INSIGHTS· ESG & IR

サステナを"自部門の話"に変える配賦設計|SIA

「事業部が協力してくれない」——その相談を私たちは数えきれないほど受けてきた。だが協力しないのは、合理的だからだ。便益は全社・長期、コストは事業部・単年度P/Lに乗る。精神論ではなく、この配賦の歪みをどう設計し直すかを書く。

cross-functional business unit collaboration internal carbon pricing cost allocation management accounting
FIG. 01 / cross-functional business unit collaboration internal carbon pricing cost allocation management accountingPHOTOGRAPHY / ARCHIVE

「現場に当事者意識がなくて」「事業部にお願いしてもデータが出てこなくて」——Scope3の壁にぶつかった推進担当者から、私たちが相談の現場で最も多く受ける訴えだ。世の中の処方箋は、たいてい「巻き込みが大事」「研修で意識を変えよう」「アンバサダーを置こう」に落ちる。間違いではない。だが、それで動くなら誰も困っていない。

私たちの見立ては違う。事業部が協力しないのは、意識が低いからではなく、協力しないほうが合理的だからだ。サステナの便益は全社・長期に帰属するのに、データ収集や削減投資の手間とコストは事業部の単年度P/Lに乗る。自部門の予算と評価を守る立場からすれば、リターンの見えない依頼を後回しにするのは、むしろ正しい経営判断ですらある。本稿が問うのはひとつ。この損得勘定を、設計でどう書き換えるかだ。

なぜ「合理的な事業部ほど動かない」のか

構造を分解すると、3つの非対称が見えてくる。

便益(リターン)コスト(負担)
帰属先全社(資本コスト低減・評価向上)個別の事業部
時間軸長期(数年〜)単年度のP/Lと工数
可視性抽象的で測りにくい具体的ですぐ効く

便益は「全社・長期・抽象」、コストは「事業部・単年度・具体」。この非対称がある限り、いくら丁寧にお願いしても、事業部の損得は変わらない。さらに皮肉なのは、専任のサステナ部署を置いた瞬間、事業部は「あれは推進室の仕事」と当事者性を手放すことだ。専任化は責任の所在を明確にする一方で、現場から当事者意識を剥奪する副作用を持つ。私たちが見てきた「協力が得られない」企業の多くは、意識の問題ではなく、この構造の問題を抱えていた。

だからこそ、打ち手は精神論の外側——依頼の再フレームと、コストの配賦設計——に置かれる。

第一手:データ依頼を「お願い」から「自部門のリスク/機会」に翻訳する

事業部が反応するのは「全社のため」ではなく「自部門の数字」だ。同じデータ依頼でも、フレームを変えるだけで動きが変わる。

  • 調達部門へ:「Scope3カテゴリ1の一次データを下さい」ではなく「主要サプライヤーの排出原単位が読めないと、CBAMや取引先の調達基準で御部門の供給が止まるリスクがある」
  • 製造部門へ:「工場の活動量を」ではなく「一次データに切り替えれば、御工場の省エネ努力が自部門の削減実績として評価に乗る
  • 営業部門へ:「販売後の使用排出(カテゴリ11)を」ではなく「製品の排出強度は入札・引き合いの可否を左右する商談材料になっている」

ここで効くのが、環境省が2025年3月に発行した「一次データを活用したサプライチェーン排出量算定ガイド Ver1.0」だ。従来の二次データ(産業平均原単位)では、サプライヤーや自社工場がどれだけ削減努力をしても算定値に反映されない——この問題を環境省自身が公式に認め、副題に「削減努力が反映されるScope3排出量算定へ」と掲げて、一次データへの段階移行を推奨している(環境省)。

これは交渉カードになる。二次データのままなら現場の努力はゼロ査定。一次データに切り替えて初めて、削減が自部門の手柄として可視化される。「努力が報われる算定に変えませんか」——この一言は、「数字を出して下さい」より遥かに通る。算定の技術論そのものはScope3のデータが集まらない壁で整理した。本稿は、集めるための制度のほうに踏み込む。

