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ESG予算を単年度の調整弁にしない|聖域化の稟議設計|SIA

「来期は予算が厳しいから、サステナは一旦圧縮で」——この一言でESG予算が真っ先に削られる。だが原因は理解不足ではなく、予算の建て付けにある。任意活動として組まれた予算は、業績調整の緩衝材にされる構造を持つ。法定分を切り分け、複数年度で聖域化する予算プロセスの設計を整理する。

corporate budget planning finance spreadsheet multi-year commitment sustainability cost governance
FIG. 01 / corporate budget planning finance spreadsheet multi-year commitment sustainability cost governancePHOTOGRAPHY / ARCHIVE

「来期は全社でコスト圧縮なので、サステナ関連は一旦半分に」——年度末の予算折衝で、こう告げられた推進担当者は少なくないはずだ。私たちが相談の現場でこの話を聞くとき、たいてい返ってくる打ち手は「ESGの投資対効果をちゃんと示しましょう」という助言である。間違いではない。だが、ROIの資料をどれだけ厚くしても、翌期にまた同じ削減提案が来る。なぜか。

問題はプレゼンの巧拙ではない。予算の建て付けそのものにある。ESG費用が「やった方がよい任意活動」として単年度予算に組まれている限り、それは業績が下振れしたときに真っ先に手をつけられる緩衝材であり続ける。本稿が扱うのは「投資対効果をどう示すか」ではない。予算プロセスの設計を変えて、ESGを単年度の調整弁にさせない——その具体的な型だ。核心の問いはひとつ。あなたのサステナ予算は、いま誰の判断で、いつでも削れる場所に置かれているか。

「削られる」のは構造であって、説得の失敗ではない

単年度予算と四半期決算という会社の運転リズムを思い出してほしい。期の途中で売上が計画を下回れば、経営は利益を着地させるためにコストを探す。このとき削る順番は、おおむね決まっている。本業の売上に直結しない費目、来期に先送りしても今期の数字が痛まない費目、外部との契約が縛っていない費目。サステナ関連費用は、この三条件にきれいに当てはまる。だから真っ先に候補に挙がる。

これは担当者への評価でも、ESGへの無理解でもない。任意活動として置かれた予算は、調整弁として使われる設計になっている。それだけだ。緩衝材の役割を負わされているものに「自分は緩衝材ではない」と訴えても、置き場所が変わらなければ来期もまた削られる。

しかも局面が悪い。2025年は、業績が悪いから人を減らす時代ではなくなった。上場企業の早期・希望退職募集は2025年1月1日〜11月10日で41社・1万1,045人にのぼり、このうち直近決算が黒字の企業が28社・全体の68.2%を占めた(東京商工リサーチ、2025年11月11日)。日経平均が5万円を超えて最高値を更新するなかでも人員削減は止まらず、2025年に実施した企業の6割超は直近の通期最終損益が黒字だった(日本経済新聞、2025年11月18日)。黒字でもコストを締める——この空気のなかで、緩衝材に置かれた予算が無事でいられるはずがない。

予算を二つに割る——「法定分」と「任意分」

ここからが本論だ。最初にやるべきは、サステナ予算を一括りで守ろうとするのをやめること。ESGの費目を法定開示に直結する分任意の上乗せ分に切り分ける。この一手が、すべての起点になる。

なぜ切り分けが効くのか。法定分には、業績で動かない外部の期限が刺さっているからだ。改正開示府令は2026年2月20日に公布・施行され、SSBJ基準に従ったサステナビリティ情報の有価証券報告書開示が、平均時価総額3兆円以上の企業で2027年3月期から、1兆円以上3兆円未満で2028年3月期から義務化された(金融庁)。さらにSSBJ適用開始の翌期からは限定的保証が義務化され、当初2年は保証範囲をScope1・2とガバナンス・リスク管理に限定する方向で整理されている(金融審議会WG報告、2026年1月8日)。

