語りすぎれば景表法、黙りすぎれば説明責任の放棄。推進担当者が一人で抱え込みがちなこの綱引きは、線引きの基準を社内で共有し、法務と広報を起案段階から巻き込めば、もっと前に進む。共同設計の型を示す。
「これ、本当に外に出して大丈夫でしょうか」——統合報告書やサステナビリティーサイトの原稿を前に、推進担当者の方が法務や広報にそう尋ねた瞬間に、話が止まる。私たちが相談の現場で何度も見てきた光景だ。攻めれば景表法やグリーンウォッシュ批判が怖い。引けば「うちは何もやっていないと思われる」。結局、当たり障りのない言葉に薄め、誰も傷つかない代わりに誰の心も動かさない開示が出来上がる。
問題は、語るか黙るかの二択で考えていることにある。本当に決めるべきは「どこに線を引くか」であり、それは推進担当者が一人で背負う話ではない。線引きの基準を社内で共有し、法務と広報を「最後に止める人」から「最初から一緒に設計する人」へ動かせるかどうか。この記事はそこに絞る。個社として何を開示すべきかという是非の総論はGreenhushingをどう判断するかで扱っているので、本稿は社内合意のプロセスに集中する。
線を引くというのは、両側に崖があるからだ。片側は沈黙、もう片側は過剰主張。落ち方がまったく違う。
過剰主張の側は、日本でも法的リスクが具体的にある。景品表示法の優良誤認表示——商品・サービスについて、実際よりも著しく優良だと示す表示は禁じられている。環境表示も例外ではない。消費者庁は2022年12月、「生分解性」をうたったプラスチック製品を販売した10社に、表示の裏付けとなる合理的根拠が示されなかったとして景表法違反(優良誤認)の措置命令を出した(時事通信)。提出された資料は産業用コンポストなど特殊な条件下の実験結果にとどまり、土壌や海洋で自然に分解するかのような表示の根拠にはならないと判断された(Circular Economy Hub)。命令で終わらなかった例もある。措置命令を受けた事業者のうちエアガン用BB弾の販売事業者には、2024年2月22日に課徴金納付命令まで発出された(消費者庁)。措置命令は「やり直し」で済むが、課徴金は実額の支払いになる。
そして2024年10月1日、改正景表法が施行され、制裁は一段重くなった。優良誤認・有利誤認に対する直罰(100万円以下の罰金)が新設され、過去10年以内に課徴金納付命令を受けた事業者には課徴金率が通常の3%から4.5%へ引き上げられる。一方で、企業が自主的に是正計画を提出し認定されれば措置命令や課徴金を回避できる確約手続も導入された(薬事法広告研究所)。罰も逃げ道も両方できた、と理解しておくのが正確だ。
過剰主張を避ける「根拠の物差し」として、意外な文書が使える。公正取引委員会が2024年4月24日に改定した「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」だ(公正取引委員会)。誤解されやすいが、これはグリーンウォッシュを取り締まる文書ではない。脱炭素に向けた事業者間の共同の取組が独占禁止法に触れないための考え方を整理したものだ。ただしそこで触れられた脱炭素効果の根拠の示し方(気候変動対策推進法・省エネ法・GHGプロトコル・GXリーグの算定方法など)は、自社の環境主張を何で裏付けるかの基準として、景表法の優良誤認を避ける側でも参考になる。罰の根拠ではなく、主張を守るための足場として読むのが正しい。
沈黙の側に法律の罰はない。だが崖がないわけではない。法令で義務付けられた開示——SSBJ基準、女性活躍推進法に基づく女性管理職比率や男女賃金差異、有価証券報告書のサステナビリティ記載——を絞れば、それは開示義務違反だ。任意領域でも、不都合な事実だけ語らない選び方は、投資家からは説明責任の放棄、従業員からは「自社は本当はやっていないのでは」という不信として返ってくる。沈黙は静かに、しかし確実にコストを払わせる。
落ち方が違うということは、止め役も違うということ。過剰主張の崖は法務が一番よく見える。沈黙の崖はIRと広報、そして推進担当者自身が見える。一人で両側は見切れない。だからこそ線引きは合議になる。
線引きの会話が紛糾するのは、たいてい全部を一緒くたに議論しているからだ。義務開示なのか任意発信なのか、投資家向けなのか消費者向けの広告なのか、確定した実績なのか将来の目標なのか——性質の違うものを「これは出せる/出せない」で一度に裁こうとすると、誰の基準も噛み合わない。
私たちがまず勧めるのは、いま手元にある開示・発信ネタを四象限で仕分けることだ。縦軸に「義務/任意」、横軸に「確定実績/将来目標」を取る。
| 区分 | 確定実績 | 将来目標・見通し |
|---|---|---|
| 義務開示 | 例:Scope1・2排出量実績、女性管理職比率。出さない選択肢はない。論点は正確性と保証対応 | 例:SSBJに基づく移行計画・気候シナリオ。出すが前提条件の明示が要る |
| 任意発信 | 例:個別の削減施策の成果、認証取得。具体的事実なら過剰主張リスクは低い | 例:「2050年カーボンニュートラル」宣言、野心的な中期目標。最も慎重に設計する領域 |
仕分けると、議論すべきは右下の象限——任意で将来に関わる発信に集中していると分かる。義務開示は「出すか」ではなく「どう正確に出すか」の話だし、確定実績の任意発信は事実ベースなら過剰主張になりにくい。揉めるのは、まだ起きていないことを約束する領域だけだ。ここを切り出せば、法務・広報との会話は「全部怖い」から「この十数項目をどう書くか」に縮む。話が具体的になれば、止める以外の選択肢が見えてくる。