第二手:目標管理・KPI・予算プロセスに埋め込む

再フレームは入口にすぎない。一度の説得で動いた事業部も、翌年度には元に戻る。継続させるには、お願いを業務に変える——つまり目標管理・KPI・予算の正式なプロセスに排出データと削減を載せる必要がある。

実は、上流ではこの埋め込みが先行している。ESG指標を役員報酬に組み込む動きだ。TOPIX100では74%がESG連動報酬を導入し、その比率は52→66→74と上がってきた(デロイト トーマツ 有価証券報告書における開示実態調査2024、2024年8月30日)。短期または長期インセンティブのいずれかにESG指標を組み込む企業は、プライム上場で27%、売上1兆円超で67%(いずれも前年比+4pt)に達している(三井住友信託銀行・デロイト トーマツ『役員報酬サーベイ2025年度版』、2025年10月21日)。

ただし役員報酬への組み込みだけでは、現場は動かない。役員の関心と事業部長の評価が連動して初めて、データ依頼は「やった方がよいこと」から「評価される業務」に変わる。役員報酬から事業部KPIへの落とし込み——この縦の連鎖はESG目標を報酬・評価に落とす設計で詳しく扱う。ここで押さえるべきは順序だ。報酬・評価の連動が先、データの流れは後からついてくる。逆順では機能しない。

第三手:ESGコストを誰のP/Lに乗せるか——配賦設計の本丸

最も避けて通れないのが、削減投資やデータ整備のコストを事業部P/Lに乗せるか、全社で持つかという配賦の意思決定だ。ここを曖昧にしたまま「協力して」と言っても、合理的な事業部は動かない。負担の帰属が決まっていないからだ。

配賦を見える化する代表的な仕組みが、インターナルカーボンプライシング(ICP)である。排出1トンに社内価格をつけ、事業部の投資判断や損益に反映させる。ICPの類型(シャドープライシングと実課金型)や水準の決め方はICPが組織を動かす条件で詳述したので、本稿は自社の管理会計構造のどれを採るかに絞る。ここを取り違えると、せっかくのICPが現場に効かない。

管理会計構造配賦の置き方ICP設計の勘所
事業部制(独立採算)事業部P/Lに排出コストを直課しやすい実課金型が機能しやすい。ただし単年度P/Lを直撃するため、移行は段階的に。初年度はシャドーから
機能別組織排出が部門横断で発生し、直課が難しい全社プールで持ち、削減投資原資として再配分。実課金は紛糾しやすくシャドープライシングが現実的
カンパニー制カンパニー単位の擬似P/Lに乗せられるカンパニー間でベンチマークが効く。社内炭素価格を共通にし、カンパニー横断の削減投資を本社が裁定

私たちが現場で何度も見たのは、事業部制でないのに実課金型ICPを入れて、配賦の押し付け合いで頓挫するケースだ。機能別組織で「この排出はどの部門のものか」を争い始めると、制度は動かなくなる。構造に合わない配賦設計は、巻き込みどころか対立を生む。

社内炭素価格の水準は外部価格から逆算する

価格をいくらにするか。絶対解はない。だが参照点は外部にある。GX-ETS(日本版排出量取引制度)では、2026年度の参考上限取引価格が4,300円、調整基準取引価格が1,700円/t-CO2という上下限価格の水準案が、経済産業省の産業構造審議会の小委員会で2025年12月19日に示された(確定前の見通しで今後変動しうる)(日本経済新聞)。GX-ETSは直接排出量が3か年度平均で年10万トン以上の事業者が対象で、2026年度から本格稼働する(経済産業省)。

自社がGX-ETSの直接対象でなくても、この水準は社内炭素価格を考える足場になる。「いずれ外部市場でこの価格を払うかもしれない排出を、いま社内でいくらと見るか」——そこにNGFSやIEAのシナリオ価格、自社の削減限界費用を重ねて、事業部が「高すぎて非現実的」と感じない、かつ投資判断を実際に動かす水準を探る。低すぎれば誰も動かず、高すぎれば反発で形骸化する。この匙加減こそ、配賦設計の腕の見せ所だ。