つまり法定分は、削っても期限が消えない。GHG算定の体制整備、保証に耐えるデータの収集・記録、開示文書の作成——これらは「来期に回す」が成立しない。一方の任意分(社外イベント、自主的な追加開示、先進的なパイロット施策など)は、止めても法令違反にはならない。経営が削れるのは本来この任意分だけだ。両者を同じ袋に入れているから、緊急時に法定分まで一緒に切られる

切り分けの目安を、ひとつの表に落としておく。

区分中身の例削った場合に起きること予算上の扱い
法定分(聖域)GHG算定体制、保証対応データ整備、有報のサステナ記載作成開示期限に間に合わない=虚偽記載・コンプライアンスリスク複数年度コミット枠で固定
任意・上乗せ分自主的追加開示、社外発信、先進パイロット取り組みの幅が縮む(法令上は問題なし)単年度・マイルストン連動で可変

この表を予算折衝のテーブルに置くだけで、議論の質が変わる。「サステナ全体をいくら削るか」ではなく「どこまでが削れない法定分か」に論点が移るからだ。

法定分は「複数年度コミット枠」で聖域化する

切り分けたら、次は法定分の置き場所を変える。単年度予算の棚から外し、複数年度のコミット枠へ移す。理由は単純で、2027年3月期や2028年3月期の開示は単年度で作れる代物ではないからだ。GHGの一次データ収集、サプライヤーとの連携、保証を見据えた記録の整備は、いずれも複数年にまたがる準備を要する。準備が複数年なら、予算も複数年で約束されていなければ筋が通らない。

ここで稟議に書くべきは「聖域化(サンセット保護)」の文言だ。要するに、この法定分は単年度のコスト削減の対象から除外するという取り決めを、予算規程または経営会議の決議として明文化しておく。文言の骨格はシンプルでよい。たとえば「SSBJ法定対応に直結する費目は、当年度の全社コスト削減方針の適用対象外とする。除外の解除には経営会議の再決議を要する」の一文を予算規程か決議に置く。これがあるだけで、削減のテーブルに載った瞬間に「これは決議で対象外です」と差し戻せる。口頭の合意では、期が変わり担当役員が代わった瞬間に蒸発する。私たちの現場でも、前年度に握ったはずの予算が、人事異動を一度挟んだだけで「そんな約束は知らない」と振り出しに戻る場面を何度も見てきた。文書に落ち、決議に紐づいた予算だけが、人が代わっても残る。

ただし注意がある。聖域化を法定分に限定することだ。「サステナ予算は全部聖域です」と言った瞬間、経営は身構える。景気がどう動いても一切削れない費目を作れと言われれば、財務責任者は当然抵抗する。聖域にするのはあくまで法令で期限が固定された部分だけ。ここを外すと、複数年度枠の交渉そのものが頓挫する。守る範囲を絞るからこそ、守れる。

任意分は「マイルストン連動」で削られにくくする

では任意の上乗せ分は、毎期の調整弁に差し出すしかないのか。そうではない。任意分にも、無防備に削られないための設計がある。マイルストン(中間目標)連動だ。

仕組みはこうだ。任意分の予算を一括で確保するのではなく、あらかじめ合意した中間目標の達成を条件に、段階的に解放する。コツは、達成・未達が誰の目にも一義に決まる目標に紐づけること。たとえば「Scope3の一次データ化を15カテゴリ中3→6に進めたら次の枠を解放」のように、解釈の余地のない判定にする。「網羅率の向上」「体制の拡大」といった曖昧な目標は、達成したかどうかで揉めて連動が機能しない。達成すれば次の枠が開き、達成しなければそこで止まる。経営から見れば「成果が出なければ自動的に止められる予算」だから、承認のハードルが下がる。担当者から見れば「成果を出している限り、業績の都合だけでは削られにくい予算」になる。