右下の象限——将来目標をどう書くか。ここで「2030年までにScope3を50%削減」とだけ書けば、法務は止めるし、止めるのが正しい。達成できなければ過剰主張だったと言われかねないからだ。かといって書かなければ沈黙の崖に落ちる。
抜け道は、目標を裸で出さないことにある。私たちが原稿のレビューで必ず確認するのは次の三点だ。
第一に、コミットの強度を言葉で区別する。「必達目標(コミットメント)」なのか「努力目標(アスピレーション)」なのか、「現時点の見通し」なのか。同じ「2030年50%」でも、必達と努力目標では読み手の受け取りも、未達時の説明責任もまったく違う。日本語の曖昧さに逃げず、社内で強度の語彙を統一しておく。
第二に、前提条件を必ず添える。「再生可能エネルギー電力の調達コストが現状水準で推移すること」「技術の商用化が想定どおり進むこと」など、目標が依拠する前提を書く。これは免責の小細工ではなく、将来情報の誠実な開示作法だ。SSBJ基準も気候関連の移行計画について、目標達成の道筋や不確実性への対応を説明することを求めており、前提条件付きで語ることは制度の要請とも整合する。
第三に、進捗開示をセットで約束する。「毎年、実績と目標の差を開示する」という継続のコミットがあれば、目標は「言いっぱなしの宣言」から「検証可能なプロセスの起点」に変わる。達成できるかではなく、進捗を誠実に語り続けるかが信頼を決める。
強度・前提・進捗。この三点セットがそろった目標は、法務が「これなら出せる」と言える形になっている。逆に言えば、止められる目標はたいてい、この三つのどれかが欠けている。
ここまでの基準を持っていても、運用を間違えると元の木阿弥になる。最も多い失敗は、完成原稿を最後に法務へ回すことだ。締切間際、ほぼ確定した文面を「リーガルチェックお願いします」と渡す。この瞬間、法務に残された手は「OK」か「赤を入れて止める」しかない。彼らがブレーキにしか見えないのは、ブレーキの位置にしか座らせていないからだ。
順序を前に倒す。テーマと論点を決める起案段階——まだ何も書いていない時点——で、法務・広報・IRに同席してもらう。問いを「これ出していいですか」から「これを言うために、どの強度で、どんな前提を付ければ出せますか」に変える。同じ人たちが、止め役から設計の相棒に変わる。
役割分担を最初に決めておくと噛み合う。
| 担当 | 主に見る観点 | 担当 | 主に見る観点 |
|---|---|---|---|
| 法務 | 景表法の優良誤認・有利誤認、契約・将来情報の表現の妥当性 | 広報・IR | 投資家・メディアの受け取り、過去発信との一貫性、沈黙のコスト |
| サステナ推進 | 事実・データの裏付け、基準(SSBJ等)整合、目標の三点セット | 事業部 | 現場実態との乖離、達成可能性、オペレーションへの影響 |
法務だけに「リスクを潰す」役を負わせない。沈黙の崖は広報・IRと推進部門が見る。両側の崖を別の目で見て、四者で線の位置を合議する。この構図にできれば、線引きは推進担当者一人の責任ではなく、組織の意思決定になる。決裁を上げるときの説得力もまるで違う。役員に説明する際の言葉づくりはESGを経営の言葉に翻訳するで、保証を見据えた開示の足場固めは保証レディネスで補える。
合議の結論は、毎回ゼロから議論しないために「開示判断の基準メモ」として残す。どの象限のネタを、どの強度なら、誰の承認で出せるか。一度合意した型を文書化しておけば、次の開示では基準への当てはめで済む。属人的な綱引きが、組織の運用に変わる。
なお、政治的逆風を理由にした過度な萎縮にも一言。反ESGの空気が日本にどこまで及ぶかは冷静に見たほうがいい(この論点は日本における反ESGの実像で整理した)。海外の喧騒に引きずられて義務開示まで絞れば、それは沈黙の崖へ自ら歩み寄ることになる。
線引きの要点を畳んでおく。沈黙と過剰主張は落ち方の違う二つの崖で、過剰主張側は景表法の優良誤認という実在のリスク、沈黙側は説明責任と信頼のコスト。一人で両側は見切れない。だから、いま抱えるネタを「義務/任意 × 確定/将来」で仕分け、揉める右下の象限(任意の将来目標)に議論を集中させる。その目標は強度・前提・進捗の三点セットで書けば「言える形」になる。そして何より、法務・広報・IRを完成原稿の関門ではなく起案段階の共同設計者として座らせ、合意した基準を文書に残す。線は、誰かが引いて誰かが守るものではなく、両側の崖を見る人たちが一緒に引くものだ。
線の位置をどこにするか、自社だけでは判断の根拠が足りないと感じる場面は出てくる。同業他社がどこまで書いているか、自社の目標の強度設定が市場の標準とずれていないか——そうした外部の物差しが要るとき、運営元の株式会社KI Strategyによる伴走や、サステナ専門家に定額で相談できるSaslaを、社内合議の壁打ち相手として使う手もある。法務との対話に第三者の視点が入るだけで、止まっていた線引きが動くことは少なくない。
本記事は2026年6月時点の公開情報(消費者庁、公正取引委員会、サステナビリティ基準委員会等)をもとに整理した。景品表示法の運用や独占禁止法上の考え方、SSBJ基準は今後も更新され得るため、開示判断にあたっては各機関の最新リリースで確認を推奨する。
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