まとめ

「事業部に当事者意識がない」は、ほとんどの場合、診断を間違えている。意識ではなく、便益と負担の配賦が歪んでいるだけだ。だから打ち手も、研修やアンバサダーではなく、(1)データ依頼を自部門のリスク/機会に再フレームし、(2)目標管理・KPI・予算と報酬の正式プロセスに埋め込み、(3)ESGコストの配賦を管理会計構造に合わせて設計する——この3層になる。とりわけ第三層のICPは、構造を取り違えると逆効果になる。自社が事業部制か、機能別か、カンパニー制か。設計はそこから始まる。

配賦の押し付け合いをどう裁くか、社内炭素価格の水準をどこに置くか、報酬連動と現場KPIをどう接続するか——社内の利害が絡んで結論を出しにくい論点では、当サイト運営元の株式会社KI Strategyによる伴走、あるいはサステナビリティ専門家へ定額で相談できるSaslaも使い道がある。設計の型を持つ第三者を一度挟むと、社内の合意形成は驚くほど早くなる。

本記事は2026年6月時点の公開情報(環境省、経済産業省、デロイト トーマツ、三井住友信託銀行、日本経済新聞の各リリース・解説)をもとに整理した。GX-ETSの価格水準は審議・確定前の段階を含むため、最終的な数値や制度設計は各機関の最新リリースで確認を推奨する。

#Scope3 #事業部巻き込み #インターナルカーボンプライシング #ESG予算 #管理会計 #サステナビリティー

#Scope3#事業部巻き込み#インターナルカーボンプライシング#ESG予算#管理会計#サステナビリティー
CONTINUE / 次の一歩
FOR READERS OF THIS ESSAY

この記事の論点を、ご自身の組織に当てはめて進められない方へ。
2つの並走ルートをご用意しています。

ROUTE A / ON-DEMANDFROM ¥300,000 / MONTH

Saslaサスラ

定額制 / サステナビリティ専門家プラットフォーム

最初の一歩でつまずく論点に、現役の専門家が定額で並走します。チャットで日次、月次セッションで構造化し、社内に持ち帰れる整理メモまで一緒に作成します。

ESG開示
DISCLOSURE
Scope3 算定
GHG
人的資本
HUMAN CAPITAL
サプライチェーン
SUPPLY CHAIN
Saslaで定額相談する
ROUTE B / ONGOING3〜12 MONTH ENGAGEMENT

KI Strategy 伴走

個別契約 / ESG・サステナビリティ伴走支援

本稿で扱った論点を、組織の規律として実装するための個別支援。マテリアリティ更新、開示設計、社内浸透まで、編集主幹がプロジェクトを率いてご一緒します。

マテリアリティ
MATERIALITY
開示設計
DISCLOSURE
社内浸透
ENGAGEMENT
経営伴走
ADVISORY
30分の問診を申し込む
まずは読み続けたい方へ ── 次の記事を、隔週金曜にメールでお届けします。SUBSCRIBE THE NEWSLETTER →
編集部
ABOUT THE AUTHOR

編集部

KI STRATEGY / 編集部

KI Strategy 編集部所属。ESG・サステナビリティを軸に、開示と意思決定を貫くロジックを編む。

SECTION 05 / NEWSLETTER

週末に届く、
経営の編集。

隔週金曜の朝、編集部が選んだ1本と、サステナビリティ業界動向の3行サマリーをお届けします。広告なし、退会はワンクリック。

経営企画・ESG・IR 担当者へ隔週でお届けNO ADS · UNSUBSCRIBE 1-CLICK
CONSULTATION

個別の論点で進められない方へ

30分の問診で、御社の論点を編集部が言語化します。 Saslaの定額相談、または KI Strategy の伴走支援へお繋ぎします。

30分の問診を申し込む →
FOR ONGOING SUPPORT
KI Strategy 伴走
FOR ON-DEMAND Q&A
Sasla 定額相談