この設計の含意は、予算の議論を「金額の多寡」から「成果との連動」へずらすことにある。単年度の一括予算は、業績が悪ければ理由を問わず削られる。だがマイルストンに紐づいた枠は、削るなら「合意した目標を取り下げる」という別の決定を要する。削減のコストを上げるわけだ。聖域化が法定分を「触れない」ものにするのに対し、マイルストン連動は任意分を「触るのに手間がかかる」ものにする。守り方の強度を二段階で使い分ける。

二次データに頼った算定では削減努力が数字に表れにくく、環境省も一次データへの段階移行を推奨している(環境省「1次データを活用したサプライチェーン排出量算定ガイド Ver1.0」2025年3月)。一次データ化のような複数年がかりの投資こそ、マイルストン連動で枠を確保し、進捗に応じて解放していく対象に向く。

削減提案が来たときの「経営の言語」への翻訳

設計を整えても、実際に削減提案がテーブルに出る瞬間は来る。そのとき推進担当者が握っておくべきは、「サステナは大事です」という訴えではない。削ると何が起きるかを経営の言語に翻訳した一文だ。

具体的には、こう翻訳する。「この法定分を今期削ると、2027年3月期(または2028年3月期)の有価証券報告書のサステナビリティ開示が間に合わない。有報は金融商品取引法上の開示書類であり、重要な虚偽記載は経営者の責任の対象になる。つまりこれは経費削減ではなく、コンプライアンスと記載責任のリスクを取る意思決定です」。コストの話を、リスクの話に置き換える。

ここで効くのが、有報の記載責任が経営者に及ぶという事実だ。Scope3の定量情報については、推論過程や社内の開示手続を合理的な範囲で具体的に記載していれば直ちに虚偽記載等の責任を負わないとするセーフハーバーが企業内容等開示ガイドラインに明示されたが(EY Japan、2026年4月17日)、これは裏を返せば開示手続を回す体制があることが前提だということだ。予算を削って体制を止めれば、その前提が崩れる。役員に「これはあなたが署名する書類に直結する予算です」と伝わった瞬間、削減提案の温度は変わる。財務指標への翻訳の作法はサステナ用語を経営の言語に翻訳するで、削るとリスクになる根拠の組み立てはSSBJ開示第三者保証で整理した。

そして、この稟議は推進担当者が単独で上げきれるものではない。複数年度の予算規程に手を入れ、決議事項として明文化するには、決裁の階段を一段ずつ上る後ろ盾がいる。権限の借り方そのものは権限がないまま社内を動かすで扱った。聖域化の起案は、その権限調達と一体で動かすと通りやすい。

まとめ

ESG予算が毎期削られるのは、説得が下手だからではなく、緩衝材として置かれているからだ。直すべきはプレゼンではなく予算の建て付けである。まず法定分と任意分を割る。法定分は外部の期限(2027年3月期〜の義務化)が刺さっていて削れないのだから、複数年度コミット枠に移し、サンセット保護で聖域化する——ただし聖域は法定分に限る。任意分はマイルストン連動にして、削るのに手間がかかる構造にする。そして削減提案が来たら、コストの話をコンプライアンス・記載責任のリスクの話へ翻訳する。

黒字でもコストを締める2025年の局面で、緩衝材のまま置かれた予算は守れない。守れるのは、置き場所と建て付けを変えた予算だけだ。

法定分の線引き、複数年度枠の予算規程への落とし込み、マイルストン設計、削減提案を退ける稟議のストーリー——社内だけで結論を出しにくい論点では、当サイト運営元の株式会社KI Strategy、およびサステナビリティ専門家に定額で相談できるSaslaもご活用いただける。

本記事は2026年6月時点の公開情報(金融庁、金融審議会WG報告、環境省、EY Japan、東京商工リサーチ、日本経済新聞の各リリース・解説)をもとに整理した。開示府令の運用や第三者保証の範囲、人員削減の集計は今後更新されうるため、最終確認は各機関の最新リリースで行うことを推奨する。

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