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他社のマテリアリティ一覧を集める前に、自社の何を決めるか|SIA

「マテリアリティ 特定 方法」で出てくるのは手順の解説ばかり。だが役員会で崩れるのは手順ではなく「で、うちの独自性は」「それは君の主観では」への答えだ。他社一覧を集める前に、自社の利益構造とESG論点の因果をどう一行で固めるか。正解のない判断を社内で通す順序を整理する。

strategy decision boardroom whiteboard causal map business value creation
FIG. 01 / strategy decision boardroom whiteboard causal map business value creationPHOTOGRAPHY / ARCHIVE

私たちが相談の現場で最も多く受けるのは、「他社のマテリアリティ一覧、集めました」という相談だ。同業数十社の統合報告書から重要課題を抜き出し、頻出順に並べたエクセル。気候変動、人権、人的資本、ガバナンス、製品安全——どれも正しい。正しいのに、役員会に持っていくと「で、うちの独自性は?」の一言で崩れる。

なぜ崩れるのか。それは、マテリアリティの特定に唯一解がないからだ。重要性とは「その論点が将来の自社の企業価値・キャッシュフローにどれだけ効くか」という見立てであり、見立てとは価値判断である。価値判断に正解はない。だから他社一覧をいくら集めても、そこに自社の答えは載っていない。本稿の問いはここだ——他社のマテリアリティを集める前に、自社の何を先に決めておくべきか

まず「重要性」の定義を1分で押さえる

マテリアリティ(重要課題)の特定方法を検索すると、ほぼ例外なく同じ手順が出てくる。課題の洗い出し→分類→重要性評価(2軸マトリクス)→経営承認→定期見直し。この手順自体は妥当だ。問題は手順ではなく、手順の前提にある「重要性とは何か」の理解が曖昧なまま走り出すこと。

2025年3月5日に最終化されたSSBJ基準は、シングルマテリアリティ(財務マテリアリティ)を採る(サステナビリティ基準委員会、解説はデロイト トーマツ)。そのベースであるISSBのIFRS S1号は、重要性を「その情報を省略・誤表示・覆い隠したときに、一般目的財務報告書の主要な利用者が行う意思決定に影響を与えることが合理的に予想し得る場合」と定義する(SSBJ 教育的資料)。主要な利用者とは、現在および潜在的な投資家・融資者・その他の債権者だ。

つまりSSBJ/ISSBの世界での「重要」とは、投資家の意思決定=自社の企業価値に効くかどうかで決まる。社会的に大事かどうかではない。ここを取り違えると、「社会的に重要だから載せました」という論点ばかりが並び、投資家にも役員にも刺さらないリストになる。なお、社会・環境への影響を起点に二軸で見るCSRD/ESRSのダブルマテリアリティとは軸が違う。本稿は軸の違いには深入りしないが、自社がどちらの土俵で開示するのかは最初に固めておきたい。

手順を回す前に決める3つのこと

ここからが本論だ。多くの解説が「ステップ1から始めましょう」と書く。私たちの実感は逆で、ステップ1の前に決めておくことを決めないまま走るから形骸化する。決めるべきは3つ。

(1)自社の利益構造のどこが社会・環境要因に晒されているか

マテリアリティの原石は、課題リストの中ではなく自社の損益計算書とバリューチェーンの中にある。原価のどこに気候・資源・人権リスクがぶら下がっているか。売上のどこに社会変化が機会として効くか。たとえば原材料を一次産品に依存する食品メーカーなら、調達コストの変動は気候変動と直結する。労働集約的な小売なら、人手不足と人的資本が売上の天井を決める。Scope3の排出が大きい業種なら、そこが規制・調達要請のリスクの本丸だ。業種ごとに「効く場所」は違う。だから他社一覧では決まらない。

(2)その因果を1行で言えるか

ここが最大の関門。「気候変動が重要です」では役員会を通らない。通るのは「当社は売上原価の◯割を◯◯という気候感応度の高い一次産品に依存しており、調達価格が中期で上振れるため、これを最重要課題とする」のように、ESG論点→自社の特定の数字、という因果が1行で言い切れる形だ。1行で言えないなら、それはまだ自社の論点になっていない。借り物の論点だ。

(3)その因果は主観か、論拠があるか

役員会で必ず来るのが「それは君の主観では?」だ。ここで効くのは、(1)(2)の因果を外部の検証可能な根拠で裏打ちしておくこと。業種別のリスク係数(SASB等のセクター基準)、過去の自社の原価変動と外部要因の相関、規制の射程。主観を消すのではなく、主観に論拠の足場を作る

この3つを先に固めてから、ようやく一般的な手順——課題の網羅的洗い出しと2軸評価——に入る。順序が逆だと、網羅性だけ立派で芯のないリストができあがる。

「他社一覧」と「自社の論理」は別の列で管理する

他社の統合報告書を見るな、という話ではない。網羅性のチェックには有用だ。問題は、他社論点と自社固有論点を同じ列に混ぜて頻出順に並べること。これをやると、頻出=重要という錯覚が生まれ、自社の利益構造から出た尖った論点が「マイナーだから」と埋もれる。

