データや標準原単位を使った箇所、差異が未反映の部分)、年度間・社内での再現性——この3点が押さえられていれば、推計であること自体は問題にならない(booost technologies)。むしろ前提も限界も書かずに数字だけ置く方が、後で弱点になる。

目標値(2030年・2050年のネットゼロ目標、移行計画)は将来情報だ。達成保証ではなく、前提と算定方法と限界を併記できているかが線になる。「不確実だから書かない」ではなく、「不確実性をどう開示に織り込むか」が腕の見せどころ。

整理すると、退却すべき論点はほとんどない。確定値は証跡を固める、推計値はプロセスを語る、目標値は前提を明示する——作法を変えれば、挑戦的な開示は守れる。

Scope3のセーフハーバーを正確に使う

線引きの最大の武器が、2026年2月20日公布の改正で明示されたセーフハーバーだ。趣旨はこうである。Scope3温室効果ガス排出量に関する定量情報について、差異が生じる要因や推論過程等、社内の開示手続等が一般に合理的と考えられる範囲で具体的に記載されている場合には、虚偽記載等の責任を負うものではない(金融庁・公布ページ)。事後的に誤りが判明しても、確定値と推計が食い違っても、直ちに責任を問われるわけではない、という明確化だ。

ただし「数字が外れても免責」と短絡してはいけない。実務で示されている適用の勘所は、前提となる事実・仮定や推論の過程、情報の入手経路の検討手続を開示していること、見積りの合理性について社内で適切な検討が行われ記録に残っていること、そして合理的な根拠にもとづき誠実に開示していること——この3点だ(greenguardian)。逆に、重要な情報を認識していながらあえて記載しなかった場合は保護が及ばない。つまりセーフハーバーは「黙って削る」ためのものではなく、「不確実でも前提つきで書く」ことを後押しする仕組みだ。

ここで私たちが現場で違和感を覚えるのは、せっかくのセーフハーバーを使わず、Scope3をまるごと「未開示」に倒す判断が散見される点。保証範囲外で、しかも前提を書けば守られる領域なのに、最も保守的な選択に流れてしまう。攻めの開示を残す制度設計が用意されているのに、使わないのはもったいない。Scope3の算定そのものの作り込みはScope1〜3の全体像Scope3のデータギャップで扱っているので、本稿では「書き方の線引き」に絞る。

なお、民事責任(損害賠償)の免責を法律レベルで明確化する部分は、府令ではなく金商法の改正で手当てされる。将来情報・見積り情報・統制の及ばない第三者から取得した情報(Scope3を含む)を対象に民事責任のセーフハーバー・ルールを置く金商法等改正案が、2026年4月10日に第221回特別国会へ提出された(金融庁・法律案説明資料)。サステナ開示・保証関連の改正は2027年4月1日施行予定で、2026年6月時点では成立・施行に至っていない。2026年2月20日適用済みの府令・ガイドラインによる虚偽記載責任の明確化と、これから施行される金商法上の民事責任セーフハーバーは別物——この二層構造を混同しないこと。

「書けない」を制度的に逃がす——二段階開示

それでも、初年度から精緻に書ききれない論点は必ず残る。データ基盤が間に合わない、子会社の一次データが揃わない——こうした時に、黙って空欄にするのも、無理に薄い数字を置くのも筋が悪い。

ここで使えるのが二段階開示だ。SSBJ基準の適用開始年度とその翌年度に限り、SSBJ基準に従って記載すべきサステナビリティ情報を記載しないことができ、その場合はそれぞれの翌期の半期報告書の提出期限までに、当該事項を記載した訂正報告書を提出する——という経過措置が改正で設けられた(金融庁・公布ページ)。「今は書けないが、いつ・どう追完するか」を制度に乗せて宣言できる仕組みである。

判断のフローはシンプルだ。

  • 確定値で証跡が揃う → そのまま書く(保証の中核)
  • 推計値で前提・限界を語れる → セーフハーバーを使い、前提つきで書く
  • 重要だが初年度は算定不能 → 二段階開示で追完を予告、または「未算定・今後開示予定」と明示
  • 重要だが認識していて意図的に伏せる → これだけは不可(セーフハーバーも二段階開示も保護しない)

退却に見えていた選択肢の多くは、実は「作法を変えれば書ける」か「正規ルートで後送りできる」かのどちらかに分解できる。線引きとは、消すことではなく、この振り分けのことだ。

役員と監査法人をどう動かすか——社内翻訳パート

ここまでが技術論。問題は、これを社内でどう通すかだ。線引きの作法を分かっていても、稟議と役員会で潰れては意味がない。

役員に対しては、「保証が始まるから攻めの開示を引っ込めます」という説明は、むしろ後退と取られかねない。逆だ。セーフハーバーと二段階開示という二つの制度的な逃げ道があるから、Scope3や移行計画は前提つきで開示を継続できる——この整理で持っていく。役員報酬の現場感覚を補助線にすると伝わりやすい。ESG指標を役員報酬に組み込む企業はTOPIX100で74%に達し(デロイト トーマツ「有価証券報告書における開示実態調査2024」2024年8月30日)、短期または長期インセンティブにESG指標を入れる企業は売上1兆円超で67%、プライム上場全体でも27%(前年比いずれも+4pt、三井住友信託銀行・デロイト トーマツ『役員報酬サーベイ2025年度版』2025年10月21日)。報酬に組み込んだ指標を、保証を理由に開示から消すのは、ガバナンス上むしろ説明がつかない。役員会には「守りのために攻めを捨てる」ではなく「守りの作法を整えたうえで攻めを残す」という枠で出す。

監査法人・保証提供者に対しては、初年度から「全部を完璧に」ではなく、保証範囲(当初はScope1・2+ガバナンス・リスク管理)の証跡を先に固め、範囲外は前提と限界の記載品質で勝負するという二段構えを早期に握る。事業部に対しては、推計値の前提(どの原単位を、なぜ選んだか)を残すことが、後の保証対応コストを下げるという形で協力を引き出す。ここで効くのは、前提を算定シートの欄外メモに走り書きさせるのではなく、誰が・いつ・どの出典で選んだかの欄を備えた所定様式に、承認フローを通して残させることだ。証跡づくりは経理のJ-SOXと同じ発想——後から遡れる記録を、その場で残しておく文化を事業部に根づかせるのが効く。

まとめ

保証時代の線引きは、「書けるか/書けないか」の二値ではない。確定値は証跡で固め、推計値はセーフハーバーを使って前提つきで書き、目標値は不確実性を併記し、それでも初年度に間に合わない論点は二段階開示で正規に後送りする。退却が必要な論点は、重要だと認識しながら意図的に伏せるケースだけだ——そしてそれは制度のどの保護も及ばない。守りを固めることと、挑戦的な開示を残すことは、作法さえ分ければ両立する。

確定値・推計値・目標値の振り分けや、Scope3のどこまでをセーフハーバーで書き、どこを二段階開示に逃がすかは、自社の証跡の実態と保証提供者の温度感に左右され、社内だけで線を引ききるのは難しい。判断に迷う論点では、当サイト運営元の株式会社KI Strategy、およびサステナビリティ専門家に定額で相談できるSaslaも使い分けていただける。

本記事は2026年6月時点の公開情報(金融庁の改正開示府令・公布ページ、金融審議会WG報告、金商法等改正案の説明資料、デロイト トーマツの各調査、booost technologies・greenguardianの解説)をもとに整理した。金商法改正案の審議やセーフハーバー・二段階開示の運用は進行中のため、適用の最終確認は金融庁・SSBJの最新リリースで行うことを推奨する。

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