内閣官房「人的資本可視化指針」(2022年8月)の4分野19項目と、2023年3月期から義務化された有報「サステナビリティに関する考え方及び取組」「従業員の状況」欄の関係を整理。義務開示と任意開示の役割分担で投資家を引き込む方法を、上場サービス業の事例と共に取り扱う。
2023年1月の「企業内容等の開示に関する内閣府令」改正により、2023年3月31日以後終了する事業年度の有価証券報告書から、人的資本に関する開示が義務化されました。
「サステナビリティに関する考え方及び取組」欄に人材育成方針・社内環境整備方針が記載され、「従業員の状況」欄に女性管理職比率・男性育休取得率・男女間賃金差異の記載が求められる、という二段の構造です(後者は女性活躍推進法・育児介護休業法の公表義務がある企業のみ)。
そして3年が経った2026年。多くの担当者の方が、こんな悩みを抱えるようになっています。
つまり、義務開示はクリアできたが、「物語」が作れていない、という段階です。
「人的資本開示の19項目」は、内閣官房・非財務情報可視化研究会「人的資本可視化指針」(2022年8月)が示した、4分野7領域19項目の枠組みを指します。
4分野は、
の7領域に分かれ、それぞれの中で19項目(女性管理職比率、男性育休取得率、賃金差異、研修時間、エンゲージメントスコア、離職率、後継者計画など)が例示されています。
これらは「比較可能性」を担保する項目(義務開示に近い)と、「独自性」を打ち出す項目(任意開示で深掘りする)の両方を含んでいます。
人的資本開示には、義務開示と任意開示の二層があります。
義務開示は、有報での記載と、女性活躍推進法・育児介護休業法等に基づく公表(厚労省サイト経由)が中心です。代表的には、
など、定量項目が並びます。これらは「最低基準」で、ここで他社と差別化することは困難です。
一方、任意開示は、統合報告書、人的資本レポート、コーポレートサイトなどでの自由開示です。ここで自社固有のストーリーをどう語るかが、投資家・従業員・採用候補者へのメッセージとして効いてきます。
ご支援先で、開示が物語にならない企業の典型は、
というパターンです。投資家からすると、「他社と同じ項目を、似たようなトーンで埋めただけ」と映ります。
人的資本開示で投資家を引き込んでいる企業の特徴は、自社のマテリアリティと整合した2〜3項目に集中して、深く語っていることです。
ご支援した売上1,000億円規模の上場サービス業(東証プライム)の事例ですと、人的資本開示の中で集中したのは、
の3項目でした。これらは自社の中期経営計画の柱(事業転換)と直接結びついており、人的資本投資の効果を、東証「資本コストや株価を意識した経営」要請(2023年3月)以降に強まった、無形資産形成→PBR1倍超の論拠として、機関投資家に語れる構造になっています。
人材版伊藤レポート2.0(2022年5月)が示す「動的な人材ポートフォリオ」「As is-To beギャップ」のフレームを使い、投資→KPI→財務の因果を一枚絵で示すことで、「この会社の人的資本投資は、戦略と繋がっている」という評価を得るようになりました。
国際的な参照基準としては、ISO 30414(人的資本報告ガイドライン、2018年)、SASB/ISSBの人的資本関連トピック、CSRD/ESRSのS1(自社従業員)/S2(バリューチェーン労働者)/S3(影響を受けるコミュニティ)/S4(消費者・エンドユーザー)の各基準があり、これらと国内の人的資本可視化指針を同じ動線で整理しておくと、グローバル展開する際の二重作業を避けられます。
担当者の方に提案しているのは、義務開示と任意開示を「役割分担」させる設計です。
義務開示の領域では、法令遵守の確実性を担保する/前年比の進捗を淡々と示す/他社との比較可能性を保つ。
任意開示の領域では、自社のマテリアリティと整合した2〜3項目に絞る/各項目について「なぜ重要か」「どう測るか」「どこを目指すか」を物語として語る/財務ストーリー(PBR、ROE、企業価値)への翻訳を行う。
この役割分担を、有報・統合報告書・コーポレートサイトの三層で意識的に分けて設計することで、開示全体の納得感が、大きく変わってきます。
人的資本開示の質を上げるには、サステナビリティー部門・人事部・IR部門・経営企画部門の協働が不可欠です。
サステナビリティー部門はマテリアリティとの整合、人事部はデータの正確性と人材戦略との接続、IR部門は投資家視点での語り口、経営企画部は中期経営計画との接続――それぞれが持ち寄って、人的資本開示を「一つの物語」として組み上げる体制が、差を生みます。
開示が「人事部単独で作る書類」になっている企業は、まずこの体制づくりから着手することをおすすめします。
人的資本開示を有報の一欄として単独で作ると、後からSSBJ対応や統合報告書づくりで同じデータを別フォーマットに作り直すことになりがちです。2025年3月に確定したSSBJ基準は、気候だけでなく人的資本を含むサステナビリティ全般の開示を視野に入れており、プライム市場の大企業から段階的に義務化される見込みです。
だからこそ、人的資本のKPIは最初から「有報・統合報告書・コーポレートサイト・将来のSSBJ開示」で使い回せる粒度で設計しておくと効率的です。マテリアリティ特定と同じ動線に人的資本KPIを乗せ、Scope3など他の非財務データと並べて一元管理しておく——この上流設計が、毎年の開示作業の重さを大きく左右します。場当たり的に項目を足していくと、3年後には更新も保証対応も回らなくなります。
【ご相談窓口】 弊社(株式会社KI Strategy)では、人的資本開示の戦略設計と部門横断の伴走支援を実施しています(専門家プラットフォームSasla経由のご相談も可)。義務開示は終わったが物語が作れていない、と感じる方は、現状の診断からお手伝いできます。
定額制 / サステナビリティ専門家プラットフォーム
最初の一歩でつまずく論点に、現役の専門家が定額で並走します。チャットで日次、月次セッションで構造化し、社内に持ち帰れる整理メモまで一緒に作成します。
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