私たちが勧めるのは、候補リストの段階で列を分けることだ。

A列:他社・外部基準由来B列:自社の利益構造由来
出所同業の統合報告書、SASB/GRI、SDGs、投資家の関心自社のP/L・バリューチェーン分析、事業部ヒアリング
役割網羅性の担保(抜け漏れ防止)固有性の源泉(独自性の芯)
重み付け頻出度で見てよい頻出度では測れない。因果の強さで見る
役員会での効き方「業界並み」で終わる「で、うちの独自性は」に答えられる

B列を必ず数項目入れる。そして最終の重要性評価では、A列の頻出度ではなくB列の因果の強さを優先軸にする。これだけで、リストの性格が「業界平均の写し」から「自社の経営仮説」へ変わる。

この弱点は、開示の現場の調査にもはっきり出ている。デロイト トーマツがTOPIX100構成銘柄を対象にした「有価証券報告書における開示実態調査2024」(2024年8月30日公表)では、価値創造ストーリーを十分に開示できている企業は限定的だと指摘された(デロイト トーマツ)。指標は並ぶ。だが、それが自社の価値創造にどう繋がるかの筋が描けていない。これはまさに、A列だけでB列を欠いた状態の症状だ。

役員会で崩されない説明の組み立て方

ここから二段目——技術論を社内でどう通すか、の話。マテリアリティ特定は最終的に取締役会の承認事項であり、起案者である推進担当者が役員の問いに答えられるかで成否が決まる。来る問いは、経験上ほぼ3パターンに収束する。

役員からの問い崩れる答え通る答え
「で、うちの独自性は?」「業界の重要課題を網羅しました」「当社固有の利益構造上、◯◯が最も効きます」(B列由来の因果)
「それは君の主観では?」「重要だと考えます」「外部基準◯◯と過去◯年の原価相関で裏打ちしています」
「で、どの数字に効くの?」「中長期的に重要です」「5年後の◯◯事業の◯◯(売上/原価/資本コスト)に効きます」

3つ目の「どの数字に効くのか」が、投資家対話とも直結する勘所だ。役員会にマトリクスをそのまま持ち込むのは悪手だ。マトリクスは担当者の作業ツールであって、経営の意思決定ツールではない。役員会には、各重要課題を「これは5年後、どの事業のどの数字に効くか」という問いに翻訳して持ち込む。

もう一つ、報酬との接続を見ておくとよい。役員報酬にESG指標を反映する企業はTOPIX100で74%に達した(2022年52%→2023年66%→2024年74%、デロイト トーマツ「有価証券報告書における開示実態調査2024」)。短期または長期インセンティブのいずれかにESG指標を組み込む企業も、プライム上場全体で27%、売上1兆円超では**67%**へ伸びている(前年比いずれも+4pt、三井住友信託銀行・デロイト トーマツ『役員報酬サーベイ2025年度版』2025年10月21日)。マテリアリティが報酬KPIに接続されつつあるということは、役員にとってマテリアリティは他人事ではない。だからこそ「うちの独自性は」「どの数字に効くか」が鋭く問われる。逆に言えば、ここに答えられる起案は、報酬・中期計画と一本の線で繋がる。強い。役員説明から開示、報酬への翻訳の全体設計はESG論点を役員会の言葉に翻訳するでも扱う。

なお、どの基準・フレームワークの土俵で開示するかが揺れていると、この説明全体が足元から崩れる。SSBJ・ISSB・CSRD・GRIの使い分けはESGフレームワークの全体地図で整理した。社内の合意形成そのものの進め方はESGの社内合意を取りつけるが詳しい。

まとめ

マテリアリティ特定の手順は、検索すればいくらでも出てくる。だが手順は答えをくれない。なぜなら重要性とは自社の企業価値への影響度という価値判断であり、唯一解がないからだ。他社一覧をいくら集めても、そこに自社の答えはない。

先に決めるのは3つ。自社の利益構造のどこがESG要因に晒されているか、その因果を1行で言えるか、その1行に論拠の足場があるか。これを固めてから手順を回す。他社論点は網羅性のチェックに使い、重み付けは自社の因果で決める。そして役員会には「独自性」「主観でない論拠」「どの数字に効くか」の3点で持ち込む。順序を間違えなければ、マテリアリティは「業界平均の写し」から「自社の経営仮説」に変わる。

とはいえ、自社の利益構造とESG論点の因果を言語化する作業は、社内だけだと「自分たちには独自性がない気がする」という袋小路に陥りやすい。私たちが伴走で最初にやるのも、正解を渡すことではなく、この因果を一緒に言葉にすること。自社の論理を外の目で整理し直したい、役員会で崩れない説明を作りたい、という論点では、当サイト運営元の株式会社KI Strategy、およびサステナビリティ専門家に定額で相談できるSaslaもご活用いただける。

本記事は2026年6月時点の公開情報(サステナビリティ基準委員会、IFRS財団/ISSB、デロイト トーマツ、三井住友信託銀行の各リリース・解説)をもとに整理した。SSBJ基準の適用やマテリアリティ評価の運用は各社の状況により異なるため、最終的な判断は基準設定主体・規制当局の最新リリースで確認することを推奨する。

#マテリアリティ #重要課題 #SSBJ #価値創造 #ESG開示 #サステナビリティー

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